レブリハの種をまいた人々 ペドロ・バカン、コンチャ・バルガス、イネス・バカン、モンテロ工房、ピニーニのカンティーニャ【2026/11/01】
2026-11-01 / スペイン便り
概要
万聖節「トドス・ロス・サントス」の11月1日、セビリア県レブリハのヒターノの名門「ピニーニ一族」をたどる回です。ギタリスト列伝は、家の歌をギターに移し、1989年のソロ盤『Aluricán』や一族を率いた舞台『El clan de los Pinini』でパリのオペラ座まで運び、1997年に交通事故で世を去ったペドロ・バカン。バイレ列伝は、その舞台で「跳ねも駆け足もなく」踊ったコンチャ・バルガス。カンテ列伝は、兄に背中を押されて舞台に立った妹イネス・バカン。二人は2026年2月のヘレス・フェスティバルで舞台『Lebrisah』を共演しました。工房だよりはマルチェナの家具職人からコルドバの名工になったフアン・モンテロ・アギレラ、パロ解説は12拍を数えながら、一族の名を冠した「ピニーニのカンティーニャ」を聴き比べます。今日のスペイン語は「キエン・シエンブラ、レコヘ(Quien siembra, recoge)」。
▼ 今日のトピック ・バレンシア豪雨災害(ダナ)から2年、234人分の空白を残した沈黙の行進/ウルダ列車事故、安全装置の停止が今年170回 ・作曲家マリサ・マンチャド、ウルダの事故で死去/セミンシ最高賞はアラン・ゴミス監督『Dao』 ・南仏で「アルバ・フラメンカ」第2回/マラガ県トロックスの創作滞在「In-Progress」2027年募集/ウエルバ県モゲルのペーニャの夜 ・ギター列伝: ペドロ・バカン(Pedro Bacán) ・バイレ列伝: コンチャ・バルガス(Concha Vargas) ・カンテ列伝: イネス・バカン(Inés Bacán) ・工房だより: フアン・モンテロ・アギレラ(Juan Montero Aguilera、コルドバ) ・パロ解説: カンティーニャス/ピニーニのカンティーニャ(Cantiñas de Pinini)
▼ 関連リンク(アーティスト・パロ・工房) ・ペドロ・バカン『Alegrías』1989年(アンダルシア・フラメンコ放送公式) https://www.youtube.com/watch?v=xiuEIU4iU_c ・ペドロ・バカン『Tarantas』1989年(アンダルシア・フラメンコ放送公式) https://www.youtube.com/watch?v=M0P_7F9co0M ・カリスト・サンチェス&ペドロ・バカン リサイタル(カサ・デル・アルテ・フラメンコ・アントニオ・マイレナ公式) https://www.youtube.com/watch?v=DUDEvswmQZ8 ・カロル・フィエルスが語るペドロ・バカン(RFI Español) https://www.youtube.com/watch?v=nUKY4hARZCg ・コンチャ・バルガス『baila por bulerías』1995年(Canal Sur MemorANDA) https://www.youtube.com/watch?v=QZz97mNw3cw ・イネス・バカン&コンチャ・バルガス ヘレス・フェスティバル2026(Flama) https://www.youtube.com/watch?v=btx-5XK3C70 ・イネス・バカン『Soleá』1999年(アンダルシア・フラメンコ放送公式) https://www.youtube.com/watch?v=jvrRHzJXZ6E ・イネス・バカン『Cantiñas del Pinini』1998年(アンダルシア・フラメンコ放送公式) https://www.youtube.com/watch?v=DELD6S6lLrA ・フェルナンダ&ベルナルダ・デ・ウトレラ『Cantiñas de Pinini』(公式配信) https://www.youtube.com/watch?v=yqeijtX3i8E ・カマロン・デ・ラ・イスラ『Mi niña se fue a la mar (Cantiñas de Pinini)』(公式配信) https://www.youtube.com/watch?v=U1PqUfEuBzA ・アントニオ・レイがフアン・モンテロ・アギレラ1974年製を試奏(ソレラ・フラメンカ公式) https://www.youtube.com/watch?v=ZGbErLjos70 ・フアン・モンテロ・アギレラ 工房インタビュー(2014年) https://www.youtube.com/watch?v=ufBIoCJ1qqQ
▼ 参考記事・ソース ・El País「Miles de personas recorren en silencio las calles blindadas de Valencia por el segundo año de la dana」 https://elpais.com/espana/comunidad-valenciana/2026-10-31/miles-de-personas-recorren-en-silencio-las-calles-blindadas-de-valencia-por-el-segundo-ano-de-la-dana.html ・El País「Una caída cada dos días: la penuria del sistema de seguridad que dejó de funcionar antes del accidente de Urda」 https://elpais.com/espana/2026-10-31/radiografia-del-sistema-de-seguridad-que-dejo-de-funcionar-antes-del-accidente-de-urda-casi-una-caida-cada-dos-dias.html ・El Mundo「Muere la compositora Marisa Manchado, desaparecida en el accidente de tren de Urda」 https://www.elmundo.es/cultura/musica/2026/10/31/6ae5a896e85ece2c388b45a6.html ・El País「‘Dao’, apuesta arriesgada y experimental sobre la familia y África, gana en la Seminci」 https://elpais.com/cultura/cine/2026-10-31/dao-apuesta-arriesgada-y-experimental-sobre-la-familia-y-africa-gana-en-la-seminci.html ・ExpoFlamenco「Alba Flamenca」第2回 https://expoflamenco.world/magazine/Alba-Flamenca-brings-together-Spanish-and-French-artists-in-France-for-its-second-edition/ ・ExpoFlamenco「In-Progress」2027年募集 https://expoflamenco.world/magazine/in-progress-opens-the-2027-call-for-applications-and-faces-the-final-stretch-of-its-residency-season/ ・ExpoFlamenco「Las noches de Moguer」 https://expoflamenco.world/magazine/the-nights-of-Moguer/ ・Festival de Jerez「Concha Vargas e Inés Bacán. Lebrisah」 https://www.festivaldejerez.es/wp-content/uploads/2026/02/CONCHA-VARGAS-E-INES-BACAN-DOSSIER.pdf ・DeFlamenco「Homenaje a Pedro Bacán en Lebrija」 https://deflamenco.com/revista/resenas-actuaciones/homenaje-a-pedro-bacan-en-lebrija-ines-bacan-pepa-de-benito-concha-vargas-carmen-ledesma-1.html
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スペイン文化・フラメンコ便り(2026年11月1日)
オープニング:2026年11月1日 — スペイン文化・フラメンコ便り
- 今日のスペイン語は「キエン・シエンブラ、レコヘ(Quien siembra, recoge)」。直訳は「種をまく者が、刈り取る」。地道に手間をかけた人が、やがて実りを手にするという意味のことわざで、日本語の「まかぬ種は生えぬ」の裏返しにあたる。
- 11月1日はスペインの万聖節「トドス・ロス・サントス(Todos los Santos)」。家族が墓地へ花を手向け、骨の形をした菓子「ウエソス・デ・サント(聖人の骨)」や揚げ菓子「ブニュエロス・デ・ビエント」を食べる日である。
- 今日の軸は「レブリハの種をまいた人々」。セビリア県レブリハのヒターノの名門「ピニーニ一族」の家の歌を舞台へ運び、1997年に交通事故で世を去ったギタリスト、ペドロ・バカン。その舞台で踊ったコンチャ・バルガス、人見知りで家の宴でしか歌わず、兄に背中を押されて30代後半で舞台に立った妹のイネス・バカン。工房だよりはセビリア県マルチェナ生まれでコルドバに工房を構えたフアン・モンテロ・アギレラ、パロ解説は一族の名を冠した「カンティーニャス(ピニーニのカンティーニャ)」。
スペイン国内ニュース
- バレンシアの豪雨災害から2年、沈黙の行進: エル・パイス紙(10月31日)によると、2024年10月29日の豪雨災害(ダナ)から2年を迎え、バレンシア市中心部を数千人が沈黙のまま行進した。厳重な警備が敷かれた通りで、遺族は亡くなった234人が並ぶはずだった場所を、隊列の中にぽっかりと空けて歩いた。
- ウルダ列車事故、安全装置の停止は「2日に1回」: 10月下旬にトレド県ウルダで69人が死亡した高速列車事故について、エル・パイス紙(10月31日)は、列車同士が同じ地点で重ならないよう制御する装置LZBが今年少なくとも170回停止していたと報じた。69人の検視を3日で終えた法医学チームの作業も伝えている。
文化・芸能ニュース
- 作曲家マリサ・マンチャド、ウルダの事故で死去: エル・ムンド紙・エル・パイス紙(10月31日)によると、ウルダの列車事故で行方が分からなくなっていたマドリード出身の作曲家マリサ・マンチャドの死亡が、兄により確認された。小説『ラ・レヘンタ』を題材にした音楽で2024年の国民音楽賞を受け、教育用作品、室内楽、声楽、交響曲、オペラ、電子音響まで150曲以上を残した。
- バリャドリード国際映画週間(セミンシ)の最高賞は『ダオ』: エル・パイス紙(10月31日)によると、フランス・セネガル出身のアラン・ゴミス監督が、家族とアフリカを描いた実験的な作品『Dao』で最高賞を受けた。受賞が多くの作品に分散した年で、複数の賞を得たのは『La Gradiva』と『Un hombre de nuestro tiempo』だけだった。
フラメンコニュース
- ピレネーの北で「アルバ・フラメンカ」第2回: エクスポフラメンコ(10月22日)によると、南フランス・オード県のラグラスとフェラル・レ・コルビエールで10月21〜25日、スペインとフランスの奏者が共演するフェスティバル「アルバ・フラメンカ」の第2回が開かれた。踊り手マリア・カネアの『Atávico』、ハーモニカのアントニオ・セラーノらとのフラメンコ・ジャズ『Coincidencias』、歌い手フアン・ホセ・ビジャールの伝統の舞台が並んだ。主催はシルビア・バディージョが率いるゲッコー・プロド・ヨーロッパ。
- マラガ県トロックスの創作滞在「イン・プログレス」、2027年の募集: エクスポフラメンコ(10月22日)によると、トロックス町、フラメンコ・フェスティバル社、コンシエンシアルテ財団が9〜12月に開く創作レジデンス「In-Progress」が2027年の募集を始めた。11月2〜8日はヘスス・イノホサが「観客は人工知能の夢を見るか」と問う新作を、11月21〜25日はユー・シエン・シュエが新作を仕上げ、25日にポンピドゥー・センター・マラガで試演する。10月26日のバイレ列伝で紹介したパウラ・コミトレの新作も、11月7〜8日にマドリードのマタデーロで初演される。
- ウエルバ県モゲルのペーニャの夜: エクスポフラメンコ(10月25日)によると、10月23日、モゲルのペーニャ・デ・カンテ・ホンドで、ウエルバ出身の歌い手エステファノ・モリンスと、ウエルバに住むオランダ人ギタリストのガスパル・デ・オランダが共演した。マルティネーテとデブラで始まり、マラゲーニャ、ソレア、リナレスのタランタ、締めはウエルバのファンダンゴ。評者は「本物のペーニャの夜だった」と書いた。県の連盟が回す巡回公演の一夜で、フラメンコが地元の愛好会の小さな部屋で支えられている姿がよく分かる。
フラメンコギタリスト列伝
- 今日の一人: ペドロ・バカン(Pedro Bacán、本名ペドロ・ペーニャ・ペーニャ)。1951年(1952年とする資料もある)、セビリア県レブリハ生まれ。1997年1月、交通事故により40代半ばで亡くなった。独学のギタリストで、伴奏者・独奏者・舞台演出家・作曲家として、レブリハに伝わる家の歌を世界へ運んだ人である。
- 生い立ちと一族(ピニーニの家): 父はバスティアン(セバスティアン)・バカン、母はアナ・ラ・デル・ペラオ。1863年にレブリハで生まれた歌い手フェルナンド・ペーニャ「ピニーニ」のひ孫にあたり、ウトレラの歌い手フェルナンダとベルナルダ・デ・ウトレラは叔母、エル・レブリハーノは従兄弟という大家族に育った。祖母フェルナンダの家は一族の集まる場所で、ウトレラ、セビリア、ヘレス、モロン、カディスの歌い手が出入りした。
- 転機1(10代の伴奏者): 子どものころから若い歌い手ミゲル・フニやクーロ・マレナ、マヌエル・デ・パウラの伴奏をした。16歳の1967年7月22日に地元の祭り「カラコラ・レブリハーナ」第2回に出演し、翌年にはウトレラの「ポタヘ・ヒターノ」に出た。最初の録音は1971年、クーロ・マレナのアルバム『ジュンケ・デル・カンテ・ヒターノ(ヒターノの歌の鉄床)』。
- 転機2(セビリアの伴奏者時代と受賞): 1973年に結婚してセビリアに移り、タブラオ「ロス・ガジョス」や、伝説的な店「ラ・クアドラ」「ラ・カルボネリア」で腕を磨いた。ホセ・デ・ラ・トマサ、ディエゴ・クラベル、エル・カブレロ、カリスト・サンチェス、エル・レブリハーノ、そして若いカマロンの伴奏をし、1980年にはヘレスのフラメンコ学講座から国民ギター賞を受けた。1976年に米国を巡演し、1983年には米国シアトルのワシントン大学で客員教授を務めた。
- 転機3(ソロ盤と「ピニーニの一族」): 1989年、生涯ただ一枚のソロ・アルバム『Aluricán(アルリカン)』を発表。本人は題名を「謎に満ちた言葉」と語った。1990年のセビリア・ビエナルで舞台『Nuestra historia al sur(南のわれらの歴史)』を上演してデモフィロ賞を受け、同年、町の非職業的な歌い手を集めた4枚組『Noches gitanas de Lebrija(レブリハのヒターノの夜)』を制作した。1994年には一族を率いた舞台『El clan de los Pinini(ピニーニの一族)』で欧米を巡演し、パリのオペラ座にも立った。録音はみなフランスで出され、パリは第二の故郷になった。
- 代表作1: アンダルシア・フラメンコ放送公式の『Alegrías. Pedro Bacán. 1989』。1989年の番組『Nuestro Flamenco』で、ソロ盤『Aluricán』と同じ年の独奏である。長調の弾むアレグリアスで、12拍の終わりを低音でどう締めるか、そして華やかな速弾きより、歌い手が入ってきそうな余白を残すファルセータの組み立てに注目したい。今日のパロ解説のカンティーニャスと同じ一族のリズムが聴ける。
- 代表作2: 同じく公式の『Tarantas. Pedro Bacán. 1989』。決まった拍を持たない鉱山の歌タランタは、伝統的にF♯を主音にした独特のポジションで弾かれ、開放弦が半音でぶつかる暗い響きが特徴である。自由なテンポのなかで和音をどう引き延ばすか、その音色を聴き比べたい。
- 代表作3(伴奏者の顔): カサ・デル・アルテ・フラメンコ・アントニオ・マイレナ公式の『Recital de Calixto Sánchez y Pedro Bacán』。マイレナ・デル・アルコールの愛好会の再開記念に開かれた、カリスト・サンチェスとの歌の会の記録である。二人は1984年の『De los Alcores a Granada』(詩人ラファエル・アルベルティの詞)、1985年の『Cantes de ida y vuelta』、1987年の『Calle Ancha』を共に録音した。歌の切れ目に短く差し込む合いの手と、歌い手の息継ぎを待ってから次の和音へ進む伴奏の呼吸に注目したい。
- 技法と比較: 同時代のパコ・デ・ルシアやマノロ・サンルーカルが、和声と速さでギターを独奏楽器へ押し上げたのに対し、バカンは一族の歌の節回しとリズムの「訛り」をギターに移すことを選んだ。モロンのディエゴ・デル・ガストール(9月11日の列伝)が町の流儀を守ったのと同じく、彼の弾き方は「レブリハの弾き方(トーケ・デ・レブリハ)」の源流と呼ばれる。
- 使用ギター: 愛用した製作家・モデルを伝える記録はほとんど残っていない。彼の名を残したのは楽器より、家の歌をギターに移した弾き方である。
- 影響と遺産: 妹イネス・バカン、従姉妹のペパ・デ・ベニート、踊り手コンチャ・バルガス、カルメン・レデスマ、歌い手ホセ・バレンシアらが彼の舞台の常連だった。2006年5月、レブリハのフアン・ベルナベ劇場で開かれた追悼公演『Aluricán en azul y verde』では、息子セベがギターを弾き、イネスがナナとシギリージャを歌った。亡くなる前年1996年のライブ録音は、2022年にフランスのレーベル「ピーウィー!」から書籍つきの2枚組として出た。彼をフランスに紹介したスイスの興行主カロル・フィエルスが、ラジオ・フランス・アンテルナショナルの番組でその歩みを語っている。
- 今から聴くなら: まず1989年の『Alegrías』で長調の弾む12拍を、次に『Tarantas』で拍のない嘆きの伴奏を聴き比べると、同じ人が「祝う歌」と「嘆く歌」をどう弾き分けたかが分かる。
フラメンコバイレ列伝
- 今日の一人: コンチャ・バルガス(Concha Vargas、本名コンセプシオン・バルガス・トーレス)。1956年、セビリア県レブリハ生まれ。ピニーニ一族やペーニャ家とつながるヒターノの家に生まれ、父は芸人のキンティン・バルガス。地元の教師ペペ・リオスに最初の手ほどきを受けた。
- 転機: 1974年、マドリードのタブラオ「サンブラ」でエル・グイトと組んでデビュー。マリオ・マヤの舞台『Camelamos naquerar(話したい)』で主役の相手役を務めて名を知られた。ペドロ・バカンの舞踊団『El clan de los Pinini』に加わり、エル・レブリハーノの『Persecución』、クーロ・フェルナンデスの『Diálogos con Dios』では第一舞踊手を務めた。
- 踊りの特徴: ヘレス・フェスティバルの資料は「歌のフェルナンダ・デ・ウトレラにあたる人が、踊りではコンチャ・バルガスだ」と紹介し、評論家マヌエル・ボオルケスは「跳ねも駆け足もなく、舞台を支配する」踊りと書いた。見せるための回転や速い足技を重ねる現代の踊り手と違い、パティオの宴で生まれたブレリアのように、短い足技と肩・腰のひねりで拍を「遊ぶ」。
- 見どころ: アンダルシア公共放送の記録映像『Concha Vargas baila por bulerías』(1995年の番組『Cavilaciones』の「体の言葉」の回)。評者が「跳ねも駆け足もない」と書いた踊りが、ブレリアの短い足技と腕・腰の動きでどう拍を受け止めるか、締めの一拍の止め方に注目したい。
- いま: 2026年2月23日、第30回ヘレス・フェスティバルでイネス・バカンと共演し、アラブ時代のレブリハの名をとった舞台『Lebrisah』を、ヘレスの社会センター「ブラス・インファンテ」で上演した。音楽監督とギターはクーロ・バルガス、もう一人のギターはアントニオ・モヤ。その公演の様子は『Inés Bacán y Concha Vargas en el Festival Flamenco de Jerez 2026』で見られる。
フラメンコカンテ列伝
- 今日の一人: イネス・バカン(Inés Bacán、本名イネス・ペーニャ・ペーニャ)。1952年、レブリハ生まれ。ギタリスト列伝のペドロ・バカンの妹で、ピニーニのひ孫、フェルナンダとベルナルダ・デ・ウトレラの姪、エル・レブリハーノの従姉妹、ピアニストのドランテスの叔母にあたる。
- 転機1(兄に押されて舞台へ): 家族の宴でだけ歌い、極度の人見知りだった。1990年、兄が制作した『Noches gitanas de Lebrija』への参加が最初の仕事で、以後『Nuestra historia al sur』(1990年)、『Al son del 3x4』(1992年)、従兄弟ペドロ・ペーニャの『Cien años de cante』(1993年)、『El clan de los Pinini』(1994年)と兄の舞台で欧米を回った。
- 転機2(兄の死と独り立ち): 1995年に兄の伴奏で第1作『De viva voz』を録音。兄との録音はフランスで「ディスクの金の鍵」賞を受けた。1997年に兄を失ってからは独りで歩き、1998年にモライート・チコの伴奏で『Soledad sonora』、その5年後に甥ペドロ・マリア・ペーニャらと『Pasión』を出した。兄を記録したドキュメンタリー『Inés, hermana mía(イネス、わが妹)』もある。
- 声と節回し: 声量で押すのでなく、ゆったりした揺れを保ったまま、語尾で声を絞って深く沈める。祈りに近い低い声で、一族のソレアやカンティーニャを家の台所で歌うような親密さで聴かせる。
- 聴きどころ: アンダルシア・フラメンコ放送公式の『Soleá. Inés Bacán. 1999』。番組『La Venta del Duende』で、ギターは10月5日のギタリスト列伝で紹介したヘレスのモライート・チコ。急がない節回しと語尾の沈みに、モライートがどう間を空けて答えるか、歌い手中心の伴奏の呼吸を聴いてほしい。
- いま: 2026年2月のヘレス・フェスティバルでコンチャ・バルガスと『Lebrisah』に出演し、ヘレスの観客の前で一族の歌をいまも歌い続けている。
フラメンコギター工房だより
- 今日の工房: フアン・モンテロ・アギレラ(Juan Montero Aguilera)。1929年(1932年とする資料もある)、セビリア県マルチェナ生まれ。2014年の取材映像では、コルドバのゴヤ通り23番地の工房で話している。
- 家具職人からギターへ: 兄フランシスコと共に家具職人だった。1950年に兵役でコルドバへ移って家具工房を開き、そこでフラメンコの世界と知り合った。1960年、兄の発案でクラシックとフラメンコのギターを作り始め、1964年に兄がバルセロナへ移ると、フアンは独りで構造を研究し、自分の設計を作り上げた。
- 木と数: スペインのギター店の解説によると、表板や裏板には少なくとも20年寝かせた最上級の材を使い、1960年以来850本以上を作った。弾いた奏者として、パコ・デ・ルシア、パコ・セペロ、ビセンテ・アミーゴ、ラファエル・リケーニ、エンリケ・デ・メルチョール、ホセ・アントニオ・ロドリゲス、モロンのパコ・デル・ガストールらの名が挙がる。
- 試奏映像: ソレラ・フラメンカ公式の『Antonio Rey plays the Juan Montero Aguilera 1974 flamenco guitar』。9月23日の列伝で紹介したアントニオ・レイが1974年製を弾く。木目のまっすぐな表板と、裏板・側板のシープレス(イトスギ)で、販売店は「低音は深く力強く、高音は澄んで遠くまで届く」と評している。50年前の楽器が、いまの奏者の速いピカードにも応える。
フラメンコのパロ解説
- 今日のパロ: カンティーニャス(Cantiñas)、なかでもレブリハとウトレラの一族に伝わるピニーニのカンティーニャ(Cantiñas de Pinini)。カンティーニャスはカディス周辺で生まれた長調の祝祭の歌の総称で、アレグリアス(9月12日・10月9日)、ロメーラス(9月29日)、カラコレス(10月19日)、ミラブラス(10月21日)はその仲間にあたる。今日はその「親」の名前と、セビリア県で育った一族の型を取り上げる。
- 起源と歴史(諸説): カンティーニャはスペイン語で「小さな歌」の意。カディスのホタ(北部の舞曲がカディスに根づいたもの)や古いアレグリアスから19世紀に形がまとまったとされ、19世紀半ばから1920年代の「カフェ・カンタンテ」の時代に、踊りの伴奏の歌として広まった。カディスの型が最も多いが、セビリア県で発展した型もある。ピニーニのカンティーニャは、1863年5月17日にレブリハで生まれ、ウトレラで暮らした歌い手フェルナンド・ペーニャ「ピニーニ」の節を、一族が家の宴で歌い継いだものである。本人の録音は残っておらず、子孫の喉だけが「原本」である。
- コンパスを数える: ソレアと同じ12拍だが、テンポは速く軽い(1分間に120〜160拍ほど)。数えるときは12から始め、「12、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11」と、12・3・6・8・10を強く打つ。パルマは手のひらをくぼませて打つ柔らかい「ソルダ(くぐもった手拍子)」で裏拍を刻み、歌が盛り上がると乾いた「セカ」に変わる。ヘレス・フェスティバルの資料は、パティオの宴で「パルマ・ソルダだけでピニーニのカンティーニャを歌った」光景を描いている。
- 調性とコード進行: 長調で、ギターはEの形かCの形で弾き、歌い手の声の高さに合わせてカポタストで移す。和音はE→B7→E(Cの形ならC→G7→C)という主和音と属七の往復が基本で、現代の奏者は経過和音を足して色をつける。フリジア旋法で暗く落ちるソレアと、同じ12拍でも明るく跳ねる点が対照的である。
- レトラの形式とテーマ: 8音節4行の詩が基本で、5音節前後の短いリフレイン(エストリビージョ)を添えることが多い。テーマは恋、海、祭り、からかいなど軽いもの。カマロンは1979年の『La leyenda del tiempo』で、ロルカの詩をピニーニのカンティーニャに乗せて『Mi niña se fue a la mar(わが娘は海へ行った)』と歌った。
- 踊りの構成とバイレ・ギターの聴きどころ: 踊りではアレグリアスと同じく、歌の節(レトラ)→ゆったりした「シレンシオ(静寂)」→足技の独奏「エスコビージャ」→速いブレリアで締める流れが基本。ギターは、歌の切れ目に入るファルセータと、パルマ・ソルダに寄り添う軽いラスゲアードが聴きどころになる。
- 代表録音1(ひ孫の声): アンダルシア・フラメンコ放送公式の『Cantiñas del Pinini. Inés Bacán. 1998』。カンテ列伝のイネス・バカンが、ギターのモライート・チコと歌う。曽祖父の節を、急がない揺れと語尾の沈みで歌う。12拍のアクセントを手拍子で数えながら聴くと、歌の切れ目がどこで拍に着地するかが分かる。
- 代表録音2(孫たちの二重唱): 公式配信の『Cantiñas de Pinini (Cantiñas)』。フェルナンダとベルナルダ・デ・ウトレラ姉妹のアルバム『Romance de la Reina Juana』(1974年の原盤)に入った録音である。ソレアの名手として知られたフェルナンダと、ブレリアの陽気さで知られたベルナルダの二人の声で、同じ家の節でも歌い手の気質で色が変わるのを聴き比べたい。
- 代表録音3(現代への橋渡し): カマロン・デ・ラ・イスラの公式配信『Mi Niña Se Fue A La Mar (Cantiñas De Pinini)』。リカルド・パチョンの制作で、家の宴の節が、ロック世代に向けた新しい音の中でも12拍の明るい弾みを保っているところを聴き比べたい。
- 似たパロとの聴き分け方: アレグリアスは「ティリティ・トラン・トラン」という決まった掛け声で始まり、カディスの港町の華やかな旋律で歌われることが多い。ピニーニのカンティーニャは、同じ12拍・長調でも、一族の宴でブレリアに寄せて歌われてきたぶん、節が短く、声を張るより拍との掛け合いで聴かせる。ソレアとは12拍を共有するが、ソレアは短調寄りのフリジア旋法でゆっくり沈み、カンティーニャは長調で速く明るい。
まとめ
- 2026年11月1日、死者を偲ぶ「トドス・ロス・サントス」の日に、レブリハの種をまいた人々をたどった。ピニーニの家の歌をギターに移し、舞台とレコードで世界に運んだペドロ・バカン。その舞台で拍を遊ぶように踊ったコンチャ・バルガス。兄に押されて歌い手になり、いまも一族の節を守るイネス・バカン。マルチェナの家具職人からコルドバの名工になったフアン・モンテロ・アギレラ。そして子孫の喉にだけ残る「ピニーニのカンティーニャ」。まいた種は、30年近くたった今も刈り取られ続けている。
参考ソース
- 国内: El País「Miles de personas recorren en silencio las calles blindadas de Valencia por el segundo año de la dana」(2026年10月31日) https://elpais.com/espana/comunidad-valenciana/2026-10-31/miles-de-personas-recorren-en-silencio-las-calles-blindadas-de-valencia-por-el-segundo-ano-de-la-dana.html
- 国内: El País「Una caída cada dos días: la penuria del sistema de seguridad que dejó de funcionar antes del accidente de Urda」(2026年10月31日) https://elpais.com/espana/2026-10-31/radiografia-del-sistema-de-seguridad-que-dejo-de-funcionar-antes-del-accidente-de-urda-casi-una-caida-cada-dos-dias.html
- 国内: El País「69 autopsias en tres días: la carrera forense para identificar a las víctimas」(2026年10月31日) https://elpais.com/espana/2026-10-31/65-autopsias-en-tres-dias-la-carrera-forense-para-identificar-a-las-victimas.html
- 文化: El Mundo「Muere la compositora Marisa Manchado, desaparecida en el accidente de tren de Urda」(2026年10月31日) https://www.elmundo.es/cultura/musica/2026/10/31/6ae5a896e85ece2c388b45a6.html
- 文化: El País「Marisa Manchado, el último viaje」(2026年10月31日) https://elpais.com/cultura/2026-10-31/marisa-manchado-el-ultimo-viaje.html
- 文化: El País「‘Dao’, apuesta arriesgada y experimental sobre la familia y África, gana en la Seminci」(2026年10月31日) https://elpais.com/cultura/cine/2026-10-31/dao-apuesta-arriesgada-y-experimental-sobre-la-familia-y-africa-gana-en-la-seminci.html
- フラメンコ: ExpoFlamenco「Alba Flamenca reúne a artistas españoles y franceses en Francia en su segunda edición」(2026年10月22日) https://expoflamenco.world/magazine/Alba-Flamenca-brings-together-Spanish-and-French-artists-in-France-for-its-second-edition/
- フラメンコ: ExpoFlamenco「In-Progress abre la convocatoria 2027 y encara el tramo final de su temporada de residencias」(2026年10月22日) https://expoflamenco.world/magazine/in-progress-opens-the-2027-call-for-applications-and-faces-the-final-stretch-of-its-residency-season/
- フラメンコ: ExpoFlamenco「Las noches de Moguer」(2026年10月25日) https://expoflamenco.world/magazine/the-nights-of-Moguer/
- ギター列伝: Last.fm「Pedro Bacán」伝記 https://last.fm/es/music/Pedro+Bacan/+wiki
- ギター列伝・カンテ列伝: DeFlamenco「Homenaje a Pedro Bacán en Lebrija. Inés Bacán, Pepa de Benito, Concha Vargas, Carmen Ledesma」(2006年) https://deflamenco.com/revista/resenas-actuaciones/homenaje-a-pedro-bacan-en-lebrija-ines-bacan-pepa-de-benito-concha-vargas-carmen-ledesma-1.html
- バイレ列伝・カンテ列伝: Festival de Jerez「Concha Vargas e Inés Bacán. Lebrisah」資料(2026年2月) https://www.festivaldejerez.es/wp-content/uploads/2026/02/CONCHA-VARGAS-E-INES-BACAN-DOSSIER.pdf
- バイレ列伝・カンテ列伝: Canal Sur MemorANDA 記録映像の解説(コンチャ・バルガス 1995年/イネス・バカン 1998年) https://www.youtube.com/watch?v=QZz97mNw3cw / https://www.youtube.com/watch?v=DVoJ4J5IRAo
- 工房だより: Zavaleta's La Casa de Guitarras「Juan Montero Aguilera」 https://www.zavaletas-guitarras.com/guitar-makers-classical-flamenco/2015/6/10/juan-montero-aguilera
- 工房だより: 取材映像「Juan Montero Aguilera, luthier decano de Córdoba」(2014年) https://www.youtube.com/watch?v=ufBIoCJ1qqQ
- パロ解説: Wikipedia「Cantiñas」 https://en.wikipedia.org/wiki/Canti%C3%B1as