スペイン便り 2026-09-18
2026-09-18 / スペイン便り
スライド(クリックで展開)
スペイン文化・フラメンコ便り(2026年9月18日)
オープニング:2026年9月18日 — スペイン文化・フラメンコ便り
- 今日の主軸は、グラナダの名伴奏者フアン・アビチュエラ、前衛の舞踊家イスラエル・ガルバン、学者肌の歌い手アントニオ・マイレナ、コルドバの名工ミゲル・ロドリゲス工房、そしてパロ「ティエントス」。
国際情勢(スペイン視点)
- 欧州議会が、セウタへの越境者急増をめぐってサンチェス首相の責任を指摘し、モロッコへの制裁を検討するよう求めた。スペインにとってセウタ問題は「地中海の対岸の出来事」ではなく自国領土の統治問題であり、EUの場でも名指しされたことにスペイン世論は敏感に反応している。
スペイン国内ニュース
- セウタでは移民キャンプの扱いをめぐり、中央政府(サンチェス政権)と野党PPのフェイフォー党首が対立を続けている。フェイフォーは「政府の失敗」としてEUの介入を求め、運輸相プエンテは移送を妨害する「キャンペーンがある」と反論した。年齢確認のための手首の骨の成長線検査まで報じられるほど現場は逼迫している。地方(セウタという自治都市)の実情と中央の政治対立が同時進行する構図は、日本の地方行政と国政の摩擦にも通じる緊張である。
文化・芸能ニュース
- 劇作家パコ・ベゼーラの戯曲『サンタ・テレサ』が、パリで再演され好評を得た。2022年にマドリードで一部の内容が理由で上演見合わせ・検閲的な扱いを受けてから4年、作品はフランスの舞台で「名誉回復」を果たした形だ。パコ・ベゼーラはセビリア出身で、社会的タブーに踏み込む戯曲で知られる劇作家である。
- 女優ミシェル・ジェネルがインタビューで「私は上品なタイプの女優ではなく、かなり気の強いタイプなの。ゾンビ映画やジョン・ウィックみたいな銃撃アクションをやりたい」と語った。清純な役柄のイメージに縛られず、自分から挑戦したいジャンルを名指しする発言に、スペインらしい「思ったことをはっきり言う」気質が表れている。
フラメンコニュース
- セビリア近郊のオスーナで第21回フラメンコ・フェスティバルが開かれ、カンテ・トケ・バイレの大御所が一堂に会した。
- マルチェーナの第52回ギター祭りでは、バイレにエバ・ジェルバブエナ、カンテにヘスス・メンデスとダビ・パロマールが出演し、歌・踊り・ギターが一体となる地元密着の祭典ぶりを見せた。
- アルメリアでは第59回フラメンコ・舞踊フェスティバルの前売りが始まり、コンスティトゥシオン広場で6夜連続の公演が予定されている。
- ヘレス・デ・ラ・フロンテーラの「ビエルネス・フラメンコ」最終回では、トマス・ルビチ、チェロ・パントーハ、バルージョのカンテに、バイラオーラのソラヤ・クラビーホが踊りを添えた。フラメンコの本場はやはりヘレス、セビリア、アルメリアなどアンダルシアの街々で、マドリードの大劇場だけがフラメンコの顔ではないことが、こうした地元密着の祭りの多さからも分かる。
フラメンコギタリスト列伝
- 今日の主役はフアン・アビチュエラ(Juan Habichuela、本名 Juan Carmona Carmona、1933–2016)。1933年8月12日、グラナダのサクロモンテ/アルバイシン界隈のヒターノの家庭に生まれ、2016年6月30日にマドリードで没した。芸名は父ホセ・アビチュエラの名を継いだもの。
- 最初は踊り手として舞台に立ち、その後父と、グラナダのギタリスト「エル・オベヒージャ」からギターの手ほどきを受けた。ニーニョ・リカルドとマノロ・デ・ウエルバにも大きな影響を受けたと自ら語っているが、そこからは模倣に終わらない個人的で光沢のある語法を築き、以後の世代のギタリストへ影響を与えたと評される。
- 伴奏者としてマノロ・カラコール、フアン・バルデラマ、フォスフォリート、エンリケ・モレンテら当代随一の歌い手たちを長年支えた。グラナダはマドリードの「働く楽器」文化やコルドバの「独奏向けの太い音」とはまた違い、サクロモンテの洞窟で観光客向けに演じられてきた「サンブラ」の伴奏文化を土台に持つ土地で、フアン・アビチュエラの語法にもその肌感覚が残る。
- ソロ活動は遅く、1999年の『De la zambra al duende(サンブラからドゥエンデへ)』が初のリーダー作。2002年『Campo del Príncipe』ではエンリケ・モレンテら当代の歌い手と共演し、2007年『Una guitarra en Granada(グラナダの一本のギター)』ではランカピーノ、ポティート、マリーナ・エレディアらと共演した。長年の伴奏経験を、晩年になってから自分名義の作品へ結晶させた奏者である。
- 息子のアントニオ・カルモナ(歌)とフアン・カルモナ(ギター・歌)は、1980年代にグラナダのヒターノ音楽家たちで結成されたグループ「ケタマ」の中心メンバーとなり、フラメンコとポップ・ルンバを融合させた「ヌエボ・フラメンコ」をスペインの茶の間に届けた。伝統の伴奏語法を父から子へ渡し、それが商業的にも大きな音楽潮流へつながった点は、他のどの列伝の奏者とも違う系譜の広がり方である。
- 代表的な演奏として、カナルスール制作のアーカイブ映像「フアン・アビチュエラ、アントニオ・ヌニェス『チョコラーテ』とのシギリージャ」がある。歌い手の呼吸の隙間に短い和音を差し込み、歌を追い越さずに支える伴奏の呼吸を確認できる、公共放送局アーカイブならではの記録映像である。
- 系譜はケタマの世代だけで途切れていない。孫にあたる世代にも「フアン・アビチュエラ・ニエト(孫)」を名乗るギタリストがおり、祖父の芸名を受け継いで舞台やザンブラの演奏を続けている。祖父から息子(ケタマのポップ・ルンバ)、そして孫(フラメンコの現場へ回帰した奏者)へと、同じ一族の中で伝統と革新の両方向へ枝分かれした点は、グラナダの家系ギタリストの中でも珍しい広がり方である。
フラメンコバイレ列伝
- 今日の主役はイスラエル・ガルバン(Israel Galván、1973年生)。セビリア生まれ。両親は踊り手のホセ・ガルバンとエウヘニア・デ・ロス・レジェスで、幼少期からタブラオや祝宴、舞踊学校の空気の中で育った。1990年に本格的に舞踊の道へ進む決意をしたという。
- 1994年、マリオ・マヤが率いる新設のカンパニー「アンダルシア舞踊団」に参加し、キャリアを本格始動させた。1995年にはコルドバの全国フラメンコ芸術大会でビセンテ・エスクデロ賞、1996年にはラ・ウニオンのカンテ・デ・ラス・ミナス国際フェスティバルでエル・デスプランテ賞、同年セビリア・ビエナルの若手インタプレテ・コンクールでも受賞し、20代前半で舞踊界の主要賞を総なめにした。
- 1998年、自身のカンパニーによる初の本公演『¡Mira!/Los Zapatos Rojos(見て!赤い靴)』を発表。伝統的なフラメンコ舞踊の型を解体し、静止と沈黙、非対称な身体の使い方を前面に出す演出は、当時「フラメンコの概念を覆した」と評された。
- 以後、『La Metamorfosis(変身)』(2000年)、『Galvánicas』(2002年)、『Arena(砂)』(2004年)、『La Edad de Oro(黄金時代)』(2005年)、『Tábula Rasa』(2006年)、『Solo』(2007年)、『La Curva』(2010年)、『FLA.CO.MEN』(2013年)と、伝統の型を保ちながらも一作ごとにコンセプトを変える連作を発表し続けている。
- 批評家からは、足技の物量や速さを競うのでなく、沈黙と非対称な動きそのものを振付の素材にする点が一貫した特徴として指摘される。『La Edad de Oro』の公式作品ページでは、当該公演のコンセプトと出演構成が確認でき、伝統的なフラメンコ舞踊の文法を踏まえたうえでどこを崩しているかを見比べる手がかりになる。
- マリオ・マヤの舞踊団という伝統的な修業の場から出発しながら、20代のうちに前衛的な作家性へ舵を切った経歴は、後進の若手バイラオール・バイラオーラたちに「型を知ったうえで壊す」という選択肢を示した。
フラメンコカンテ列伝
- 今日の主役はアントニオ・マイレナ(本名 Antonio Cruz García、1909–1983)。セビリア県マイレナ・デル・アルコル生まれ、1909年9月7日生、1983年9月5日にセビリアで没した。一族はカルロス3世の時代からマイレナ・デル・アルコルに定住したヒターノの家系である。
- 師はホアキン・エル・デ・ラ・パウラとマヌエル・トーレ。マヌエル・トーレは1933年に没する際、「自分の跡を継げるのはマイレナだけだ」と語ったと伝えられている名歌手からの評価である。
- 1962年5月19〜20日、コルドバ全国フラメンコ芸術大会(第3回)で「第3代カンテの黄金の鍵(Llave de Oro del Cante)」を受賞。この大会がマイレナの名を全国区にした。
- 単に歌うだけでなく、研究者ラファエル・モリーナと共著で『Mundo y formas del cante flamenco(フラメンコの歌の世界と形式)』(1963年)を著し、1967年には『Confesiones de Antonio Mairena(アントニオ・マイレナの告白)』も発表するなど、カンテを体系的に記録・保存しようとする姿勢を強く持っていた歌い手である。
- 受賞歴は黄金の鍵のほかに労働功労勲章、芸術功労金メダル、没後にはアンダルシア名誉州民の称号も贈られている。トリアナ系のソレアをはじめとする伝統様式の純度を重んじる立場(のちに「マイレニスモ」と呼ばれる潮流)を打ち出し、伝統の保存と継承を自らの使命とした点で、他の列伝の奏者・踊り手とは異なる「学者的な歌い手」という顔を持つ。
- 代表的な記録として、TVEのドキュメンタリー番組「リト・イ・ヘオグラフィア・デル・カンテ」内の「トリアナのソレアーレス」の回が公共放送のアーカイブとして残っている。師マヌエル・トーレの系譜を汲む重厚な節回しと、歌詞の言葉を丁寧に立てる歌い方を確認できる。
フラメンコギター工房だより
- 過去の全履歴(ゲルンディーノ・フェルナンデス、アントニオ・マリン・モンテーロ、コンデ・エルマノス、マヌエル・レイエス、ホセ・ラミレス、フランシスコ・バルバ、ジョン・レイ、ホセ・ロペス・ベジード、アントニオ・ベルナル、フェリペ・コンデ、European Institute of Guitar Making)を照合し、今日は未紹介のコルドバの実在工房ミゲル・ロドリゲス・ベネイト工房を取り上げる。
- 創業者ミゲル・ロドリゲス・ベネイトは1888年コルドバ生まれ。少年期にギターやバンドゥリアなど弦楽器を弾くうち製作への関心を強め、18歳で最初の工房をバルベロス通りに構えた。その後サン・フェルナンド通りへ移り、1939年に現在も知られるアルファロス通り15番地へ工房を定めた。
- 1933年、当時12歳の双子の息子ラファエルとミゲル(2世)が工房に加わり、孫のホセ・ロドリゲス・アラモも製作技術を教え込まれた。1950〜60年代に息子2人が頭角を現すと、ギターはより均一で洗練された様式へ発展し、胴のプロポーションはやや大きくなりながらも軽さを保つ、7本扇状力木(シエテ・アバニコス)の構造が定着したとされる。
- 職人としての徹底ぶりを示す逸話として、製作した1本ごとに端材を保管しておき、将来その楽器の修理が必要になった際、同じ木材で対応できるようにしていたことが挙げられる。個体ごとの木の記憶を作り手が管理する姿勢である。
- 工房の楽器は現在も製作家や愛好家から高く評価され、多くの現代の製作家が手本にする基準の一つとされる。クラシック・フラメンコ双方のモデルが今も取引され、評価・価格ともに上昇を続けている実在の名工房である。
フラメンコのパロ解説
- 今日のパロはティエントス(Tientos)。4拍子の重心を持つパロで、タンゴスと基本的に同じコンパスをはるかに遅いテンポで演奏する点に特徴がある。成立の順序には諸説あり、「歌い手がタンゴスのテンポを落として重厚な性格を持たせた」という説と、逆に「ティエントスの方が先に存在し、コンパスを速めることでタンゴスが生まれた」という説の両方が唱えられており、単純な一方向の派生と断定できない。
- 伝統的にはカンタオール、エル・マルーロ(1848–1906)が創始者の一人とされ、エンリケ・エル・メジーソが現在知られる近代的な形を与えたと説明される。歌詞のテーマは祝祭的なタンゴスと対照的に、愛の欠落、幻滅、恨みなど「哀感を帯びた、感傷的な」内容が多い。
- 演奏・舞踊の慣習として、一曲のティエントスは最後に必ずテンポを上げてタンゴスへ転じて締めくくられる決まりがある。重い足取りで始まった曲が、終盤で軽やかなタンゴスへ解放される構成そのものが、このパロの身体感覚を作っている。
- コンパスは4拍子で、パルマと足拍子は2拍目・4拍目に重心を置く点でタンゴスと共通するが、ティエントスはテンポを大きく落とすため、一拍ごとの「間」がより長く、重く感じられる。和声はアンダルシア終止を用いるフリジア系の進行が典型で、コード名を英語読みで示すとAマイナー → ジー → エフ → イー(Am→G→F→E)のように下降する進行が一つの目安になるが、これはティエントスに固有のものではなく、タンゴスや他の多くのパロとも共有される「アンダルシア的な下降感」である点には注意したい。
- カナルスール制作の「カルメン・リナーレスのティエントス」では、前半の重く沈んだ歌い出しから、終盤にかけてテンポとパルマが少しずつ加速し、タンゴスへなだれ込む瞬間を確認できる。重さと軽さが同じ一曲の中で入れ替わる、ティエントスならではの構成を体感できる映像である。
まとめ
- 政治対立が続くセウタの話題は短く抑えつつ、今日はグラナダのフアン・アビチュエラから前衛のイスラエル・ガルバン、学者肌のアントニオ・マイレナ、コルドバの名工ミゲル・ロドリゲス、そしてティエントスという「重さが軽さへ転じるパロ」まで、フラメンコの奥行きを一日分たっぷり味わえる内容になった。
参考ソース
/tmp/spain_articles.json(2026年9月18日取得)、El País、El Mundo、Google News フラメンコ各記事- Canal Sur「Flamenco en Canal Sur」アーカイブ映像、Israel Galván Company公式サイト、TVE「Rito y Geografía del Cante」アーカイブ、Guitar Salon International(GSI)ミゲル・ロドリゲス工房資料