スペイン便り 2026-09-20

2026-09-20 / スペイン便り


スライド(クリックで展開)

スペインニュース(2026年9月20日)

国際情勢(スペイン視点)

  • 本日のEl País/El Mundoの国際面は、米国とデンマークがグリーンランドの「安全保障の恒久的統制」で合意したという記事が中心だったが、スペイン政府・スペイン企業・スペイン国民が当事者として直接関わる動きは確認できなかった。件数合わせで取り上げるべき話題ではないため、今回は国内ニュースへ直接進む。

スペイン国内ニュース

  • セウタで今年7月30日以前に到着した保護者不在の移民未成年者について、カスティーリャ・イ・レオン、アラゴン、エストレマドゥーラなどPPとVoxが統治する自治州が9月に入っても受け入れを続けている。一方でVoxの担当閣僚らは8月26日、同じ子どもたちの移送を拒否し法的に異議申し立てすると発表していた。
  • 主張と実際の行動が自治州レベルで食い違う構図で、スペインの地方分権と中央・地方の綱引きが典型的に表れた事例である。ユースフンド担当相シラ・レゴは8月31日時点でセウタの保護システムに残る未成年者を1,478人と発表したが、セウタの常設定員はわずか29人しかない。
  • 2025年制定の勅令(Real Decreto 2/2025)により移送は法的義務とされており、PPとVoxは政治的には反対を叫びながら、法律に従って現場では受け入れを継続している。「議会や党本部での主張」と「県庁・施設の実務」がずれる場面は、日本の「本音と建前」の使い分けとも重なるが、スペインの場合はそのズレが党首討論や記者会見の場でそのまま可視化される点が対照的である。

文化・芸能ニュース

  • 俳優カルメン・マチが9月19日、サンセバスティアン国際映画祭の会場で2026年のスペイン映画国家賞(Premio Nacional de Cinematografía)をエルネスト・ウルタスン文化相から授与された。審査団は「スペイン映画史上もっとも重要なコメディ女優の一人でありながら、あらゆるジャンルで秀でてきた」と評し、圧倒的な大衆的人気を保ちながら作家主義的な作品にも挑み続けてきた点を挙げた。マチは受賞スピーチで「自分の不安や人見知りの逃げ場だった遊びが、まさか職業になるとは思わなかった」と涙ぐみながら語った。歴代受賞者にはペネロペ・クルス、アントニオ・バンデラスらが並ぶ。
  • 作家ハビエル・マリアス(2022年没)の未発表エッセイ「Escribir un poco más」が、遺稿集『Aquí me paro』の一部としてEl Paísに先行公開された。シェイクスピアを論じた文芸批評家としての顔に加え、映画好き・サッカー好きという私生活に近い側面も収められており、寡作でなかった作家の知られざる断片を伝える内容である。
  • 両記事に共通するのは、大衆的な人気と批評的な評価を両立させる生き方への評価軸で、これはスペインの文化欄が「売れているかどうか」と「批評家に評価されるか」を対立させず並べて語る傾向をよく表している。

フラメンコニュース

  • コルドバの第45回ギターフェスティバルが、コルドバ国立フラメンコ芸術コンクール(CNAF)創設70周年を記念する編成で開催された。ホセミ・カルモナ、ディエゴ・デル・モラオ、フアン・アビチュエラ・ニエト、アントニオ・レイ、アントニオ・サンチェスら現役ギタリストが名を連ね、閉幕はブランカ・デル・レイへのオマージュ公演「La Reina Blanca」の世界初演で締めくくられた。
  • ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ市主催の「ビエルネス・フラメンコ(金曜フラメンコ)」最終回では、カンテのトマス・ルビチ、チェロ・パントーハ、バルージョと、バイレのソラヤ・クラビホが共演した。地元の市民向け無料公演シリーズで、若手・中堅の地元勢を軸に据える構成が続いている。
  • ナバラ州パンプローナでは、第13回「フラメンコ・オン・ファイア」音楽祭と連動する市の企画として、コンデスタブレ会館での2公演に加え、エル・ペレが市庁舎バルコニーから即興で歌う恒例企画、さらに子ども向けのギター・バイレ教室が実施された。フラメンコ発祥の地アンダルシアから遠いナバラでも、行政が音楽祭と組んで無料の市民向け企画を続けている点が興味深い。

フラメンコギタリスト列伝

  • 今日の主役はエンリケ・デ・メルチョール(Enrique de Melchor、本名エンリケ・ヒメネス・ラミレス、1950年4月28日 セビリア県マルチェーナ生 – 2012年1月3日マドリード没)。父は名伴奏者メルチョール・デ・マルチェーナ。12歳でマドリードへ移り、マノロ・カラコルが経営していたタブラオ「ロス・カナステーロス」で修行を積み、15歳でデビューした。
  • 経歴の中心は「伴奏ギタリストとして最高峰」という評価にある。アントニオ・マイレーナとの初期録音を皮切りに、エル・レブリハーノ、ホセ・メネセ、ホセ・メルセ、エンリケ・モレンテ、フォスフォリート、カルメン・リナレス、そしてカマロン・デ・ラ・イスラまで、20世紀後半を代表するほぼ全ての大歌手と共演・録音した。歌い手ごとに異なる節回しや呼吸を瞬時に吸収し、その歌手の個性を最大限に引き出す対応力の高さが、同世代のパコ・デ・ルシアを驚嘆させたと伝えられる。
  • パコ・デ・ルシアとも2シーズンにわたり共演し、国際ツアーを共にした。18歳の時点でヘレスの「フラメンコ学講座国家賞」、ラ・ウニオンの「黄金カスティジェーテ賞」を受賞。1991年以降は独奏家としての活動を本格化させ、ロンドンのクイーン・エリザベス・ホール、マドリード王立劇場、バルセロナのリセウ劇場、ニューヨークのカーネギー・ホールといった一流の舞台でソロ公演を行った。
  • ディスコグラフィーは1977年の『La Guitarra Flamenca de Enrique de Melchor』から2005年まで、ソロ・アルバム8枚を数える。1989年の『Bajo la Luna』では、伴奏で鍛えた「歌に寄り添う間」を独奏にそのまま持ち込み、旋律を歌わせる奏法が際立つ。
  • 代表的な演奏として、トマティート、マンサニータ、アントニオ・カルモナと共演したブレリアの記録映像を挙げたい。複数のギタリストが同じコンパスの上で異なる個性のファルセータを重ねる場面で、メルチョールの音がどこで主張し、どこで一歩引いて相手を立てるかを聴き比べると、彼が「伴奏の巨匠」と呼ばれた理由がよく分かる。フレーズの粒立ちよりも、他者との呼吸の合わせ方に耳を澄ませるのが聴きどころである。
  • 父から子へ、そして歌い手から歌い手へと受け継がれた「伴奏の型」は、後進のギタリストたちが独奏へ進む際にも土台として参照され続けている。2012年に61歳で急逝した後も、追悼盤『Recordando a Enrique de Melchor』が編まれ、伴奏芸術の記録として今も聴き継がれている。

フラメンコバイレ列伝

  • 今日の一人はマリア・パヘス(María Pagés、本名マリア・ヘスス・パヘス・マドリガル、1963年7月28日セビリア生)。家族にフラメンコの伝統はなかったが4歳で踊り始め、若くしてアントニオ・ガデスの舞踊団でプロとしてのキャリアを積んだ。
  • 1990年に自身のカンパニー「マリア・パヘス・コンパニーア」を設立して以降、『Sol y Sombra』(1990年)、『La Tirana』(1998年)、『Autorretrato』(2008年)など20作近い演目を発表してきた。彫刻的な肢体と、際限なく伸びるように見える腕の動きが最大の特徴で、批評では「腕を特権的な付属物としてではなく、意思疎通の武器として扱う」と評される。絵画・詩・建築といった他分野のイメージを取り込みながら、サパテアード(足技)に頼りすぎず上半身の表現で語る作風を築いた。
  • 代表作の一つが『Yo, Carmen』。メリメが造形し後世の男性作家たちが繰り返し描き直してきた「宿命の女カルメン」像を脱構築し、生きた一人の女性の声を取り戻そうとする作品である。振付では、静止したまま腕だけが大きく弧を描く場面と、細かく速いブラソ(腕の動き)が連続する場面が対比され、その緩急の切り替えに注目すると、パヘスが「足技の速さ」より「上半身の物語」を優先する踊り手であることが分かる。
  • ガデス譲りの演劇的な構成力と、女性の主体性を前面に出すテーマ設定は、後続世代のバイラオーラたちが物語性のある長編作品へ進む道筋を開いた。80代でも現役であることについて「舞台を降りるべき時が来たら降りる」と、年齢による引退圧力に距離を置く発言をしている。

フラメンコカンテ列伝

  • 今日の一人はフォスフォリート(Fosforito、本名アントニオ・フェルナンデス・ディアス、1932年コルドバ県プエンテ・ヘニル生 – 2025年11月13日没)。早熟の歌い手として知られ、若くしてフラメンコ全般への百科事典的な知識を示した。
  • 1956年、23歳でコルドバの全国フラメンコ芸術コンクールに出場し、5部門すべてで受賞するという同大会史上例のない快挙を成し遂げた。この勝利が、20世紀後半のカンテ・ホンドを代表する歌い手としてのキャリアの起点になった。声は「大地の奥から響くようなしわがれ声」と評され、感情と技巧の均衡を保つ点が特徴とされる。シギリージャやソレアレスからティエントス、ブレリア、タラントまで幅広い様式をこなしつつ、常に純粋主義的で誠実なカンテの姿勢を貫いた。出身地プエンテ・ヘニル固有の様式「サンガノ・デ・プエンテ・ヘニル」を復興させ、自ら歌詞を作詞したことでも知られる。
  • 後進のカマロン・デ・ラ・イスラは初期のキャリアでフォスフォリートの詩句を用いており、フォスフォリートはソレア・アポラの歌い方をカマロンに直接教えたとも伝えられる。2005年、マラガのセルバンテス劇場で「第5代黄金の鍵(V Llave de Oro del Cante)」を授与され、歴代の巨匠と並ぶ栄誉を得た。
  • 代表的な録音として、パコ・デ・ルシアの伴奏によるファンダンゴス「Razón de Ser」を挙げたい。自由リズムのファンダンゴが持つ即興的な節回しの中で、フォスフォリートがどこで言葉を伸ばし、どこで一気に切り上げるかを聴くと、彼が評価された「技巧と感情の均衡」が具体的な形として体感できる。2025年11月に93歳で世を去り、カンテ・ホンドの規範を体現した最後の世代の一人として、多くの追悼記事が書かれた。

フラメンコギター工房だより

  • 過去回の全履歴(グラナダのラ・ギタレリア・ビタル、マラガのDavid Marcos Luthier、セビージャのアルベルト・パントーハ、アルメリアのゲルンディーノ・フェルナンデス(父・子)、コルドバのマヌエル・レジェス、マドリードのコンデ・エルマーノス、グラナダのアントニオ・マリン・モンテロ、ウエルバ/クエンカのビセンテ・カリージョ、バレンシアのアマリオ・ブルゲー、グラナダのダニエル・ヒル・デ・アバジェ、マドリードのパウリーノ・ベルナベ、フェリペ・コンデ、セビリアのフェルナンド・モレノ、フランシスコ・バルバ、マドリード→カバニージャス・デル・カンポのヘロニモ・マテオス、グラナダのホセ・ビヒル・ギターラス、ホセ・ラミレス、ホセ・ロペス・ベジード、ミゲル・ロドリゲス・ベネイト、グラナダのオスカル・ムニョス、コルドバのジョン・レイ)と照合したうえで、今回は未紹介のマドリードの系譜を取り上げる。
  • 起点は名工サントス・エルナンデス(マドリード、1943年没)の工房である。その死後、弟子筋にあたるマルセロ・バルベロ(マドリード、アドゥアナ通り23番地)が工房を受け継ぎ、松(表板)・杉(ネック)・糸杉(側板・裏板)を使い分けながら「軽量でありながら音の通りが良い」フラメンコギターを追求したことで知られる。
  • 1954年、当時22歳だったアルカンヘル・フェルナンデスがマルセロ・バルベロのもとへ弟子入りし、1956年3月にバルベロが没した後、未完成だった楽器の仕上げを引き継いだ。1957年7月1日、アルカンヘル・フェルナンデスは自らの工房をマドリード中心部のヘスス・イ・マリア通りに開いた。のちにバルベロの息子(マルセロ・バルベロ・イホ)も工房に加わり、両者は「カサ・アルカンヘル・フェルナンデス」の名で約40年にわたり共同製作を続けた。
  • この工房は自作のギターに加え、マヌエル・カセレス、ロレンソ・アルバレス、フェリックス・マンサネロといった若手製作家の楽器も取り扱う店舗を兼ねており、マドリードにおける製作技術の伝承の場としても機能した。アルカンヘル・フェルナンデスは2007年、75歳で新規注文の受付を停止したと伝えられており、公式サイトの現況は本稿執筆時点で確認できなかったため、稼働状況は今後の号で改めて確認する。

フラメンコのパロ解説

  • 今日のパロはロンデーニャ(Rondeña)。マラガ県ロンダの地名に由来するとされ、広義にはマラガ系ファンダンゴの一群、狭義にはカンテス・デ・マラガに分類される。歌としてのロンデーニャに加え、器楽独奏として発展した「ギターのロンデーニャ」が別に存在する点が他のパロと異なる特徴である。
  • 歌のロンデーニャは自由リズムまたはアバンドラオ(前のめりのリズム)で歌われ、拍子は流動的である。ギター独奏のロンデーニャは、ミゲル・ボルル(父)が先駆けを作ったとされるが、これを一つの完成された独奏形式へ引き上げたのはラモン・モントーヤである。モントーヤは1928年、グラモフォン社の録音(AE2269)として初の器楽ロンデーニャを吹き込み、1936年にはパリで別ヴァージョンを再録音した。
  • 和声面では、フリジア旋法に基づくアンダルシア終止(Am→G→F→E型の進行)を基調にしつつ、独奏用に開放弦を生かした響きの広がりを重視する点が特徴で、拍節を感じさせない自由なテンポの中でこの和声進行が繰り返し現れる構成になっている。カポタストの位置は演奏者や歌い手の声域によって変わり、固定の型は持たない。
  • 1928年録音のロンデーニャを聴くと、規則的な拍節を感じさせないまま、低音の和音がゆっくり移り変わっていく様子が分かる。速いパッセージで技巧を誇示する場面と、和音を長く伸ばして間を置く場面が交互に現れ、器楽ロンデーニャが「歌のない歌」として作られていることが聴き取れる。ラモン・モントーヤはこの形式をタランタなど他の自由リズム系パロにも応用し、独奏フラメンコギターというジャンルそのものを切り開いた。

まとめ

  • 政治は自治州レベルの綱引きに留めて短く伝え、番組の重心はサンセバスティアンでの俳優カルメン・マチの受賞から、コルドバの巨大ギターフェスティバル、そしてエンリケ・デ・メルチョール、マリア・パヘス、フォスフォリート、マドリードの製作系譜、パロ「ロンデーニャ」まで、フラメンコと文化芸能に置いた一日だった。

← 2026-09-20 の一覧に戻る


音声合成: VOICEVOX / キャラクター: ずんだもん四国めたん