量子優位性は本物か?消えるカーネル優位性ほか量子コンピュータ論文10本【2026/07/27】
2026-07-27 / arxiv 量子コンピュータ論文解説
概要
今日は、量子コンピュータ実験を多項式時間の古典アルゴリズムで再現してしまう研究と、株式リターン予測で量子カーネルの優位性が評価設計しだいで現れたり消えたりすることを解剖した研究から、バイアスノイズ量子ビットのフォールトトレランス指針、強化学習による量子LDPC符号の高速復号、遠隔論理もつれ生成、グラフニューラルネットワークによる中性原子量子計算機のコンパイル高速化、AIエージェントによる量子定理証明のベンチマークまで、量子コンピュータ論文10本をずんだもんと四国めたんが解説します。
▼ 今日のトピック ・量子化学実験を1分で再現する古典アルゴリズム:ユニタリークラスタージャストロー回路 ・消える量子カーネル優位性:株式リターン予測での検証手続きの落とし穴 ・バイアスノイズ量子ビットで実現する効率的フォールトトレランス ・強化学習とクラスタ化スケジューリングで量子LDPC符号を高速復号する ・フロケ型リザバーエンジニアリングによる遠隔論理もつれ生成 ・共有ランダム性によるもつれ純粋化の性能向上 ・ARGON:グラフニューラルネットワークで中性原子量子計算機のコンパイルを1万倍高速化 ・中性原子と捕捉イオンをつなぐハイブリッド量子インターフェース ・量子アルゴリズムの定理証明をAIエージェントに解かせるベンチマーク ・ブロックチェーンで守る量子連合学習フレームワーク「QuantumChain」
▼ 参考論文(arXiv) https://arxiv.org/abs/2607.21337 — Efficient classical simulation of large-scale unitary cluster Jastrow circuits https://arxiv.org/abs/2607.20168 — Quantum Kernels and the Cross-Section of Stock Returns: Anatomy of a Vanishing Advantage https://arxiv.org/abs/2607.20143 — Biased-noise qubits: a guide to efficient fault-tolerance using the hierarchy of errors https://arxiv.org/abs/2607.20130 — Learning to Decode Quantum LDPC Codes via Cluster-Based Sequential Belief Propagation https://arxiv.org/abs/2607.21360 — Floquet Reservoir Engineering for Remote Logical Entanglement https://arxiv.org/abs/2607.21555 — Enhancing Entanglement Purification with Shared Randomness https://arxiv.org/abs/2607.21216 — ARGON: A GNN-Empowered Compilation Framework for Scalable Neutral Atom Computing https://arxiv.org/abs/2607.20998 — A Quantum Interface Between Neutral-Atoms and Trapped-Ions Quantum Registers https://arxiv.org/abs/2607.21533 — Benchmarking Agents for Proving Theorems in Quantum Algorithms and Quantum Information https://arxiv.org/abs/2607.21449 — QuantumChain: Blockchain-Backed Quantum Federated Learning for Financial Fraud Detection
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arXiv量子コンピュータニュース(2026年7月27日)
キーワード: ユニタリークラスタージャストロー回路の古典シミュレーション / 消える量子カーネル優位性 / 相関コヒーレント誤りを資源に変える誤り抑制 / 強化学習による量子LDPC復号 / 中性原子と捕捉イオンのハイブリッド界面 / AIエージェントによる量子定理証明
オープニング:2026年7月27日 — arxiv量子コンピュータ論文解説
2026年7月27日のarXiv量子コンピュータ論文解説では、10本を取り上げる。前半は「量子優位性の主張をどこまで厳密に検証できるか」がテーマで、量子化学実験を多項式時間の古典アルゴリズムで再現する研究、金融の株式リターン予測で量子カーネルの優位性が評価設計しだいで消えたり現れたりする実証研究、スタビライザー符号の相関コヒーレント誤りを誤り抑制の資源に変える理論的枠組み、強化学習を使った量子LDPC符号の高速復号が並ぶ。
後半はハードウェアと応用寄りの5本で、論理量子ビット間の遠隔もつれを生成するフロケ型リザバーエンジニアリング、共有ランダム性を使ったもつれ純粋化の性能向上、グラフニューラルネットワークで中性原子量子計算機のコンパイルを高速化するARGON、中性原子と捕捉イオンをつなぐハイブリッド量子界面、量子アルゴリズムの定理証明をAIエージェントに解かせるベンチマーク、ブロックチェーンと量子鍵配送を組み合わせた量子連合学習の応用研究が続く。共通するのは、達成を誇張せずに「どの条件で成り立ち、どこで崩れるか」を具体的な数値や証明構造とともに示している点である。
論文1: 大規模ユニタリークラスタージャストロー回路の効率的な古典シミュレーション
出典: Efficient classical simulation of large-scale unitary cluster Jastrow circuits. arXiv:2607.21337 (2026).
量子コンピュータを使った実験は近年、強相関分子の基底状態を扱う化学計算において、古典計算の限界に挑む成果を報告してきた。その多くが用いているのが、ユニタリー結合クラスター法にヒントを得ながら現行の量子ハードウェアに合わせて調整された「ユニタリークラスタージャストロー」アンザッツである。中でも大規模な実験として知られるのが、IBMの量子コンピュータ上で77量子ビット・1万570ゲートの回路を実行し、スーパーコンピュータ富岳の最大6400ノードを使った古典後処理と組み合わせて、ハートリー・フォック法を上回る基底状態エネルギーを計算したものである。
米ミシガン州立大学計算数理科学工学科・量子コンピューティング科学工学センターのHrishikesh Belagaliらと、米ミシガン大学、インド・IISERコルカタのチームは、この種の単層ユニタリークラスタージャストロー回路について、量子ハードウェア特有の局所性制約に依存せずにエネルギーを計算できる多項式時間の古典アルゴリズムを提示した。この手法を使うと、先述の最大規模実験をノートパソコン上で1分足らずで再現でき、さらに回路最適化を組み合わせることで、実験結果よりも低い基底状態エネルギーまで到達できたという。単層構成という限定された条件下での結果であり、より深い多層回路や、より複雑な相関を持つ分子系にまで同じ古典アルゴリズムが通用するかどうかは示されていない点には注意が必要だが、量子優位性の主張を検証する際に「どの回路構造なら古典に落とし込めるか」を具体的に切り分けた研究である。
論文2: 量子カーネルは株式リターン予測で優位性を示すか — 消える量子優位性の解剖
出典: Quantum Kernels and the Cross-Section of Stock Returns: Anatomy of a Vanishing Advantage. arXiv:2607.20168 (2026).
量子カーネル法は近年、機械学習に量子性を持ち込む代表的な手法として注目されてきたが、実応用における優位性の主張がどこまで頑健かは、評価設計に強く依存することが指摘され始めている。本研究は中国のA株市場を対象に、量子忠実度カーネル・射影量子カーネル・古典RBFカーネルという三種類の手法を、学習データ・ソルバー・チューニング予算をすべて揃えた上で比較する、いわば統制された競走実験である。
著者のJunchi Shen氏は、時点情報の漏れがない銘柄選定と2012年から2025年までの170回のウォークフォワード窓を使った主要な評価では、量子忠実度カーネルは古典RBFカーネルの対照群と統計的に区別がつかない(情報係数の差はプラス0.005、p値は0.42)という結果を報告している。カーネル種類と学習予算を掛け合わせた比較でも、量子カーネルは同予算の線形モデルに勝つことはなく、多重比較の補正後は11モデル間のどのペアにも有意差が残らなかった。一方で、時点情報が漏れた銘柄選定と60窓だけの評価に切り替えると、同じ量子カーネルが安定性の指標で優位に見え、ニューラルネットワークより有意に優れるという逆の結論が導かれることも示された。著者はこの食い違いを生む評価設計の落とし穴を明らかにした上で、カーネルを入れ替えるだけの対照実験・予算を揃えた比較・時点情報の厳密な管理・多重比較補正済みの検定という、量子優位性の主張に必要なプロトコル標準を提案している。量子技術そのものの否定ではなく、優位性の主張を検証する手続きの厳密さを問い直す研究である。
論文3: スタビライザー符号における相関コヒーレント誤りを訂正力の資源に変える
出典: Correlated Coherent Errors in Stabilizer Codes: A General Cumulant Framework and Interference-Based Error Suppression. arXiv:2607.22503 (2026).
量子誤り訂正の理論解析の多くは、誤りが量子ビットごとに独立にランダムへ生じる確率的パウリ誤りモデルを前提にしてきた。しかし実際の量子ビットで生じるコヒーレントなZ誤りは、複数の量子ビットや複数回の誤り訂正サイクルにまたがって相関を持つことが多く、こうした相関コヒーレント誤りを一般的に扱える解析枠組みはこれまで整っていなかった。相関のある雑音は誤り訂正にとって有害だと見なされるのが通例だが、その前提そのものを問い直す余地が残されていた。
米ノースウェスタン大学のRohan N RajmohanとJens Koch、米シカゴ大学プリツカー分子工学スクールのAntoine BrillantとAashish Clerk、米オークリッジ国立研究所のPeter Groszkowski、米IBMクアンタムのAlireza Seifらは、相関のあるコヒーレントZ誤りのもとで誤り訂正サイクルを繰り返したときに生じる厳密な論理チャネルを導出し、雑音の強さについて摂動を仮定せず、任意のスタビライザー符号と任意の相関構造に適用できるキュムラント展開の枠組みを構築した。この枠組みからは、確率的パウリ誤りモデルには現れない性質として、導かれる論理チャネルがどのスタビライザー固有空間を符号空間に選ぶかに依存することが明らかになった。著者らはこの性質を利用し、最適な符号空間を選び出す誤り抑制戦略「保護スタビライザー固有空間符号化(PROSE)」を提案し、多くの実用的な状況でこの固有空間を効率的に特定できることを示した。論理パウリツイリングと組み合わせると、PROSEは動的デカップリングや物理量子ビットへのパウリツイリングといった標準的な誤り抑制手法と同等かそれを上回る性能を示すという。さらに、通常は有害とみなされる雑音相関が、適切な符号化のもとでは正の相関であっても論理誤り率を無相関の場合より下げる資源になり得ることも示された。理論的な枠組みの提示が中心であり、実機のコヒーレント誤りが実際にどの程度この相関構造に従うかは、今後のハードウェア検証に委ねられている。
論文4: 強化学習とクラスタ化スケジューリングで量子LDPC符号を高速復号する
出典: Learning to Decode Quantum LDPC Codes via Cluster-Based Sequential Belief Propagation. arXiv:2607.20130 (2026).
量子低密度パリティ検査(LDPC)符号のビリーフプロパゲーション(BP)復号は計算コストが低く魅力的だが、短いサイクルや縮退、収束失敗によって性能が制限されることが知られている。最近では、強化学習を使って変数ノードの更新順序を状態に応じて学習する手法(RL-S)がBP復号を改善することが示されたが、一度に一つの変数ノードしか更新しないため、反復内の並列性が乏しいという課題が残っていた。
米アリゾナ州立大学のMohsen MoradiとTaejoon Kim、米テキサス大学アーリントン校のRémi A. Chou、米ニューメキシコ州立大学のDavid G. M. Mitchellらは、変数ノードを固定サイズのクラスタに分割し、強化学習エージェントが更新するクラスタを選び、選ばれたクラスタ内の全変数ノードを同じ更新前メッセージを使って並列更新する、クラスタ化スケジューリング手法を提案した。大きなクラスタでも表形式の状態空間を扱えるようにするため、局所的な不一致重みの正規化ヒストグラムを量子化した、置換に対して不変なクラスタ状態表現を導入し、クラスタ状態の数がクラスタサイズではなく量子化の解像度に依存するようにした。代表的な量子LDPC符号での数値実験では、変数ノード単位の学習済みスケジューリングが持つ誤り率の改善効果をほぼ保ちながら、BPの1反復あたりのスケジューリング判断回数を大幅に削減できることが示され、レイテンシと並列性のトレードオフの観点で有利な結果になったと報告している。
論文5: フロケ型リザバーエンジニアリングによる遠隔論理もつれ生成
出典: Floquet Reservoir Engineering for Remote Logical Entanglement. arXiv:2607.21360 (2026).
制御された散逸ダイナミクスは、遠隔もつれ状態の準備を含む様々な文脈で状態準備を実現する強力な手法である。時間に依存しない標準的な散逸ダイナミクスの枠を超えることで、さらに強力な非ユニタリープロトコルが実現できるという着想が本研究の出発点になっている。
米シカゴ大学プリツカー分子工学スクールのMingxing YaoとAashish A. Clerkは、連続的に稼働する散逸過程とユニタリーゲートの周期的な系列を組み合わせた「散逸的フロケプロトコル」を導入し、論理量子ビット間の遠隔もつれを安定化する手法として提案した。このプロトコルは既存の実験技術で実現可能でありながら、標準的な手法が抱えるもつれ生成にかかる時間の制約を乗り越え、自律的なもつれ蒸留の一形態としても機能するという。著者らは、この手法が導波路損失に対してより強い保護を与えることを示し、具体的な実装例として、超伝導回路上の猫量子ビットとトランスモンを組み合わせた構成を解析している。理論的な提案と解析にとどまり、実機での実証は今後の課題として残されている。
論文6: 共有ランダム性によるもつれ純粋化の性能向上
出典: Enhancing Entanglement Purification with Shared Randomness. arXiv:2607.21555 (2026).
もつれ純粋化プロトコルは、フォールトトレラントな分散量子情報処理を支えるために、もつれの忠実度を改善する上で欠かせない要素である。しかし実際のもつれ源は多くの場合に不均一であり、純粋化プロトコルの層では、どの源から来たもつれかを示すラベル情報が利用できないことがある。
米シカゴ大学プリツカー分子工学スクールのAllen Zang、Bikun Li、Liang Jiang、Tian Zhongらと、米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のXinan Chen、Eric Chitambar、そして米IonQ社のMartin Sucharaは、状態の特性評価やプロトコル回路の最適化を行わなくても、古典的な共有ランダム性とバッファメモリを組み合わせることで、ラベル情報がない場合のもつれ純粋化を改善できることを示した。手法としては、複数回のもつれ配布を蓄積したのち、共有ランダム性を使って蓄積された全てのもつれ状態をシャッフルしてから、純粋化プロトコルへの入力として束ねるという戦略をとる。任意のn個のワーナー源と、固定されたn対1の両局所クリフォード純粋化プロトコルについて、蓄積とシャッフルを行うことが、行わない場合と比べて期待成功確率と成功重み付きのベル忠実度の両方を改善することを、あらゆるnと有限回の蓄積回数、そして漸近極限のいずれについても証明し、その改善は蓄積回数とともに単調に大きくなることも示した。
論文7: ARGON — グラフニューラルネットワークによる中性原子量子計算機のコンパイル高速化
出典: ARGON: A GNN-Empowered Compilation Framework for Scalable Neutral Atom Computing. arXiv:2607.21216 (2026).
中性原子を用いた量子システムは、量子ビットの均一性の高さと柔軟な接続性から、大規模量子計算への有望な経路として注目されている。この方式では、コンパイラが原子の動的な輸送と、高度に並列化されたもつれゲートを同時に調整する必要があるが、回路が大規模化するにつれてこの二つの操作の相互作用がボトルネックとなり、論理的な相互作用の密度と時間的な依存関係の長さが増していく。既存の時空間結合型コンパイル手法は、探索空間が指数関数的に拡大するため、回路規模の増大とともに大きなオーバーヘッドか忠実度の低下のいずれかを強いられていた。
中国・電子科技大学のWenjie Sun、Xiaoyu Li、Zhigang Wang、Lianhui Yu、Geng Chen、Guowu Yangらは、中性原子プロセッサ向けに時空間分離のパラダイムを導入したスケーラブルなコンパイルフレームワーク「ARGON」を提案した。この手法の核となる新規性は、静的な幾何学的競合の解消をオフラインの事前計算段階に切り出し、ハードウェアで検証済みの高並列な空間レイアウトのライブラリをあらかじめ計算しておく点にある。時間方向のルーティングを導くために、グラフニューラルネットワークによる予測器を用いて、候補となるレイアウトを深い時間的視野に照らして評価し、後段で生じうる運動学的なボトルネックを事前に回避する。最終的にヒューリスティックなルータが、選ばれた系列を衝突のない物理的な原子輸送へと変換する。評価実験では、ARGONは10秒未満でコンパイルを完了し、最先端の手法に対して最大で1万倍超、平均でも600倍の高速化を達成した。ルーティングに伴うデコヒーレンスを抑え、リュードベリ状態への励起段階を減らすことで、密な回路における実行忠実度を最大100倍改善したと報告されている。
論文8: 中性原子と捕捉イオンをつなぐ量子インターフェース
出典: A Quantum Interface Between Neutral-Atoms and Trapped-Ions Quantum Registers. arXiv:2607.20998 (2026).
中性原子と捕捉イオンを組み合わせたハイブリッド量子システムは、原子配列が持つスケーラビリティと、捕捉イオンプラットフォームが持つ高忠実度な制御を統合できる可能性を秘めている。
イスラエル・ワイツマン科学研究所複雑系物理学科のAyelet Hasson、Gal Dekel、Ehud Shahar、Nitzan Akerman、Roee Ozeriらは、個別に捕捉された中性原子と捕捉イオン結晶との間の量子インターフェースを提案し、その性質を解析した。彼らの方式では、光ピンセットに捕捉された中性のストロンチウム88原子が、小さなストロンチウム88イオン結晶と相互作用し、原子をリュードベリ状態に励起することで原子・イオン間の分極相互作用が強く増強され、イオン集団の運動モードが原子の状態に応じて変化する。この状態依存のシフトによって、モルマー・ソレンセンゲートの条件付き制御が可能になり、中性原子が二つのイオン間のもつれ操作を制御する制御量子ビットとして機能する。著者らは、光ピンセットとパウルトラップのポテンシャルを組み合わせた場でのリュードベリ捕捉の実現可能性を検討し、負の分極率を持つリュードベリ状態が安定な閉じ込めに特に適していることを特定した。捕捉条件・リュードベリ状態の寿命・コヒーレンス要件を評価した結果、この方式が現実的な実験パラメータのもとで実現可能であることを示しており、決定論的な原子・イオン間ハイブリッドゲートと量子インターフェースへの実践的な道筋を与える理論・解析研究として位置づけられる。
論文9: 量子アルゴリズムの定理証明をAIエージェントに解かせるベンチマーク
出典: Benchmarking Agents for Proving Theorems in Quantum Algorithms and Quantum Information. arXiv:2607.21533 (2026).
形式検証は量子コンピューティングの分野でも実用段階に近づきつつあるが、AIエージェントがこの領域で機械的に検証可能な証明をどこまで構築できるかは、これまで測定されてこなかった。
中国・上海のQudeLeap Researchと香港科技大学広州校のLei Zhang、Yusheng Zhao、Mingrui Jingらと、粤港澳大湾区量子科学センターのYimeng Cao、Ranyiliu Chenらは、定理証明支援系Lean4を使い、量子アルゴリズムに関する36問、量子情報理論に関する40問の定理完成タスクからなる二つのベンチマーク「Lean-QuantumAlg-Bench」「Lean-QIT-Bench」を構築した。各タスクは固定された環境でコンパイルされ、決定論的な証明検査と的を絞った意味的レビューによって評価され、難易度の重みはモデルの実行前にあらかじめ割り当てられている。GPT-5.5、Kimi K3、DeepSeek V4-Pro、MiniMax M3という四つのモデルを、タスクのみを与える基本設定と、検証済みの領域ライブラリへのアクセスを追加で与える設定の両方で評価したところ、最高スコアは量子アルゴリズムのベンチマークで100点満点中60.4点、量子情報のベンチマークで59.6点にとどまり、ライブラリを追加する設定は八つのモデル・ベンチマークの組み合わせすべてでスコアと完答率を改善し、最大15.9点の向上が見られた。結果からは、量子シミュレーション・量子学習・量子情報量・もつれ理論といった分野でエージェントの証明能力に繰り返し弱点が見られることも分かった。モデルごとに1点あたりの金銭的・実時間的コストが大きく異なる点も、能力と効率のトレードオフとして指摘されている。著者らはこのベンチマークが、量子情報科学を前進させる自己進化型のAI研究者への足がかりとなる、再現可能な基準になることを期待している。
論文10: ブロックチェーンで守る量子連合学習フレームワーク「QuantumChain」
出典: QuantumChain: Blockchain-Backed Quantum Federated Learning for Financial Fraud Detection. arXiv:2607.21449 (2026).
金融不正検知は、データが複数機関に分散していること、不正取引の割合が極端に少ないクラス不均衡、そしてプライバシー制約という複数の課題を同時に抱えている。
ギリシャ・アテネ国立工科大学のEpameinondas Douros、Konstantinos Dalampekis、Ioannis Theodonisらと、アラブ首長国連邦・ニューヨーク大学アブダビ校eBRAIN研究室および量子・トポロジカルシステムセンターのNouhaila InnanとMuhammad Shafiqueらは、ハイブリッド量子・古典ニューラルネットワーク、暗号化された連合集約、ブロックチェーンによる監査可能性、量子鍵配送による安全な通信を組み合わせた量子連合学習フレームワーク「QuantumChain」を提案した。各クライアントは、古典的なニューラルネットワーク層の間に変分量子回路を組み込んだハイブリッドモデルをローカルで訓練し、モデル更新は準同型暗号・しきい値秘密分散・量子鍵配送に基づく鍵管理によって保護される。許可制のブロックチェーンが集約イベントを記録し、参加者間の評判に基づく信頼度も加味される。
著者らは、量子層の効果だけを切り分けるため、パラメータ数をそろえた古典モデルを比較対象として金融取引データで評価した。結果として、ハイブリッドモデルは古典モデルと同程度の精度を保ちながら、多くの設定で不正クラスの再現率を改善し、94.6パーセントの再現率(古典モデルは93.2パーセント)を達成したという。回路が深い構成はデータが豊富な設定で性能を改善し、混合状態を用いたシミュレーションでも同様の再現率向上が保たれることも報告されている。10のクライアントによる連合学習では、5ラウンドの訓練を経て全体の精度が97.7パーセントから98.8パーセントまで向上し安定したとされる。ただし、量子層の評価は古典シミュレータ上で行われており、実際の量子ハードウェア上での実証や、ブロックチェーン・量子鍵配送を含む枠組み全体の運用コストについては、この論文の範囲では示されていない点に注意が必要である。
まとめ
前半4本を通して見えるのは、量子優位性の主張を成り立たせる条件そのものを検証する研究が積み重なっていることである。単層のユニタリークラスタージャストロー回路を多項式時間で古典シミュレーションできることを示した研究、金融の株式リターン予測で量子カーネルの優位性が評価設計次第で現れたり消えたりすることを解剖した研究、スタビライザー符号の相関コヒーレント誤りが、符号空間の選び方次第で誤り抑制の資源にも障害にもなることを明らかにした研究、そして強化学習によるクラスタ化スケジューリングで量子LDPC復号のレイテンシと並列性を両立させた研究は、いずれも「どこまで厳密に成り立つか」を具体的な条件とともに示している。
後半6本は、論理量子ビット間の遠隔もつれ生成、共有ランダム性によるもつれ純粋化の改善、グラフニューラルネットワークによる中性原子コンパイルの高速化、中性原子と捕捉イオンのハイブリッド界面、AIエージェントによる量子定理証明のベンチマーク、ブロックチェーンと量子鍵配送を組み合わせた量子連合学習という、ハードウェア・ソフトウェア・応用にまたがる具体的な進展を扱っている。最大1万倍のコンパイル高速化、8つの評価すべてで確認されたライブラリ補強の効果、94.6パーセントという不正検知の再現率など、いずれも数値と評価条件を伴って報告された結果である。
これらの研究に共通するのは、量子技術の可能性を語る際に、達成そのものよりも検証の厳密さや適用範囲の線引きを重視する姿勢である。優位性が消える条件、ゲート種類による有効・無効の切り替わり、評価設計が結論を変えてしまう落とし穴など、量子コンピューティングの現在地を正確に測るための手続きが今回は前面に出た回だった。
参考ソース
- 論文1 — Efficient classical simulation of large-scale unitary cluster Jastrow circuits — arXiv:2607.21337
- 論文2 — Quantum Kernels and the Cross-Section of Stock Returns: Anatomy of a Vanishing Advantage — arXiv:2607.20168
- 論文3 — Correlated Coherent Errors in Stabilizer Codes: A General Cumulant Framework and Interference-Based Error Suppression — arXiv:2607.22503
- 論文4 — Learning to Decode Quantum LDPC Codes via Cluster-Based Sequential Belief Propagation — arXiv:2607.20130
- 論文5 — Floquet Reservoir Engineering for Remote Logical Entanglement — arXiv:2607.21360
- 論文6 — Enhancing Entanglement Purification with Shared Randomness — arXiv:2607.21555
- 論文7 — ARGON: A GNN-Empowered Compilation Framework for Scalable Neutral Atom Computing — arXiv:2607.21216
- 論文8 — A Quantum Interface Between Neutral-Atoms and Trapped-Ions Quantum Registers — arXiv:2607.20998
- 論文9 — Benchmarking Agents for Proving Theorems in Quantum Algorithms and Quantum Information — arXiv:2607.21533
- 論文10 — QuantumChain: Blockchain-Backed Quantum Federated Learning for Financial Fraud Detection — arXiv:2607.21449