パコ・ハラナの伴奏美学と国家舞踊賞マルコ・フローレス/夜明けの鐘カンパニジェーロス 2026/11/08
2026-11-08 / スペイン便り
概要
2026年11月8日のスペイン文化・フラメンコ便りです。音楽生活50周年を迎えたキコ・ベネノの新作と日常、セビリア交響フラメンコ『Alma Flamenca』やヘレスの故ミゲル・サラード追悼公演に加え、フラメンコ3列伝ではパコ・ハラナ(ギター)、マルコ・フローレス(バイレ)、セグンド・ファルコン(カンテ)を特集します。さらにグラナダ最長老のギター製作家フランシスコ・マヌエル・ディアスの工房と、夜明けの鐘の歌カンパニジェーロスを徹底解説します。
▼ 今日のトピック ・今日のスペイン語ひとこと:「エル・ケ・ラ・シゲ、ラ・コンシゲ(El que la sigue, la consigue)」/「フェリス・ドミンゴ(¡Feliz domingo!)」 ・国際情勢(スペイン視点):サンチェス首相の対中南米進歩派連帯、アルゼンチンとの外交議論 ・スペイン国内ニュース:国民党の国家闘牛賞復活公約、マドリード87歳女性の立ち退き危機と市民連帯 ・文化・芸能ニュース:キコ・ベネノ50周年新作『Precisamente』と朝ヨガの暮らし、セビリア映画祭『Bailar la muerte』、ロス・ロメオスの商標裁判 ・フラメンコニュース:セビリアFIBES交響フラメンコ『Alma Flamenca』、サン・セバスティアン市カンテコンクール、ヘレスのペーニャによる故ミゲル・サラード追悼シリーズ ・フラメンコギタリスト列伝:パコ・ハラナ(エバ・ジェルバブエナ舞踊団音楽監督、愛用器フランシスコ・マヌエル・ディアス) ・フラメンコバイレ列伝:マルコ・フローレス(2007年コルドバ全国コンクール4冠、2026年スペイン国家舞踊賞) ・フラメンコカンテ列伝:セグンド・ファルコン(アントニオ・マイレナ直系の美声、2004年ビエナル最高賞) ・フラメンコギター工房だより:フランシスコ・マヌエル・ディアス(グラナダ楽派の最長老、「製作家でありギタリスト」) ・フラメンコのパロ解説:カンパニジェーロス(夜明けの鐘の巡回民謡からマヌエル・トーレ、ラ・ニーニャ・デ・ラ・プエブラへ)
▼ 関連リンク(アーティスト・パロ・工房) ・パコ・ハラナ&エバ・ジェルバブエナ(マドリード・ギター祭2025) https://www.youtube.com/watch?v=GR3o1cgueNs ・ラファエル・リケーニ、マノロ・フランコ、パコ・ハラナ『Amarguras』 https://www.youtube.com/watch?v=8JCgBjWcUmY ・マルコ・フローレス『Tierra virgen』 https://www.youtube.com/watch?v=8l7wFNJA_e0 ・マルコ・フローレス(カサ・パタスでのソレア) https://www.youtube.com/watch?v=d1NpR5uqBvM ・セグンド・ファルコン&パコ・ハラナ『Caña』 https://www.youtube.com/watch?v=Pbp7as5ykZc ・セグンド・ファルコン&マノロ・フランコ(サラ・ガルシア・ロルカ) https://www.youtube.com/watch?v=UdsctZ_3j_E ・フランシスコ・マヌエル・ディアス工房公式サイト https://guitarrasfranciscomanueldiaz.com/ ・フランシスコ・マヌエル・ディアス特集映像 https://www.youtube.com/watch?v=Kxjs-NQJ3AU ・マヌエル・トーレ『Los Campanilleros』 https://www.youtube.com/watch?v=k9UA7dVqLgY ・ラ・ニーニャ・デ・ラ・プエブラ『Los Campanilleros』 https://www.youtube.com/watch?v=FWzn1fRvkPo ・ホセ・メルセ『Campanilleros(A la puerta de un rico avariento)』 https://www.youtube.com/watch?v=SjbkJFpiayM
▼ 参考記事・ソース ・El País España: Sánchez se sube a la ola de resistencia progresista americana https://elpais.com/espana/2026-11-08/sanchez-se-sube-a-la-ola-de-resistencia-progresista-americana.html ・El País España: ¿Por qué no te callas, Milei? https://elpais.com/espana/elecciones-generales/2026-10-22/por-que-no-te-callas-milei.html ・El Mundo España: El PP promete restaurar el Premio Nacional de Tauromaquia https://www.elmundo.es/espana/2026/11/07/6aeeecfee4d4d84f4f8b456e.html ・El País Opinión: Maricarmen, una más de las que impulsaron un cambio https://elpais.com/opinion/2026-09-29/maricarmen-una-mas-de-las-que-impulsaron-un-cambio.html ・El Mundo Cultura: Kiko Veneno, cantante: “Hago yoga, como cosas saludables, no bebo mucho alcohol y dejé los porros” https://www.elmundo.es/cultura/musica/2026/11/05/6aecb5aae9cf4af7498b4570.html ・El Mundo Cultura: La memoria indomable del flamenco lejos de Franco: Bailar la muerte https://www.elmundo.es/cultura/cine/2026/11/05/6aec5cbee4d4d8ee548b4594.html ・El País Cultura: El inaudito caso de Los Romeos: la enrevesada batalla por el nombre del grupo español https://elpais.com/cultura/2026-11-07/el-inaudito-caso-de-los-romeos-la-enrevesada-batalla-por-el-nombre-del-grupo-espanol.html ・Guiaflama: A solo 10 días del estreno, Alma Flamenca en FIBES Sevilla https://www.guiaflama.com/noticias/a-solo-10-dias-del-estreno-alma-flamenca-une-a-falete-esperanza-fernandez-joana-jimenez-y-david-barrull-en-fibes-sevilla/ ・Guiaflama: Concurso de Cante Flamenco Ciudad de San Sebastián 2026 https://www.guiaflama.com/noticias/el-20-de-noviembre-acaba-el-plazo-de-inscripciones-para-el-concurso-de-cante-flamenco-ciudad-de-san-sebastian-2026/ ・Expoflamenco: La Peña Fernando Terremoto de Jerez dedica sus XXIV Noches a Compás a la memoria de Miguel Salado https://expoflamenco.com/revista/la-pena-fernando-terremoto-de-jerez-dedica-sus-xxiv-noches-a-compas-a-la-memoria-de-miguel-salado/
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スペイン文化・フラメンコ便り(2026年11月8日)
オープニング:2026年11月8日 — スペイン文化・フラメンコ便り
- 放送日: 2026年11月8日(日曜日)
- 今日のスペイン語ひとこと: 「エル・ケ・ラ・シゲ、ラ・コンシゲ(El que la sigue, la consigue)」
- 直訳は「追い続ける者が、それを手に入れる」。日本語の「継続は力なり」にあたる表現。
- 何十年も地道に舞台と稽古を積み重ねて独自の境地に達した今日の主役、パコ・ハラナ、マルコ・フローレス、セグンド・ファルコン、そしてグラナダの最長老ギター製作家フランシスコ・マヌエル・ディアスの生き方に重なる言葉。
- 本日の主なテーマ:
- キコ・ベネノ音楽活動50周年の新作と健康的な日常、セビリア映画祭の記録映画『Bailar la muerte』
- セビリア交響フラメンコ『Alma Flamenca』、サン・セバスティアンのコンクール、ヘレスのミゲル・サラード追悼公演
- フラメンコ3列伝:パコ・ハラナ(ギター)、マルコ・フローレス(バイレ)、セグンド・ファルコン(カンテ)
- 工房だより:フランシスコ・マヌエル・ディアス(グラナダ)
- パロ解説:カンパニジェーロス(夜明けの鐘と祈りの歌)
国際情勢(スペイン視点)
- サンチェス首相、米中間選挙後の米州進歩派との連帯を強化(El País 2026-11-08)
- 米中間選挙でのトランプ陣営の退潮を受け、スペインのペドロ・サンチェス首相はブラジルのルラ大統領らラテンアメリカの進歩派政権との連帯を打ち出した。
- スペインにとって中南米は言語・家族・文化を共有する「もう一つの当事者空間」であり、欧州連合(EU)と中南米の橋渡し役を担うことで国内政局の逆風をかわす狙いがある。
- アルゼンチン・ミレイ政権との外交摩擦と主権議論(El País)
- アルゼンチンのミレイ大統領による挑発的発言を契機に、スペイン国内では左派・右派を超えて国家の尊厳と対中南米外交のあり方を巡る議論が続いている。
スペイン国内ニュース
- 国民党(PP)、廃止された「国家闘牛賞」の即時復活と法的保護強化を公約(El Mundo 2026-11-07)
- 中道左派政権が廃止した国家闘牛賞について、野党・国民党は政権奪還時の復活と文化的・法的保護の強化を発表。伝統文化の保護か動物福祉かというスペイン国民性(españolidad)の根幹を巡る論争が再燃している。
- マドリードで87歳女性マリカルメンさんの立ち退き危機に地域住民が連帯(El País)
- 高齢女性が住まいを追われそうになった事態に対し、近隣住民や若者が集まり支援の輪を結成。
- 日本との比較①: 困窮や理不尽に対して「周囲に迷惑をかけまい」と一人で抱え込みがちな日本社会に対し、スペインではご近所や市民が街頭に出て声を上げ、共同体の直接行動で個人の暮らしを守る気風が根強い。
文化・芸能ニュース
- キコ・ベネノ、音楽生活50周年で新作『Precisamente』を発表(El Mundo 2026-11-05)
- 1970年代にバンド「ベネノ」を結成し、1979年にはカマロン・デ・ラ・イスラの歴史的名盤『La leyenda del tiempo(時の伝説)』に参加してフラメンコ・ロックとスペイン現代ポピュラー音楽の扉を開いたキコ・ベネノ(74歳)が、音楽活動50周年を迎えて新作アルバム『Precisamente』を発表した。
- 暮らしと創作: 本人インタビューで「今は毎朝ヨガをし、健康的な食事をとり、酒を減らし、大麻もやめた。心身が澄み渡り、毎朝ギターを手にして飾らないルンバを作る規則正しい生活が何より心地よい」と語っている。
- 日本との比較②: 日本では巨匠になると「求道者として身を削るストイックさ」が美徳とされやすいが、スペインの芸術家は年齢を重ねるほど肩の力を抜き、太陽と健康的な日常の喜びから瑞々しい創作を生み出す。
- セビリア映画祭で記録映画『Bailar la muerte(死を踊る)』初公開(El Mundo 2026-11-05)
- ルイス・E・パレス監督の新作ドキュメンタリーがセビリア映画祭で上映された。フランコ独裁政権下で体制の観光宣伝に利用されることを拒み、自由と抵抗の魂を守り抜いたカンテ・ホンドと亡命期の記憶を貴重な映像資料でたどる。
- 1990年代の人気バンド「ロス・ロメオス」、グループ名を巡る法廷闘争(El País 2026-11-07)
- カステリョン出身の名ポップロックバンド「ロス・ロメオス」が、バンド名の商標登録と使用権を巡ってかつての仲間同士で分裂・裁判に至り、長年共有した創作の権利を守る難しさが浮き彫りになった。
フラメンコニュース
- セビリアFIBESで交響フラメンコ大作『Alma Flamenca』が11月17日に初演(Guiaflama / Expoflamenco 2026-11-07)
- アンダルシア州都セビリアの国際会議展示場(FIBES)にて、ファレテ、エスペランサ・フェルナンデス、ホアナ・ヒメネス、ダビ・バルールという世代を超えた実力派歌い手4名とフルオーケストラが共演する『Alma Flamenca』が11月17日に初演を迎える。初演10日前となりチケット販売も好調に推移している。
- バスク地方「サン・セバスティアン市カンテ・フラメンコ・コンクール2026」応募締切迫る(Guiaflama 2026-11-07)
- スペイン北部バスク自治州サン・セバスティアンで開催される全国カンテ・コンクールの出場登録が11月20日に締め切られる。アンダルシア発祥のフラメンコが、独自の言語と文化を持つバスク地方のペーニャ(愛好会)によって熱心に支えられ、若手歌い手の登竜門となっている。
- ヘレスの老舗ペーニャ「フェルナンド・テレモト」、秋の定例公演を故ミゲル・サラード追悼に捧ぐ(Expoflamenco 2026-11-06)
- カディス県ヘレス・デ・ラ・フロンテーラの名門ペーニャ「フェルナンド・テレモト」が、第24回「ノーチェス・ア・コンパス(コンパスの夜)」の全日程を、惜しまれつつ世を去ったヘレスの名伴奏ギタリスト、ミゲル・サラードの追悼シリーズとして開催する。
- アンダルシアの地域性と日本との比較③: フラメンコはマドリードや海外では「スペイン全体の象徴」として消費されがちだが、その魂はセビリアやヘレスなどアンダルシアの街角のペーニャにある。地域の小さな愛好会が亡き名手の記憶を語り継ぐ姿は、日本の地方に残る伝統芸能の保存会や町の寄席の温かさと深く響き合う。
フラメンコギタリスト列伝
パコ・ハラナ(Paco Jarana, 1966–)— 静寂と空間を設計する「舞踊伴奏と音楽監督」の巨匠
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | フランシスコ・ハラナ・サルゲロ(Francisco Jarana Salguero) |
| 生年・出身地 | 1966年・アンダルシア州セビリア生まれ |
| 師系 | イシドロ・サンルーカル(マノロ・サンルーカルの兄)らに師事 |
| 主な受賞歴 | セビリア・ビエナル「ジラルディージョ伴奏賞」「最優秀オリジナル音楽賞」 |
| 代表作 | エバ・ジェルバブエナ舞踊団全作品音楽監督(『Eva』『5 Mujeres 5』『Lluvia』等)、ソロ盤『Jaula de oro』(2008年) |
| 愛用ギター | フランシスコ・マヌエル・ディアス(グラナダ製・表板スプルース、側裏板シープレスおよびハカランダ) |
1. 生い立ち・出身地区と師弟の系譜
パコ・ハラナことフランシスコ・ハラナ・サルゲロは1966年、アンダルシア州の州都セビリアに生まれた。幼少期からセビリアの豊かなフラメンコ土壌の中でギターを手にした彼は、現代フラメンコギターの巨匠マノロ・サンルーカルの実兄であり、数多くの名手を育てた名教育者イシドロ・サンルーカル(Isidro Sanlúcar)の門を叩いた。イシドロのもとで、左右の手の正確なフォーム、12拍子の揺るぎないコンパス感、そしてアンダルシア音楽の高度な和声学という厳格な基礎を徹底的に叩き込まれたことが、後年の緻密な音楽設計の土台となった。10代後半からはセビリアのタブラオやペーニャでカンテ伴奏とバイレ伴奏の実践を積み、若くして「歌い手と踊り手の呼吸を最も深く理解するギタリスト」として注目を集めた。
2. キャリアの転機(3つの決定的場面)
- 第1の転機(1980年代後半:マリオ・マジャ舞踊団での飛躍) 演劇的フラメンコの先駆者マリオ・マジャの舞踊団に抜擢され、舞台全体の緊張感を支配する伴奏ギタリストとして頭角を現した。単なる伴奏にとどまらず、照明や舞台空間の動きと連動して音楽を構築する手法をここで体得した。
- 第2の転機(1998年:エバ・ジェルバブエナ舞踊団の創設と音楽監督就任) 公私のパートナーでもある世界的バイラオーラ、エバ・ジェルバブエナとともに1998年にカンパニーを立ち上げ、旗揚げ公演『Eva』から『5 Mujeres 5』(2000年)、『A Cal y Canto』(2002年)、『El huso de la memoria』(2006年)、『Lluvia』(2009年)、『¡Ay!』(2013年)に至る全作品の作曲・音楽監督・主席ギタリストを担った。セビリア・ビエナルでは最高栄誉である「ジラルディージョ伴奏賞(Giraldillo al Toque de Acompañamiento)」と「最優秀オリジナル音楽賞」の両方を獲得している。
- 第3の転機(2008年:初ソロアルバム『Jaula de oro』とセビリア三巨頭の共演) 舞踊伴奏の第一人者として長年裏方を支え続けたハラナが、2008年に満を持してソロ・アルバム『Jaula de oro(黄金の鳥籠)』を発表。さらにセビリア・ビエナルではラファエル・リケーニ、マノロ・フランコとともにセビリア派ギターの三巨頭として歴史的な三重奏を披露し、独奏家としての評価も不動のものとした。
3. 代表作と具体的な聴きどころ(鑑賞リンクつき)
- 代表作①:『Paco Jarana & Eva Yerbabuena - Festival de la Guitarra de Madrid 2025』(De Flamenco TV公式映像)
- 聴きどころ・見どころ: 2025年のマドリード・ギターフェスティバル開幕公演の記録映像。冒頭から1分30秒過ぎにかけての静謐なギター独奏の導入部では、1音ごとの減衰(サステイン)まで計算されたアルペジオの音色が確認できる。さらに中盤以降、エバ・ジェルバブエナの重厚なソレアのサパテアード(足技)が始まると、ハラナのギターが足音と競い合うのではなく、足音の裏拍に鋭いラスゲアードと低音弦のファルセータを差し込み、2人で1つの巨大なコンパスを編み上げていく神業が堪能できる。
- 代表作②:『"Amarguras", Rafael Riqueni, Manolo Franco y Paco Jarana. XVII Bienal de Flamenco』(Rafael Riqueni公式チャンネル)
- 聴きどころ: 第17回セビリア・ビエナル、ロペ・デ・ベガ劇場での歴史的名演。セビリアの聖週間(セマナ・サンタ)で最も愛される荘厳な行進曲『アマルグラス(Amarguras)』を、ラファエル・リケーニ、マノロ・フランコ、パコ・ハラナの3人がギター三重奏で演奏している。3分過ぎの中間部で、リケーニの叙情的な旋律とフランコの端正なリズムの間を縫うように、パコ・ハラナが澄み切った高音のトレモロと重厚な内声和音を重ね、ギター3本だけで管弦楽のような立体音響を生み出す場面が最大の聴きどころである。
4. 技法・表現の特徴(同時代の名手との比較)
トマティートやディエゴ・デル・モラオのように、野性的なドライブ感や親指の強烈な打撃(アルサプーア、ゴルペ)で聴衆を圧倒するスタイルとは対照的に、パコ・ハラナの技法は極めて知性的・建築的である。最大の特徴は「静寂(間)の設計」と「テンション・コードの透明感」にある。左手の押弦が極めて正確であるため、複雑なジャズ的・現代音楽的コード(9thや11thを含む和音)を鳴らしても音が決して濁らず、6本の弦がすべて独立して聴こえる。伴奏においては、歌い手が息を吸う瞬間や踊り手が静止する「間」に、最小限の音数で最大のドラマを作る引き算の美学を貫いている。
5. 共演者との関係・本人の言葉
25年以上にわたり舞台を共にしてきたエバ・ジェルバブエナは「パコのギターが鳴り始めた瞬間、私の中に踊るべき空間と重力が生まれる」と全幅の信頼を寄せる。また本日のカンテ列伝で取り上げるセグンド・ファルコンとも長年エバの舞踊団で両輪を務め、互いの呼吸を知り尽くした盟友である。ハラナ自身はインタビューで次のように語っている。
「ギターは単なる伴奏楽器ではない。舞台上の空間、踊り手の足音、歌い手の吐息、そして劇場の沈黙と対話する『音の建築』なのだ」
6. 使用ギターの紹介(フランシスコ・マヌエル・ディアス製)
パコ・ハラナは1980年代の若手時代にはマドリードの「コンデ・エルマノス(Conde Hermanos)」を使用していたが、その後30年近くにわたり、本日の「工房だより」の主役でもあるグラナダの名工フランシスコ・マヌエル・ディアス(Francisco Manuel Díaz)のフラメンコギターを一貫して愛用している。 - 使用楽器の仕様: ドイツ松(スプルース)の表板に、スペイン産シープレス(糸杉)を用いた白(ブランカ)、およびハカランダやローズウッドを用いた黒(ネグラ)の両モデルを舞台や演目に応じて使い分ける。 - 本人が語る音の好み: 「フランシスコ・マヌエル・ディアスのギターは、タッチに対する音の立ち上がりが驚異的に速く、しかも低音から高音までのバランスが完璧だ。大劇場の広い空間で激しいサパテアードやカンテと並んでも音が決して埋もれず、ピアニッシモの繊細なアルペジオまで客席の隅々に澄んだ解像度で届く」と語っている。
7. フラメンコ史での位置づけと入門への案内
パコ・ハラナは、フラメンコギターにおける「舞踊伴奏・舞台音楽監督」の地位を、独奏と同等以上の芸術領域へと引き上げた立役者である。これから聴く人には、まず上記のエバ・ジェルバブエナとのマドリード・ギター祭映像で「踊りと一体化するギターの呼吸」を体感し、続いてソロ盤『Jaula de oro』または『Amarguras』の三重奏でその澄み切った音色に触れる道筋をおすすめしたい。
フラメンコバイレ列伝
マルコ・フローレス(Marco Flores, 1981–)— 伝統のコンパスから幾何学の自由を彫り出す2026年国家舞踊賞の旗手
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | マルコ・フローレス(Marco Flores) |
| 生年・出身地 | 1981年・アンダルシア州カディス県アルコス・デ・ラ・フロンテーラ生まれ |
| 師系 | 独学から出発し、アントニオ・カナレス、ハビエル・ラトーレに師事 |
| 主な受賞歴 | 2007年コルドバ全国コンクール舞踊絶対賞(3部門制覇)、2020年マックス賞最優秀男性舞踊手、2026年スペイン文化省「国家舞踊賞(解釈部門)」 |
| 代表作 | 『DeFlamencas』(2012年)、『Origen』(2019/2020年)、『Tierra virgen』 |
1. 生い立ち・出身地区と師弟の系譜
マルコ・フローレスは1981年、カディス県の白い崖の上の街アルコス・デ・ラ・フロンテーラに生まれた。代々続くフラメンコ一族の出身ではなく、少年時代に地元の祭りや音楽に触れてほぼ独学で踊り始めたという異色の経歴を持つ。しかし18歳でマドリードへ出ると、情熱的な表現力で一時代を築いたアントニオ・カナレス、そして構築的な振付と高度な舞踊理論で知られる巨匠ハビエル・ラトーレ(Javier Latorre)のもとで徹底的に身体表現とコンパスの構造を学び直した。カナレスからは舞台を支配する劇的な存在感を、ラトーレからは音楽を視覚化する緻密な構成力を吸収している。
2. キャリアの転機(3つの決定的場面)
- 第1の転機(2000年代前半〜2007年:コルドバ全国コンクールでの歴史的4冠) サラ・バラス舞踊団やラファエラ・カラスコ舞踊団でソリストを務めた後、マヌエル・リニャン、オルガ・ペリセ、ダニエル・ドーニャら同世代の革新派とコレクティブ活動を展開。そして2007年の第18回コルドバ全国フラメンコ芸術コンクールにおいて、アントニオ・ガデス賞(ソレア)、カルメン・アマヤ賞(アレグリアス)、マリオ・マジャ賞(ブレリア)の3部門を独占したうえ、審査員満場一致で最高賞「舞踊絶対賞(Premio Absoluto del Baile)」に輝く快挙を成し遂げた。
- 第2の転機(2010年〜2020年:自身のカンパニー設立とマックス賞受賞) 2010年に「カンパニーア・マルコ・フローレス」を設立。女性アーティストだけで舞台を構成した『DeFlamencas』で2012年ヘレス・フェスティバル批評家賞を受賞し、バロック音楽のチェンバロとフラメンコを対峙させた『Origen』では2020年にスペイン舞台芸術の最高峰「マックス賞(Premio Max)」の最優秀男性ダンスパフォーマー賞を獲得した。
- 第3の転機(2026年:スペイン文化省「国家舞踊賞」受賞) 古典フラメンコ、スペイン民俗舞踊(フォルクローレ)、コンテンポラリーダンスの境界を自在に往還する舞台『Tierra virgen』や『Rayuela』の成果が高く評価され、2026年にスペイン文化省より「国家舞踊賞(Premio Nacional de Danza)」の解釈(パフォーマンス)部門を授与された。
3. 代表作と具体的な見どころ(鑑賞リンクつき)
- 代表作①:『Marco Flores "Tierra virgen" en las Jornadas flamencas de Fuenlabrada』(De Flamenco TV公式映像)
- 見どころ: 2026年の国家舞踊賞受賞の決定打となった代表作『Tierra virgen(処女地)』の舞台映像。冒頭から中盤にかけて、スペイン各地の古風な民俗舞踊の素朴なステップを取り入れながら、1分過ぎからのサパテアード(足技)では一転して剃刀のように鋭く粒立ちの揃った高速リズムを刻む。特にブラソ(腕)を頭上から背中へと大きくしならせる曲線美と、体幹が微動だにしない回転のキレが確認できる。
- 代表作②:『CASA PATAS, FLAMENCO EN VIVO #35 - MARCO FLORES, BAILAOR』(Casa Patas公式チャンネル)
- 見どころ: マドリードの伝説的タブラオ「カサ・パタス」の舞台で、観客と至近距離で踊られた伝統的なソレア。劇場作品での前衛的な演出を削ぎ落とし、ギターとカンテの12拍子コンパスに正面から向き合う姿が収められている。3分前後のエスコビージャ(足技の独奏部)で、極小のつま先音から床を踏み抜くような強打までを自在に操る音楽的なダイナミクスが圧巻である。
4. 技法・表現の特徴(同時代の名手との比較)
ファルキート(Farruquito)のようなヒターノ一族直系の野性的・衝動的な爆発力や、イスラエル・ガルバンのような完全な脱構築とも異なり、マルコ・フローレスの舞踊は「古典の厳格な文法を守ったまま、その内側から現代的な幾何学美を引き出す」点に最大の特徴がある。サパテアードは打楽器奏者のように1打ごとの音価と音色が明瞭であり、上半身のブラソとマノ(手首・指先)の使い方はクラシック・バレエやモダンダンスにも通じる長いラインを描く。
5. 共演者との関係・本人の言葉
盟友マヌエル・リニャンやオルガ・ペリセとともに2000年代マドリードの「新しいフラメンコ舞踊世代」を牽引し、互いに振付や演出を提供し合う関係を築いてきた。フローレス本人は自身の美学についてこう語っている。
「伝統的なフラメンコのコンパスの規律があるからこそ、私たちの身体は本当に自由になれる。私は型を外から壊すのではなく、型の内側にある無限の空間を探しているのだ」
6. フラメンコ史での位置づけと入門への案内
マルコ・フローレスは、非フラメンコ家系から出発しながら伝統コンクールを完全制覇し、現代スペイン舞踊の頂点である国家舞踊賞へと登り詰めた「努力と知性の革新者」である。初めて見る方は、まずカサ・パタスでのソレア映像でその圧倒的な基礎技術と足技の美しさを確認し、次に『Tierra virgen』で現代的な舞台空間の広がりを味わうのが最良の入り口となる。
フラメンコカンテ列伝
セグンド・ファルコン(Segundo Falcón, 1970–)— マイレナ直系の正統と異文化の風を束ねる至高の美声
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | セグンド・ファルコン・サンチェス(Segundo Falcón Sánchez) |
| 生年・出身地 | 1970年・アンダルシア州セビリア県エル・ビソ・デル・アルコル生まれ |
| 家系・師系 | カンテの名門「ロス・ハネガ」一族。幼少期にアントニオ・マイレナに見出される |
| 主な受賞歴 | 12歳でセビリア県フラメンコ連盟賞、2004年セビリア・ビエナル「ジラルディージョ・アル・カンテ(最優秀男性歌手賞)」 |
| 代表作 | アルバム『Un segundo de cante』(2002年)、異文化融合舞台『Tierra de nadie』(2004年) |
1. 生い立ち・家系・出身地区と師弟の系譜
セグンド・ファルコンは1970年、セビリア県東部のロス・アルコレス地方にある街エル・ビソ・デル・アルコル(El Viso del Alcor)に生まれた。ここは20世紀正統派カンテの法王と呼ばれた巨匠アントニオ・マイレナの故郷マイレナ・デル・アルコルと隣接するカンテの聖地であり、ファルコン自身も地元の名門歌い手一族「ロス・ハネガ(los Janega)」の血を引く。8歳で初舞台を踏んだ彼は、11歳のときにアントニオ・マイレナ本人からその天賦の美声と正確なコンパスを見出されて直接薫陶を受けた。12歳でセビリア県フラメンコ連盟のコンクールを制し、10代前半にしてカマロン・デ・ラ・イスラ、フェルナンド・テレモト、フォスフォリートといった伝説的巨匠たちと同じフェスティバルの舞台に立つ神童として知られた。
2. キャリアの転機(3つの決定的場面)
- 第1の転機(1990年代:世界トップ舞踊団を支えた「カンテ・パ・アトラース」の黄金期) 1992年バルセロナ五輪開会式にも出演したクリスティーナ・オヨス舞踊団をはじめ、マリオ・マジャ、マヌエラ・カラスコ、エバ・ジェルバブエナ、イスラエル・ガルバン、アントニオ・カナレスら最高峰のバイラオールたちから指名を浴びた。特にエバ・ジェルバブエナ舞踊団では、本日のギタリスト列伝のパコ・ハラナとともに音楽の中核を担い、踊りの後ろで歌う「カンテ・パ・アトラース(伴唱)」を劇芸術の主役級へと高めた。
- 第2の転機(2002年〜2004年:初ソロ盤とビエナル最高賞「ジラルディージョ」受賞) 2002年にパコ・ハラナ、マノロ・フランコらを伴奏に迎えた初のソロ・アルバム『Un segundo de cante』を発表。続く2004年のセビリア・ビエナルでは、モロッコのテトゥアン・チェカラ・アンダルシア楽団やインド・ラジャスタンの音楽家と共演した自主企画公演『Tierra de nadie(誰のものでもない大地)』を上演し、その圧倒的な歌唱力でビエナル最高賞「ジラルディージョ・アル・カンテ(最優秀男性歌手賞)」を受賞した。
- 第3の転機(教育者・古典継承者としての活動) セビリアの名門教育機関「クリスティーナ・ヘーレン・フラメンコ芸術財団」で長年にわたりカンテ主任教授を務め、スペイン国内外の多数の若手歌い手にマイレナ派の古典レパートリーと発声法を伝授している。
3. 代表作と具体的な聴きどころ(鑑賞リンクつき)
- 代表作①:『Segundo Falcón (cante) y Paco Jarana (guitarra). Caña』(El Dorado Sociedad Flamenca Barcelonesa公式映像)
- 聴きどころ: バルセロナのフラメンコ協会「エル・ドラド」での公演映像であり、本日のギタリスト列伝の主役パコ・ハラナとの黄金コンビによる古典パロ「カーニャ(Caña)」の名演。冒頭のパコ・ハラナの凛としたギター独奏に続き、1分20秒過ぎからファルコンが「アーイ…」と長く伸ばす定型嘆きの旋律(アイエオ)に入る瞬間、喉を無理に潰さない透明で張りのある声質(ボスマテ)が会場を満たす。中盤の3分30秒過ぎ、低音から高音へと階段を駆け上がるメリスマ(細かい節回し)と、ハラナの精緻なファルセータが寸分の狂いもなく呼応する対話は必聴である。
- 代表作②:『Segundo Falcon y Manolo Franco Sala Garcia Lorca』(De Flamenco TV公式映像)
- 聴きどころ: マドリードの「サラ・ガルシア・ロルカ」にて、セビリアの名手マノロ・フランコのギター伴奏で歌い上げた正統派カンテ・ホンドの記録。マイクに頼らない生声に近い空間で、ソレアやシギリージャの重い歌詞を1語ずつ明瞭な発音と深い情感で彫り上げていく力量が確認できる。
4. 技法・表現の特徴(同時代の名手との比較)
ヘレスやレブリハの歌い手に多い、激しく掠れたダミ声(ボス・アフィジャーダ/ラフェ)で感情を叩きつけるスタイルとは一線を画し、セグンド・ファルコンはアントニオ・マイレナやチャケットの系譜に連なる「端正な音程感と艶やかな美声(ボスマテ)」を武器とする。それでいて単なる綺麗な歌に終わらず、幼少期から鍛え抜かれた12拍子コンパスの重心が極めて低いため、どれほど華麗なアラブ風の装飾音(メリスマ)を回してもフラメンコ特有の土の匂いと重量感が失われない。
5. 共演者との関係・本人の言葉
パコ・ハラナやアルカンヘルとは20代から苦楽を共にした盟友であり、互いのアルバムや舞台に欠かせない存在である。ファルコンは伴唱(カンテ・パ・アトラース)の経験について次のように語っている。
「踊りのための伴唱(カンテ・パ・アトラース)は、歌い手にとって最高の修練の場だ。踊り手の足音を聴き、舞台空間の重力を声で支える責任感がある。その厳しい現場をくぐり抜けて生まれたソロの歌こそが、本当に地に足の着いたカンテになる」
6. フラメンコ史での位置づけと入門への案内
セグンド・ファルコンは、アントニオ・マイレナから直接受け継いだ20世紀の古典カンテの百科全書的な知識を、現代の劇場空間と次世代の教育へと橋渡しした「生きた継承者」である。これから聴く方には、まずパコ・ハラナと共演した上記『Caña(カーニャ)』の映像で二人の呼吸の妙を味わい、続いてアルバム『Un segundo de cante』でその多彩なパロの歌い分けに触れることをおすすめする。
フラメンコギター工房だより
フランシスコ・マヌエル・ディアス(Francisco Manuel Díaz, 1942–)— グラナダ楽派の最長老にして「製作家でありギタリスト」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 製作家名 | フランシスコ・マヌエル・ディアス・フェルナンデス(Francisco Manuel Díaz Fernández) |
| 生年・所在地 | 1942年12月24日生まれ・アンダルシア州グラナダ(旧工房クエスタ・デ・ゴメレス坂29番地、現オルニージョ・デ・カルツハ通り) |
| 師系 | エドゥアルド・フェレール、マヌエル・デ・ラ・チカ(グラナダ楽派の二大源流) |
| 主な使用演奏家 | パコ・ハラナ、エンリケ・モレンテ(伴奏・親交)、フアン・アビチュエラほか多数 |
| 後継者 | 息子のビクトル・マヌエル・ディアス、フランシス・ディアス |
1. グラナダ楽派の二大源流を受け継ぐ最長老
1942年のクリスマスイブにグラナダで生まれたフランシスコ・マヌエル・ディアスは、今日「グラナダ派ギター製作家たちの最長老(decano de los guitarreros de la escuela granadina)」と称えられる生ける伝説である。10代半ばで近代グラナダ製作界の祖エドゥアルド・フェレール(Eduardo Ferrer)の工房に入って木工と楽器作りの基礎を学び、その後、名工マヌエル・デ・ラ・チカ(Manuel de la Chica)のもとで修業を重ねて、1965年に22歳で自身の工房を構えた。
2. 「製作家でありギタリスト、この順序だ」— 舞台を知る職人の哲学
ディアスの最大の独自性は、一流のギター製作家であると同時に、プロのフラメンコ伴奏ギタリストとしても第一線の舞台に立ち続けたことにある。幼馴染であった伝説的歌手エンリケ・モレンテをはじめ、カマロン・デ・ラ・イスラ、フォスフォリート、フェルナンダ・デ・ウトレラ、フアン・アビチュエラといった歴史的巨匠たちの伴奏を実際に務めた。本人は常に「私はギター製作家であり、ギタリストだ。この順序である(Guitarrero y guitarrista, en ese orden)」と語る。自ら舞台で歌い手や踊り手の音量と対峙した経験があるからこそ、左手が疲れにくいネックの断面形状、ラスゲアードで音が潰れない弦高設定、そして軽く触れただけで瞬時に立ち上がるレスポンスの速さを実現できた。
3. 構造と音色の特徴・次世代への継承
長年自然乾燥させたドイツ松(スプルース)の極めて薄い表板と、スペイン産シープレスまたはハカランダの側裏板を組み合わせ、伝統的な扇状力木(ファン・ブレーシング)に独自の非対称調整を施す。その結果、グラナダ楽派特有の「水晶のように甘く澄んだ高音」と、デ・ラ・チカ直系の「太く乾いた低音(ボルドン)」が同居する唯一無二の鳴りが生まれる。本日のギタリスト列伝で紹介したパコ・ハラナが30年近く舞台の主戦器として手放さない理由もそこにある。現在、その技と木材の在庫は2人の息子、ビクトル・マヌエル・ディアスとフランシス・ディアスへと受け継がれている。 - 関連映像・公式サイト: 『Toda una vida entre GUITARRAS | Francisco Manuel Díaz, decano guitarrero』 / 工房公式サイト
フラメンコのパロ解説
カンパニジェーロス(Campanilleros)— 夜明けの鐘の音と貧しき人々の祈りが結晶した叙情歌
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| パロ名 | カンパニジェーロス(Campanilleros / 複数形 Los Campanilleros) |
| 分類・起源 | アンダルシアの宗教的巡回民謡(カンテ・フォルクロリコ/アフラメンカード)からフラメンコ化 |
| コンパス | 3拍子系(3/4拍子または6/8拍子)および12拍子(ブレリア・コンパスへの展開) |
| 調性・コード進行 | Eフリジア旋法またはAフリジア旋法、アンダルシア終止(Am → G → F → E)、中間部で C → G7 → C や Dm → E |
| フラメンコ化の祖 | マヌエル・トーレ(1920年代)、ラ・ニーニャ・デ・ラ・プエブラ、ギター独奏はニーニョ・リカルドとパコ・デ・ルシア |
1. 起源と歴史・関連するパロの系統
「カンパニジェーロス(Campanilleros)」とは、スペイン語で「小さな鐘(campanilla)を鳴らす人々」を意味する。その起源は18世紀から19世紀にかけてのアンダルシア地方の農村や町にある。夜明け前のまだ暗い時間(マドルガー)に、「暁のロザリオ信心会(Hermandad del Rosario de la Aurora)」の信徒たちが、小さな手鐘やトライアングル、ギターを鳴らしながら通りを歩き、眠っている住民に祈りを呼びかけて歌った宗教的民謡(コプラ・デ・ラ・アウローラ)が母体となった(地域ごとの成立時期や旋律の伝播経路には諸説ある)。 この素朴な民謡をフラメンコの魂へと一気に昇華させたのが、1920年代のヘレスの巨匠マヌエル・トーレ(Manuel Torre)である。トーレが黒く深い声(ソニオス・ネグロス)で吹き込んだ録音が大きな衝撃を与え、続いて1930年代に盲目の天才少女歌手ラ・ニーニャ・デ・ラ・プエブラ(La Niña de la Puebla)が透き通るような美声で録音したことで、スペイン全土で誰もが口ずさむ国民的レパートリーとなった。さらにギター独奏の世界では、セビリアの巨匠ニーニョ・リカルドと若き日のパコ・デ・ルシアが、教会の鐘の響きをギターの技巧で再現する名独奏曲へと発展させている。系統としては、クリスマスの祝歌であるビジャンシーコ(Villancico)や、季節の農村歌であるタンギージョ、バンベーラなどと近い「民俗歌謡起源のパロ(カンテ・アフラメンカード)」に位置づけられる。
2. コンパスの数え方(3拍子から12拍子ブレリアへの接続)
カンパニジェーロスの基本リズムは、歩く速度に似た緩やかな3拍子系(3/4拍子、または6/8拍子の2拍子系複合拍子)である。 - 基本の3拍子コンパス: 「1、2、3、4、5、6」(1拍目と4拍目に重みがあり、夜明けの街を一歩ずつ進みながら鐘を振る揺りかごのような揺れを作る)。 - 12拍子(ブレリア・コンパス)への展開: 現代のフラメンコ舞台やギター独奏では、このメロディをブレリアの12拍子骨格「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12」の上に乗せて演奏することが非常に多い。パルマ(手拍子)とカホンが3拍目・6拍目・8拍目・10拍目・12拍目のアクセントを刻む上で、歌い手がゆったりと哀愁の旋律を伸ばすことで、静かな祈りとフラメンコの躍動感が見事に融合する。
3. 調性・コード進行とギターの奏法(英語コード表記)
ギター伴奏および独奏では、カポタスト(セヒージャ)を2フレット〜4フレット付近に装着し、主に Eフリジア旋法(ポル・アリーバ) または Aフリジア旋法(ポル・メディオ) で演奏される。
- 導入と鐘の描写: ファルセータ(ギターの間奏)の最大の特徴は、高音弦の開放弦を巧みに混ぜたアルペジオやトレモロによって、夜明けの空気を震わせる「鐘の余韻(カンパネラ奏法)」を描写することにある。
- 典型的なコード進行: 基本骨格はアンダルシア終止の Am → G → F → E(ポル・アリーバの場合)だが、歌(レトラ)が始まると、民謡由来の叙情的なメロディを支えるために長調の響きを持つ C → G7 → C へと明るく開け、そこから一転して短調の緊張感を持つ Dm → E7 → Am を経て、最後に強いラスゲアードで主和音の E(フリジア終止)へと劇的に着地する。この明暗のコントラストが聴き手の涙を誘う。
4. レトラ(歌詞)の形式と代表的なテーマ
詩節は主に6行または4行のコプラ形式で、各行末や節の終わりに鐘の音を模したリフレインが置かれる。代表的な歌詞には大きく2つの系統がある。 1. 夜明けの情景と聖母への祈り: 「アンダルシアの村々では、夜明け(マドルガー)にカンパニジェーロスたちが鐘を鳴らして私を起こしに来る(En los pueblos de mi Andalucía, los campanilleros por la madrugá...)」という、故郷の朝の風景と信仰を歌うもの。 2. マヌエル・トーレが歌った社会的・宗教的寓話: 「強欲な金持ちの門前で、幼子イエスが寒さに震えながら施しを求めたが、金持ちは窓から犬をけしかけた(A la puerta de un rico avariento...)」というレトラ。華やかな宗教行事の裏にある貧困や人間の冷酷さを告発する、カンテ・ホンドならではの重い精神性が込められている。
5. カンテ・ギター・バイレの聴きどころと踊り構成
- ギター: 親指で低音弦(ボルドン)に教会の大きな鐘の音を鳴らしながら、薬指・中指・人差し指のトレモロやアルペジオで小さな鈴の音を同時に響かせる立体的な音響表現。
- カンテ: 1行目を語りかけるように静かに歌い出し、後半の高音部で一気に声を張り上げて細かいメリスマ(節回し)を転がす緩急の妙。
- バイレ(踊り)の構成: 舞台で踊られる際は、まず無伴奏または静かなギターの鐘の音のファルセータに合わせて、ダンサーがショール(マントン)や繊細なブラソ(腕)で夜明けの冷気と祈りを表現する。中盤の歌で情緒を高めた後、エスコビージャ(足技のパート)から一気にテンポを上げ、最後は12拍子の激しいブレリア(フィン・デ・フィエスタ)へと雪崩れ込んで華やかに締めくくる構成が好まれる。
6. 代表録音・映像3選と解釈の比較(鑑賞リンクつき)
- 代表録音①(創始の深淵):『Manuel Torre canta "Los Campanilleros"』
- 聴きどころ: 1929年録音、ヘレスの巨匠マヌエル・トーレ(歌)とミゲル・ボルル(ギター)による歴史的原典。「A la puerta de un rico avariento」のレトラを、一切の甘さを排した黒く荒々しい声質と張り詰めた節回しで歌い上げ、素朴な民謡がいかにして魂を抉るカンテ・ホンドへ変貌したかが確認できる。
- 代表録音②(叙情の完成):『Nina de la Puebla - Los Campanilleros - Campanilleros』
- 聴きどころ: ラ・ニーニャ・デ・ラ・プエブラによる不朽の名唱。トーレの悲痛な解釈とは対照的に、澄み切った高音の声質と鈴を転がすような滑らかなメリスマで「En los pueblos de mi Andalucía」を歌い上げ、ギターの軽やかなアルペジオとともにアンダルシアの朝の光を感じさせる。
- 代表録音③(現代ヘレスの熱量):『Villancico. Campanilleros. A la puerta de un rico avariento. José Mercé. 1994』(Canal Andalucia Flamenco公式映像)
- 聴きどころ: ヘレス出身の現代の巨匠ホセ・メルセによる1994年のテレビ収録映像。マヌエル・トーレ直系の重厚なレトラを受け継ぎながら、現代的な12拍子のコンパス感と圧倒的な声量で劇場空間を揺さぶる歌唱が確認できる。
7. 似たパロとの聴き分け方(サエタ、ビジャンシーコ、ファンダンゴとの違い)
- サエタ(Saeta)との違い: どちらも宗教的起源を持つが、サエタは聖週間(セマナ・サンタ)の行列に向かって完全な無伴奏・自由リズムで悲痛に叫ぶように歌われるのに対し、カンパニジェーロスは必ずギター伴奏と明確な3拍子/12拍子のコンパス、そして親しみやすい有節のメロディを持つ。
- ファンダンゴ(Fandango)との違い: ファンダンゴはギターのストロークで支える自由リズムの歌パートと3拍子のギター間奏が交互に現れるが、カンパニジェーロスは曲全体を通して一貫した拍子と「鐘の音」を模したアルペジオ・トレモロのファルセータが流れ続ける点で一聴して聴き分けられる。
まとめ
- 本日の振り返り:
- 国際・国内・文化:サンチェス首相の対中南米外交、国家闘牛賞を巡る議論と87歳女性を支えた市民の連帯、74歳で毎朝ヨガを続けながらルンバを紡ぐキコ・ベネノの自然体の創作生活。
- フラメンコ界:セビリア交響フラメンコ『Alma Flamenca』、サン・セバスティアンのコンクール、ヘレスのペーニャによる故ミゲル・サラード追悼公演。
- 3列伝と工房・パロ:エバ・ジェルバブエナの舞台を音の建築で支えるギタリストのパコ・ハラナ、2026年国家舞踊賞に輝いたマルコ・フローレス、マイレナ直系の美声セグンド・ファルコン、グラナダ最長老の製作家フランシスコ・マヌエル・ディアス、そして夜明けの鐘の歌カンパニジェーロス。
- エンディングのスペイン語ひとこと: 「フェリス・ドミンゴ(¡Feliz domingo!)」(よい日曜日を!)
参考ソース
- El País España: Sánchez se sube a la ola de resistencia progresista americana https://elpais.com/espana/2026-11-08/sanchez-se-sube-a-la-ola-de-resistencia-progresista-americana.html
- El País España: ¿Por qué no te callas, Milei? https://elpais.com/espana/elecciones-generales/2026-10-22/por-que-no-te-callas-milei.html
- El Mundo España: El PP promete restaurar el Premio Nacional de Tauromaquia https://www.elmundo.es/espana/2026/11/07/6aeeecfee4d4d84f4f8b456e.html
- El País Opinión: Maricarmen, una más de las que impulsaron un cambio https://elpais.com/opinion/2026-09-29/maricarmen-una-mas-de-las-que-impulsaron-un-cambio.html
- El Mundo Cultura: Kiko Veneno, cantante: "Hago yoga, como cosas saludables, no bebo mucho alcohol y dejé los porros" https://www.elmundo.es/cultura/musica/2026/11/05/6aecb5aae9cf4af7498b4570.html
- El Mundo Cultura: La memoria indomable del flamenco lejos de Franco: Bailar la muerte https://www.elmundo.es/cultura/cine/2026/11/05/6aec5cbee4d4d8ee548b4594.html
- El País Cultura: El inaudito caso de Los Romeos: la enrevesada batalla por el nombre del grupo español https://elpais.com/cultura/2026-11-07/el-inaudito-caso-de-los-romeos-la-enrevesada-batalla-por-el-nombre-del-grupo-espanol.html
- Guiaflama: A solo 10 días del estreno, Alma Flamenca en FIBES Sevilla https://www.guiaflama.com/noticias/a-solo-10-dias-del-estreno-alma-flamenca-une-a-falete-esperanza-fernandez-joana-jimenez-y-david-barrull-en-fibes-sevilla/
- Guiaflama: Concurso de Cante Flamenco Ciudad de San Sebastián 2026 https://www.guiaflama.com/noticias/el-20-de-noviembre-acaba-el-plazo-de-inscripciones-para-el-concurso-de-cante-flamenco-ciudad-de-san-sebastian-2026/
- Expoflamenco: La Peña Fernando Terremoto de Jerez dedica sus XXIV Noches a Compás a la memoria de Miguel Salado https://expoflamenco.com/revista/la-pena-fernando-terremoto-de-jerez-dedica-sus-xxiv-noches-a-compas-a-la-memoria-de-miguel-salado/
- YouTube (De Flamenco TV): Paco Jarana & Eva Yerbabuena - Festival de la Guitarra de Madrid 2025 https://www.youtube.com/watch?v=GR3o1cgueNs
- YouTube (Rafael Riqueni Official): "Amarguras", Rafael Riqueni, Manolo Franco y Paco Jarana https://www.youtube.com/watch?v=8JCgBjWcUmY
- YouTube (De Flamenco TV): Marco Flores "Tierra virgen" https://www.youtube.com/watch?v=8l7wFNJA_e0
- YouTube (Casa Patas): CASA PATAS, FLAMENCO EN VIVO #35 - MARCO FLORES https://www.youtube.com/watch?v=d1NpR5uqBvM
- YouTube (El Dorado): Segundo Falcón (cante) y Paco Jarana (guitarra). Caña https://www.youtube.com/watch?v=Pbp7as5ykZc
- YouTube (De Flamenco TV): Segundo Falcon y Manolo Franco Sala Garcia Lorca https://www.youtube.com/watch?v=UdsctZ_3j_E
- Guitarras Francisco Manuel Díaz 公式サイト: https://guitarrasfranciscomanueldiaz.com/
- YouTube: Toda una vida entre GUITARRAS | Francisco Manuel Díaz, decano guitarrero https://www.youtube.com/watch?v=Kxjs-NQJ3AU
- YouTube: Manuel Torre canta "Los Campanilleros" https://www.youtube.com/watch?v=k9UA7dVqLgY
- YouTube: Nina de la Puebla - Los Campanilleros https://www.youtube.com/watch?v=FWzn1fRvkPo
- YouTube (Canal Andalucia Flamenco): Villancico. Campanilleros. José Mercé. 1994 https://www.youtube.com/watch?v=SjbkJFpiayM