セウタ司法対立とロルカ90年、パウリーノ・ベルナベ工房|スペインニュース 2026/08/18
2026-08-18 / スペイン便り
概要
セウタ市長が政府を提訴する構え、1,500人分の受け入れ施設発表と残留人数の非公表、抗議デモでの記者暴行、モロッコ路線を変えないスペイン政府の外交姿勢を解説。文化面はロルカ暗殺90年の彫刻行進「サカ・ノクトゥルナ」とコンチータ・モンテネグロの知られざるスパイ秘話、フラメンコはアロサイナ・ラス・ミナス・マルチェナの3大会、工房だよりはマドリードの名工パウリーノ・ベルナベの継承物語を取り上げます。
▼ 主な話題 ・セウタ市長ビバスが政府の「絶対的な受動性」を提訴へ ・政府が1,500人分の受け入れ施設4か所を発表、残留人数は非公表 ・モロッコ路線を維持するスペイン政府と専門家の強硬論の対立 ・ロルカ暗殺90年、彫刻がマドリードを練り歩いた「サカ・ノクトゥルナ」 ・コンチータ・モンテネグロとスパイ、レスリー・ハワードの知られざる物語 ・カンテ・デ・ラス・ミナス決勝進出者発表とギター工房パウリーノ・ベルナベ
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スペインニュース(2026年8月18日)
オープニング:2026年8月18日 — スペインニュース
2026年8月18日のスペインニュースをお届けする。今日の軸は、セウタ危機がついに司法対立へ発展したことと、スペインが批判を浴びながらもモロッコとの外交路線を変えない姿勢だ。国内ではセウタ市長がセウタ市長ビバスが政府を提訴する構えを見せ、政府は1,500人分の受け入れ施設を発表したが街頭に残る人数は明かさなかった。移民に間違われた地元記者が暴行を受ける事件も起きた。文化面はロルカ暗殺90年の夜、彫刻がマドリードの街を練り歩いた「サカ・ノクトゥルナ」と、フランコに会うため女優コンチータ・モンテネグロを利用した英国のスパイ、レスリー・ハワードの物語。フラメンコはアロサイナ、ラス・ミナス、マルチェナの3大会・公演を、工房だよりはマドリードの名工パウリーノ・ベルナベを取り上げる。
今日のスペイン語ひとこと
「ponerse las pilas(ポネルセ・ラス・ピラス)」=「気合を入れる、本腰を入れる」を紹介する。直訳は「電池を入れる」で、スマホや懐中電灯に電池を入れて動かすように、人に活を入れる比喩表現。「¡Ponte las pilas!(ポンテ・ラス・ピラス)」は「しっかりしろ、本気出せ」という日常の掛け声で、親が子どもに、上司が部下に、友人同士でも気軽に使う。ラテンアメリカでも同じ言い回しが広く通じ、スペイン語圏全体で愛用される表現の一つだ。
国際情勢(スペイン視点)
- 批判の中でもモロッコ路線を変えないスペイン政府: エル・パイスによれば、セウタ危機を受けて相談された外交官・元閣僚・専門家の大半が「ラバトに対してもっと強気に出るべきだ」と政府に迫っているが、政府自身は対モロッコ戦略を実質的に維持する構えだという。批判と現状維持のギャップが外交面での争点になっている。
- 「セウタの国境は逆さのベルリンの壁」という論説: エル・パイスの論説は、国境の安全確保と、その確保のために自国の原則・価値観を壊さないことの両立が重要だと指摘する。移民管理を巡るスペインの立ち位置は、欧州の人権・EU価値との整合性という国際的な文脈でも問われている。
- キム・ジョンウンの兵器資金調達に関与したとして米国が制裁したドミニカ系スペイン人: エル・ムンドによれば、29歳のこの男性はスペイン在住で、米財務省から「北朝鮮の兵器資金調達を助けた」として制裁対象に指定された。給料の受け取りも支払いも結婚もできなくなり、生活が一変したと本人が証言している。米国の制裁がスペイン国内の一個人の生活を直撃する事例だ。
- スペイン人の受け止め: 地中海とアフリカを「自分たちの生活圏」とみなす感覚から、モロッコとの関係を巡る対応は国内の左右を超えて注視される。専門家の「もっと強気に」という声と政府の現状維持の姿勢がかみ合わない構図は、セウタ国内ニュースの司法対立ともつながっている。
スペイン国内ニュース
- セウタ市長、政府の「絶対的な受動性」に司法で対抗へ: エル・パイスとエル・ムンド双方が報じたところでは、セウタ市長フアン・ヘスス・ビバスは、市中心部の施設を移民の再収容先として提供することを拒み、「住民の苦情」を理由に挙げつつ、政府の対応が「絶対的な受動性」だとして司法に訴える構えを見せた。エル・ムンドは市長の発言を「イナクシオン(不作為)」という言葉で強調して報じている。
- 政府、1,500人分の受け入れ施設4か所を発表も残留人数は非公表: 政府は1,500人の移民を収容する4つの空間を確保したと発表したが、街頭に今も残っている人数は明らかにしなかった。エル・ムンドは「越境の奔流から18日後」という時間軸を強調し、危機の長期化を印象づけている。移民担当相サイスは「機関同士の協力が正常化に不可欠」と述べた。
- 抗議デモで地元記者が移民と間違われ暴行を受ける: 移民担当相サイスの訪問に対する抗議集会で、地元紙「エル・プエブロ・デ・セウタ」の記者が撮影中にデモ参加者から「お前の国へ帰れ」と言われ暴行を受けた。記者は「自分はここの人間だ」と応じたという。移民問題を巡る現地の緊張が、地元住民同士の誤認による暴力にまで広がっている。
- アルガロビコの違法コンクリート4万2000平方メートル、20年越しに解体へ: アルメリア県の海岸に建つ違法ホテル建設物「エル・アルガロビコ」の解体作業が進んでいる。州政府と中央政府が2011年に費用を分担する取り決めを結び、当時は解体費用を710万ユーロと見積もっていた。グリーンピースは解体作業自体を研究プロジェクトに転用する案を提案している。20年間止まっていた事業がようやく動いた形だ。
- 日本との比較: 地方自治体トップが中央政府を相手取り司法闘争も辞さない構図は、日本の地方自治体が国と対立する場面(基地問題など)とも重なるが、スペインでは街頭デモや「お前の国へ帰れ」という直接的な言葉が飛び交う点に、日本の穏やかな同調圧力とは異なる感情表現の文化が表れている。一方、20年放置された違法建築を最終的に解体まで持ち込む粘り強さは、日本の空き家・違法建築対策が長期化しがちな状況とも比較できる。
文化・芸能ニュース
- ロルカ暗殺90年、彫刻がマドリードを練り歩いた「サカ・ノクトゥルナ」: 8月17日夜から18日未明にかけて、彫刻家フェルナンド・サンチェス・カスティージョが制作した詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカの彫刻を、9人のアーティストが担いでマドリード市内を巡った。彫刻は国立ソフィア王妃芸術センターの展示「ラ・ペルラ・ペレグリナ」から出発し、レティーロ公園のベラスケス宮を20時30分に出て、モヤーノ坂、プラド美術館周辺、王立植物園、ウエルタス通り、マトゥーテ広場を経て、23時ごろサンタ・アナ広場で終わった。内戦・独裁期に「サカ」とは人を家や刑務所から連れ出し処刑する行為を指した言葉で、今回はロルカ自身が街へ「出ていく」形にその意味を反転させた。
- バンド「アルカラ・ノルテ」、夏フェスを巡るツアー生活を語る: マドリードのロックバンド、アルカラ・ノルテの夏フェスツアーに同行取材した記事によれば、彼らは自らを「バリオ(下町)100パーセント」と称し、長時間のワゴン移動、大量の食事、旅先での軽口が日常だという。「ここではハイデガーかクソかの話しかしない」という本人たちの言葉が、飾らないバンドの空気を象徴している。
- コンチータ・モンテネグロ、スペインを大戦から救った?ハリウッド最初のスペイン女優: ハリウッドで成功した最初のスペイン人女優コンチータ・モンテネグロは、1931年の映画で英国俳優レスリー・ハワードと共演し、以後も特別な関係を保った。ハワードはチャーチルの依頼で、スペインを対独中立に留めるためフランコに接触するスパイ任務を負っており、モンテネグロの婚約者リカルド・ヒメネス=アルナウの人脈を通じてフランコとの面会を実現させたとされる。ハワードは1943年6月1日、ビスケー湾上空でドイツ軍戦闘機に撃墜され死亡した。リスボン空港のドイツ側スパイが乗客名簿から彼を特定していたという。
- 闘牛士モランテ・デ・ラ・プエブラの涙、フィエスタの感情を語る: セビリア出身の闘牛士モランテ・デ・ラ・プエブラの涙が話題になった。記事は彼を「フィエスタの塩」、幻滅を忘れさせてくれる唯一の要素と評しており、アンダルシアの闘牛文化が持つ情熱と哀愁を象徴する出来事として伝えている。
フラメンコニュース
- アロサイナの「アルメナ・フラメンカ」、8月15日開催: マラガ県アロサイナで、カンテ・ギター・バイレが一堂に会するフェスティバル「アルメナ・フラメンカ」が開催された。マラガ県議会や地元メディア複数が伝えている。
- 第65回カンテ・デ・ラス・ミナス国際フェスティバル、決勝進出者を発表: フラメンコの最重要コンクールの一つ、カンテ・デ・ラス・ミナス国際フェスティバル(第65回)が決勝進出者を発表した。長い歴史を持つ大会の節目として注目されている。
- マルチェナ「フィエスタ・デ・ラ・ギターラ」第52回、エバ・ジェルバブエナら出演: セビリア県マルチェナで開催された第52回「フィエスタ・デ・ラ・ギターラ」に、バイレのエバ・ジェルバブエナ、カンテのヘスス・メンデスとダビ・パロマールが出演した。
- 「スマ・フラメンカ2026」、10月にマドリードで開催: フラメンコの祭典「スマ・フラメンカ」が2026年10月、マドリードで開催されることが発表された。アンダルシア発祥のフラメンコが首都の看板行事として扱われる構図は、地域間の複雑な感情を再び浮かび上がらせる。
- アルゼンチン・グアイマジェンにスペインのカンテとバイレが上陸: アルゼンチンのグアイマジェンで、スペインから直接届いたカンテとバイレのショーが開催されたと現地メディアが伝えた。旧植民地との文化的つながりを示す一例だ。
- フラメンコとアンダルシア: フラメンコはセビリア・コルドバ・ヘレス・グラナダなど、アンダルシアで育った文化だ。マドリードでの「スマ・フラメンカ」開催のように、首都がフラメンコを「国の顔」として扱うたび、発祥の地アンダルシア側には複雑な感情が残る。
フラメンコギター工房だより
- パウリーノ・ベルナベ工房(マドリード): 創業者パウリーノ・ベルナベ・アルメンダリス(1932〜2007年、マドリード生まれ)は、タレガの弟子ダニエル・フォルテアに音楽を学んだ後、1954年からホセ・ラミレス3世の工房で製作を学び始め、すぐに工房長を務めるまでになった。1969年に独立して自らの工房を開いた。
- 独自のブレーシング(力木配置)方式: パウリーノ・ベルナベは楽器内部の力木を独自の配置にする方式を確立し、その音は「速く、明るく、フラメンコらしい」と評される。フラメンコ用モデルには1960年代のドイツ産スプルース(表板)と、樹齢40年を超えるスペイン産シプレス(糸杉、側板・裏板)を使い、伝統的なファン・ブレーシング(扇状の力木)とフレンチポリッシュ仕上げを組み合わせている。
- 演奏家とのつながりと継承: 楽器はナルシソ・イエペスら国際的な演奏家に愛用された。1980年代初めから父と共に働いていた息子パウリーノ・ベルナベ(1960年生まれ)が、2007年の父の死去後に工房を引き継ぎ、2011年にはスペインクラシックギター製作の保存・国際普及を目的とした「スパニッシュ・ギター財団」を設立した。
まとめ
セウタ危機は市長の司法対抗、政府の受け入れ発表、記者への暴行と、街と国政の摩擦が一段と可視化された一日だった。国際面ではスペイン政府がモロッコ路線を変えない姿勢を貫く一方、専門家は強硬姿勢を求め続けている。文化面ではロルカ暗殺90年の彫刻行進とコンチータ・モンテネグロの知られざるスパイ秘話が過去と現在をつなぎ、フラメンコはアロサイナからブエノスアイレス近郊まで各地の熱気を伝えた。工房だよりのパウリーノ・ベルナベは、独自の力木設計で国際的な演奏家に愛された継承の物語である。