スペイン便り 2026-09-23

2026-09-23 / スペイン便り


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スペイン文化・フラメンコ便り 2026年9月23日

国際情勢(スペイン視点)

  • セウタ国境でのサブサハラ系移民の動きが再び警戒を呼んでいる。{El País|エル・パイス}によれば、警察筋は7月30〜31日のような大規模越境の再来には懐疑的だが、モロッコ側の国境管理次第という留保を付けている。サンチェス首相はCNNのインタビューで、モロッコの「国境管理の失敗」に責任があると初めて名指しし、同時に両国関係は良好だと強調するバランスを取った。
  • モロッコ海峡を渡る移民問題は、スペイン人にとって「対岸の火事」ではなく地中海・アフリカを自国の生活圏の延長として意識する典型的な事案。セウタ・メリリャという飛び地を抱える立地ゆえに、EUの外側の危機がそのまま国境の現実として日々のニュースに現れる。

スペイン国内ニュース

  • カタルーニャの{Junts|ジュンツ}党首格{Jaume Turull|ジャウメ・トゥルル}が、独立派恩赦を巡る憲法裁判所の判断を歓迎し、判事{Pablo Llarena|パブロ・ジャレナ}に即時適用を求めたと{El Mundo|エル・ムンド}が報じた。ジュンツはPSOEとの決別後も、この恩赦適用だけは別枠で求める姿勢を崩していない。
  • 中央集権とカタルーニャの独自路線がまた綱引きする一幕で、「決定が先延ばしになる」マニャーナ文化そのものの政局劇。日本で言えば、国政の合意形成を待たず地方が独自の主張を強め続ける構図に近い。

文化・芸能ニュース

  • 俳優{Eduard Fernández|エドゥアルド・フェルナンデス}が、映画『{El mal padre|エル・マル・パドレ}(悪い父)』で自己中心的な作家にして「世界最悪の親」を演じている。監督{Roberto Bueso|ロベルト・ブエソ}によるこの作品は、サン・セバスティアン国際映画祭の公式コンペティションに出品されたスペイン映画2本目で、悲喜劇の手法で芸術家とその子どもたちの関係を掘り下げる。左派系の{El País|エル・パイス}は「芸術家と血縁の緊張関係を戯画に逃げず描いた」と評し、右派系の{El Mundo|エル・ムンド}も三つ星で「ニトログリセリンをまぶしたブラックコメディ」「特権的な旧世代の左派を残酷に裸にする」と評価しており、政治的立場の異なる両紙が珍しく同じ作品を高く評価している。
  • バルセロナ生まれのフェルナンデスは『{Diamantes negros|ディアマンテス・ネグロス}』『{Vivir es fácil con los ojos cerrados|人生は目を閉じれば簡単だ}』など幅広い作品で高く評価されてきたベテランで、今作でも「戯画に逃げず本当に嫌な父親を演じ切る」役者としての覚悟が報道でも強調されている。
  • バルセロナでは{サグラダ・ファミリア|サグラダ・ファミリア}が最後の大仕事に着手している。「栄光の正面」の意匠を誰が手がけるかが焦点で、財団は{Miquel Barceló|ミケル・バルセロ}、{Cristina Iglesias|クリスティナ・イグレシアス}、メキシコの{Javier Marín|ハビエル・マリン}の案を検討中と{El Mundo|エル・ムンド}が伝えている。教皇訪問の影響でスペイン人観光客が増えたことも建設進捗の追い風になっているという。

フラメンコニュース

  • セビリア県の{オスナ|オスナ}で第21回{フラメンコ祭|フェスティバル・フラメンコ・デ・オスナ}が開催され、カンテ・トケ・バイレの大物が一堂に会している。地方都市の祭りが「国際ニュース並み」の扱いを受ける、番組でおなじみのスペインらしい光景である。
  • セビリア県マルチェーナの第52回{ギターの祭典|フィエスタ・デ・ラ・ギターラ・デ・マルチェーナ}では、9月16日の本欄で紹介したバイラオーラ{エバ・ジェルバブエナ|エバ・ジェルバブエナ}が踊り、{ヘスス・メンデス|ヘスス・メンデス}と{ダビ・パロマール|ダビ・パロマール}が歌った。半世紀を超えて続くこの祭典自体が、フラメンコが一過性の流行でなく地域の年中行事として根づいている証でもある。
  • ナバラ州パンプローナでは第13回{フラメンコ・オン・ファイア|フラメンコ・オン・ファイア}に合わせ、伝説的なカンタオール{エル・ペレ|エル・ペレ}が市庁舎のバルコニーから歌い、子ども向けのギター・バイレ教室も開かれた。アンダルシア発祥の芸能が北部の州都で無料の路上イベントとして親しまれる様子は、フラメンコが「国の顔」として消費される一方、発祥地アンダルシア以外での広がり方の一例でもある。
  • エストレマドゥーラ州バダホスの{プラサ・アルタ|プラサ・アルタ}では{ヘスス・オルテガ|ヘスス・オルテガ}が出演する「フラメンコ・エストレメーニョ(エストレマドゥーラ風フラメンコ)」の一夜が開かれる。アンダルシア以外の地域固有の変奏が今も生きていることを伝えるニュースである。

フラメンコギタリスト列伝

  • 今日の主役は{Antonio Rey|アントニオ・レイ}(本名{Antonio Rey Navas|アントニオ・レイ・ナバス}、1981年3月9日マドリード生)。マドリード生まれだがカディス県{Jerez de la Frontera|ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ}で育ち、父で同じくギタリストの{Tony Rey|トニー・レイ}に伴われて10歳からメキシコの演奏の場に立った早熟の経歴を持つ。18歳で{Antonio Canales|アントニオ・カナーレス}のカンパニーに参加し、{ヌエボ・バレエ・エスパニョール|ヌエボ・バレエ・エスパニョール}の作品『{Gallo de pelea|ガジョ・デ・ペレア}』の音楽も手がけた。
  • 2010年、かつてパコ・デ・ルシア、ビセンテ・アミーゴ、パコ・ペーニャ(9月16日本欄で紹介)が受賞してきた「国民ギター賞」を獲得し、伴奏・独奏の両面で評価を固めた。作曲・共演の幅も広く、{Antonio Canales|アントニオ・カナーレス}、日本人舞踊家{Yoko Komatsubara|小松原庸子}、{Rafael Amargo|ラファエル・アマルゴ}、ジャズ系ベーシスト{Richard Bona|リチャード・ボナ}、そして9月22日から続けて本欄に登場する系譜のバイラオール{Farruquito|ファルキート}(本日のバイレ列伝を参照)とも共演してきた。
  • {Pablo Alborán|パブロ・アロラン}や{El Barrio|エル・バリオ}らとの共演を含む『{Flamenco sin Fronteras|フラメンコ・シン・フロンテラス}』で2020年にラテングラミー賞最優秀フラメンコアルバム賞を受賞し、2024年には『{Historias de un Flamenco|イストリアス・デ・ウン・フラメンコ}』で2度目の受賞を果たした。同作から生まれた楽曲{Mi Rey|ミ・レイ}を、2025年のカンテ・デ・ラス・ミナス国際フェスティバル公式映像で聴くと、右手のラスゲアードが単なる音量でなく音の層を作っていることが分かる。低音の親指と高音のアルペジオが同時に鳴りながら濁らず、伴奏で鍛えた「歌に道を空ける」間の取り方が独奏の速いパッセージにも生きている箇所に注目したい。

フラメンコバイレ列伝

  • 今日の主役は{Farruquito|ファルキート}(本名{Juan Manuel Fernández Montoya|フアン・マヌエル・フェルナンデス・モントーヤ}、1982年8月15日セビリア生)。父は歌い手{Juan Fernández Flores|フアン・フェルナンデス・フローレス}「{el Moreno|エル・モレノ}」、母は踊り手{Rosario Montoya Manzano|ロサリオ・モントーヤ・マンサーノ}「{la Farruca|ラ・ファルーカ}」。祖父は伝説の踊り手{Farruco|ファルーコ}(本名{Antonio Montoya Flores|アントニオ・モントーヤ・フローレス}、1935年マドリード県ポスエロ・デ・アラルコン生、1997年セビリア没)で、セビリア・トリアナ地区に根ざす一族固有の舞踊の型を継ぐ後継者として育った。
  • わずか4歳で、祖父ファルーコが率いた巡業公演『{フラメンコ・プーロ|Flamenco Puro}』でブロードウェイ国際デビューを果たし、15歳では祖父と並んで{Carlos Saura|カルロス・サウラ}監督の映画『{Flamenco|フラメンコ}』(1995年)に出演した。一族の芸が「型」として口伝と共演の中でそのまま次世代へ渡されていく様子を、キャリアの最初期から体現している。
  • 直線的で力強い上体を保ちながら、足裏・踵・つま先の打ち分けで速いサパテアードを刻み、過度な装飾に頼らず一つの型を長く保持する集中力が持ち味とされる。マドリードのタブラオ「{Café Berlín|カフェ・ベルリン}」で撮影された公式映像のアレグリアスでは、上体をほとんど揺らさないまま足の音色だけを変化させ、静止と高速連打を交互に見せる場面に注目すると、祖父ファルーコ以来の「飾らない身体」の型がどう受け継がれているかが見て取れる。

フラメンコカンテ列伝

  • 今日の主役は{Rocío Márquez|ロシオ・マルケス}(1985年ウエルバ生)。9歳でウエルバの{フラメンコ愛好会|ペーニャ・フラメンカ}に通い始め、15歳でセビリアへ移り一般の学業とフラメンコの専門教育を並行した。2005年、名門{クリスティナ・エレン財団|フンダシオン・クリスティナ・エレン}の奨学生となり、{Paco Taranto|パコ・タランート}や{José de la Tomasa|ホセ・デ・ラ・トマサ}ら名匠に師事。2008年にセビリア大学で音楽教育学の学位を取得し、同大学院でフラメンコ研究の修士も修めた、アカデミックな裏付けを持つ歌い手である。
  • 伝統的なカンテの語法を土台にしながら、エレクトロニカのプロデューサー{Bronquio|ブロンキオ}(本名{Santiago Gonzalo|サンティアゴ・ゴンサロ}、ヘレス出身)との共作『{Tercer Cielo|テルセル・シエロ}』(2022年)は、フラメンコと電子音楽の融合作としてスペイン国内で「プレミオ・ルイード」の最優秀ナショナルアルバム賞を受けた。伝統の型を崩さず異ジャンルへ越境する姿勢は、9月16日に紹介したギタリスト、パコ・ペーニャの国際化の系譜とはまた違う、同時代的な「越境」の形といえる。
  • 同作の先行シングル『{Un Ala Rota|ウン・アラ・ロタ}(片方だけ折れた翼)』は伝統様式{ガロティン|garrotín}を下敷きにしている。公式ミュージックビデオを見ると、電子的な音響の下で子音を立てた明瞭な発声と語尾のメリスマ処理が崩れておらず、アカデミックな声楽訓練とフラメンコの節回しが同居していることが聞き取れる。歌詞は「消費で埋めようとした空白がかえって檻を作る」という自由の主題を歌っている。

フラメンコギター工房だより

  • 過去回の全履歴(グラナダのラ・ギタレリア・ビタル、マラガのDavid Marcos Luthier、セビージャのアルベルト・パントーハ、アルメリアのゲルンディーノ・フェルナンデス父子、コルドバのマヌエル・レジェス、マドリードのコンデ・エルマーノス、グラナダのアントニオ・マリン・モンテロ、ウエルバ/クエンカのビセンテ・カリージョ、バレンシアのアマリオ・ブルゲー、グラナダのダニエル・ヒル・デ・アバジェ、マドリードのパウリーノ・ベルナベ、フェリペ・コンデ、セビリアのフェルナンド・モレノ、フランシスコ・バルバ、ヘロニモ・マテオス、グラナダのホセ・ビヒル・ギターラス、ホセ・ラミレス、ホセ・ロペス・ベジード、ミゲル・ロドリゲス・ベネイト、グラナダのオスカル・ムニョス、コルドバのジョン・レイ、マドリードのサントス・エルナンデス/マルセロ・バルベロ/アルカンヘル・フェルナンデス、コルドバのアントニオ・ベルナル、マドリードのマヌエル・コントレラス、カディスのバレリアーノ・ベルナル、グラナダのマヌエル・デ・ラ・チカ、グラナダのマヌエル・ベジード、欧州ギター製作学校、ヘレスのダビ・ペーニャ・バルガス)と照合したうえで、今日は個別の工房名ではなく、その源流にあたる実在の製作家{Domingo Esteso|ドミンゴ・エステソ}(1882年クエンカ県サン・クレメンテ生 – 1937年没)を取り上げる。これまで扱ったコンデ・エルマーノスとフェリペ・コンデはいずれもこの人物の系譜に連なるが、本人を主役に据えるのは今回が初めてである。
  • エステソは10代でマドリードへ出て、名工{Manuel Ramírez|マヌエル・ラミレス}の工房へ弟子入りした。同じ工房には{Santos Hernández|サントス・エルナンデス}と{Modesto Borreguero|モデスト・ボレゲロ}もおり、この3人が「マドリード製作学派」の柱とされる。1916年にラミレスが没した後も、エステソはサントス・エルナンデスとともに未亡人のもとで働き続ける義理堅さを見せた。
  • 1915年、妻{Nicolasa Salamanca|ニコラサ・サラマンカ}(ニス塗りを担当)とともに、マドリード中心部グラビナ通り7番地に自らの工房を構えた。ほぼフラメンコギターの製作に専念し、軽い胴でありながら強い音量と遠達性を両立させる楽器として知られた。エステソの没後、甥の{Faustino|ファウスティーノ}・{Mariano|マリアーノ}・{Julio Conde|フリオ・コンデ}の3兄弟が工房を継承し、名を「コンデ・エルマーノス」へ改めた。9月15日に紹介したフェリペ・コンデも、この一族の系譜に連なる製作家である。
  • 一人の職人の工房が、次世代で名前を変えながら複数のブランドへ枝分かれしていく様子は、日本の老舗工房が暖簾分けを重ねて複数の系譜に分かれていくのと似た構造で、個体の由来を辿る際にラベルと年代の照合が欠かせない理由でもある。

フラメンコのパロ解説

  • 今日のパロは{Caña|カーニャ}。現存する記録上「最初のフラメンコ歌い手」とされる{El Planeta|エル・プラネータ}(本名{Antonio Monge Rivero|アントニオ・モンヘ・リベロ})の持ち歌の一つとされ、19世紀前半のカディス・トリアナ周辺のカフェ・カンタンテ文化とともに記録に現れる。1847年の{Serafín Estébanez Calderón|セラフィン・エステバネス・カルデロン}の著書『{Escenas andaluzas|エスセナス・アンダルサス}』では、エル・プラネータが「両方のポロの王」と評されており、姉妹的な古謡「{Polo|ポロ}」の母体になったとも説明されるが、成立の細部やマラガ地方に起源を求める説など諸説あり単一の起源へは断定できない。
  • カンテ・ホンドに分類される中でも特に発声の難度が高い「歌い手泣かせ」の様式として知られ、名手だけが手掛ける稀少な様式とされる。ソレアと近い親族関係にあり、儀礼的な性格が強く、歌い出しには言葉を持たない長い嘆きの声(アイの詠嘆)を自由なリズムで置き、そこから徐々に拍へ入っていく構成が特徴。歴史的には{バイレ・ポル・カーニャ|baile por caña}として、裾の長い衣装バタ・デ・コラやマントンを使う踊りも19世紀のサロンで伴っていたが、現在は歌としての伝承が中心になっている。
  • レトラは3〜4行の八音節詩が基本で、ソレアと共通の詩形を持つ。冒頭の自由な嘆きの後、ギターが12拍のコンパスを提示すると歌もその拍へ収まっていき、締めくくりには特徴的な「レマーテ」(決め句)が置かれる。
  • コンパス: ソレア系の12拍循環を基本とし、自由リズムの導入部からコンパスへ収束する過程そのものが聴きどころになる。コード進行はフリジア旋法に基づくアンダルシア終止で、Eを主音とする場合は{Aマイナー|Am}→{ジー|G}→{エフ|F}→{イー|E}という下行進行が典型。ギター奏者{Ricardo Fernández del Moral|リカルド・フェルナンデス・デル・モラル}によるカンテと伴奏を分けて示す解説映像では、拍のない導入の嘆きと、ギターが和音を刻み始めた瞬間に歌が拍へ吸い込まれる境目がはっきり聞き取れる。ソレアより古い様式とされる由縁がその構成の素朴さにも表れている。

まとめ

政治は国境と恩赦を巡って足踏みを続けた一日だったが、番組の主役はやはり文化と音楽。ヘレス育ちの若きギタリスト、トリアナの舞踊一族、ウエルバの越境するカンタオーラ、そして遠くマドリードの工房からセビリアの街角まで、フラメンコが土地と血縁を通じてどう受け渡されてきたかが今日も見えた一日だった。


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音声合成: VOICEVOX / キャラクター: ずんだもん四国めたん