ペペ・アビチュエラの「間」とファンダンゴの根【2026/09/28】

2026-09-28 / スペイン便り


概要

スペイン文化とフラメンコを、ギター・バイレ・カンテの三本柱から深掘りします。

▼ 今日のトピック ・ペペ・アビチュエラのタッチと伴奏の「間」 ・ロシオ・モリーナの低い重心とサパテアード ・マノロ・カラコルの声、ファンダンゴの3拍子と自由節 ・アルメリア市立ギター博物館と歴史的楽器の保存修復

鑑賞リンクと聞きどころは記事本文に掲載しています。

▼ 関連リンク(アーティスト・パロ・工房) ・ギタリスト列伝:ペペ・アビチュエラ「Soleá(Festival Desvarío Flamenco 22)」 https://www.youtube.com/watch?v=ZnE5dSPlT78 ・バイレ列伝:ロシオ・モリーナ「Caída del Cielo(公式プロモ)」 https://www.youtube.com/watch?v=h5csksCyhUM ・カンテ列伝:マノロ・カラコル「Una historia del cante flamenco」(Spotify) https://open.spotify.com/intl-es/album/13q5p4aBWcfsYVfT9gn6vL ・パロ解説:ファンダンゴ「Fandangos de Huelva. Paco Toronjo. 1996」 https://www.youtube.com/watch?v=oXcErBQItjw ・工房だより:アントニオ・デ・トーレス・スペインギター博物館 紹介ページ(アンダルシア州文化アジェンダ) https://www.juntadeandalucia.es/cultura/agendaculturaldeandalucia/evento/museo-de-la-guitarra-espanola-antonio-de-torres

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スペイン文化・フラメンコ便り 2026年9月28日

国際情勢(スペイン視点)

  • 欧州人民党(PP系会派)代表のマンフレート・ウェーバー(Manfred Weber)が2026年9月21日、セウタを巡ってEUがモロッコへの圧力を強めるとの見方を示し「国境を守れないなら、結果が伴う」と述べた。同日、グランデ・マルラスカ(Grande-Marlaska)内相はセウタの政府代表部訪問時、モロッコが移民の送還に「並外れた形で」協力していると語った。与党の内相と欧州人民党の代表という異なる立場の政治家が同じ日にモロッコへ言及したこと自体が、地中海を挟んだ対岸の出入国管理がスペインにとって外交上の一案件ではなく自国の国境管理そのものであることを映している。

スペイン国内ニュース

  • ベゴーニャ・ゴメス(Begoña Gómez)(サンチェス首相の妻)に対し判事フアン・カルロス・ペイナード(Juan Carlos Peinado)が2026年9月21日、影響力取引と横領の罪で陪審裁判の開廷を決定し、モンクロア(首相府)補佐官クリスティーナ・アルバレス(Cristina Álvarez)も同じ訴追対象に加わった。政権側は「政治的な司法迫害」と反発し、野党・国民党(PP)は「サンチェス首相周辺に被告席が多すぎる」と皮肉るなど、同じ一つの決定を巡って与野党の言葉が真っ向から対立している。左右対立が首相の家族にまで及ぶ構図は、政治対立が公私の境界を越えて先鋭化しやすいスペイン政治の特徴を象徴している。

文化・芸能ニュース

  • 劇評家・作家のマルコス・オルドニェス(Marcos Ordóñez)が2026年9月21日、69歳で死去したと報じられた。長年エル・パイス紙で演劇時評を執筆し、数十年にわたりスペイン演劇批評の「基準となる声」の一人とされ、後進の劇評家を育てた教育者でもあった。一人の批評家の訃報が全国紙の文化面トップで扱われること自体、演劇批評という仕事がスペインの文化生活の中でどれほど重く見られているかを物語る。日本では劇評家個人の訃報が一般紙で大きく扱われることは少なく、批評という職能への社会的位置づけの違いが透けて見える。
  • 2026年9月21日の国際平和デーに合わせ、カタルーニャ出身の巨匠チェリストパウ・カザルス(Pau Casals)を追悼する式典が下院(代議院)本会議場で初めて開かれた。カザルスは1971年に国連本部で自作の『鳥の歌』を演奏し平和を訴えたことで知られ、内戦後は亡命生活を送った経歴を持つ。政治的立場の分かれる議場という場所で、亡命音楽家に賛辞が贈られたこと自体が、カタルーニャ出身者への敬意と国家の統合という、スペインが抱え続けてきた地域対立の緊張を映す出来事でもある。
  • アカデミー賞外国語映画賞受賞作『ベル・エポック(Belle Époque)』(1993年)の監督フェルナンド・トゥルエバ(Fernando Trueba)が、フランコ体制末期からの「トランシシオン(民主化移行期)」を振り返るインタビューで「あの数年間はとんでもない乱痴気騒ぎだった。一日中酔っ払い、ドラッグをやり、大騒ぎしていた」と赤裸々に語った。栄光の土台となった創作の時代を美化せず語る姿勢は、スペインの映画人がトランシシオン期を「自由の解放感と混沌が同居した時代」として率直に総括する典型例といえる。
  • マラガ出身のコメディアンチキート・デ・ラ・カルサーダ(Chiquito de la Calzada)を再評価するドキュメンタリーが公開され、かつて司会者ペペ・ナバロ(Pepe Navarro)を相手取って起こした「もう一人のチキート」騒動と裁判を改めて検証している。国民的な愛されキャラクターだった人物の法廷闘争という一面に光を当てる構成は、笑いの裏にあった本人の切実な権利意識を掘り下げるものになっている。

フラメンコニュース

  • セビリア県マルチェーナで開催された第52回「フィエスタ・デ・ラ・ギターラ・デ・マルチェーナ(Fiesta de la Guitarra de Marchena)」で、バイレのエバ・ジェルバブエナ(Eva Yerbabuena)と、カンテのヘスス・メンデス(Jesús Méndez)、ダビ・パロマール(David Palomar)が共演した。半世紀を超えて続くこの祭典はギターを冠しながらも常にカンテとバイレを同じ舞台に招いてきた点に特徴があり、「三本柱がそろって初めて完成する」というフラメンコ本来の姿を体現し続けている。
  • セビリア県オスーナで第21回「フェスティバル・フラメンコ・デ・オスーナ(Festival Flamenco de Osuna)」が開かれ、カンテ・トケ(ギター)・バイレ各分野の実力者が一堂に会した。中規模都市が20年を超えて独自のフェスティバルを維持していること自体、フラメンコが大都市だけでなくアンダルシア各地の地域コミュニティに支えられた文化であることを示している。
  • アルメリアのプラサ・デ・ラ・コンスティトゥシオン(Plaza de la Constitución)で開催される第59回「フェスティバル・デ・フラメンコ・イ・ダンサ・デ・アルメリア(Festival de Flamenco y Danza de Almería)」の前売券発売が始まった。6夜連続で行われる大規模な野外フェスティバルで、来年還暦を迎える歴史あるイベントとして、アルメリア県がフラメンコとダンス双方を軸に据え続けてきた蓄積の厚さがうかがえる。
  • アルゼンチン・メンドーサ州グアイマジェンの文化施設「パスクアル・ラウリエンテ(Pascual Lauriente)」で、フラメンコのバイレ・カンテ・ギターを紹介する公演が行われた。かつて移民としてラテンアメリカへ渡ったスペイン人が持ち込んだ文化が、100年近く経った今も地方自治体の公式文化事業として現地に根づいている実例であり、フラメンコがスペイン国内だけでなく旧植民地・移民先の生活文化として生き続けていることを示している。

フラメンコギタリスト列伝

  • 今日の主役はペペ・アビチュエラ(Pepe Habichuela)(本名ホセ・アントニオ・カルモナ・カルモナ(José Antonio Carmona Carmona)、1944年10月23日グラナダ生 – 2026年8月4日没)。祖父は一族の芸名の由来となった「アビチュエラ・エル・ビエホ(Habichuela el Viejo)(老アビチュエラ)」、父ホセ・カルモナ(José Carmona)もギタリストという生粋のヒターノ音楽一家に生まれ、兄には2026年9月18日の本欄で紹介したフアン・アビチュエラ(Juan Habichuela)(1933年生)のほかカルロス(Carlos)、ルイス(Luis)がいる。
  • 1964年にマドリードへ移り、フアニート・バルデラマ(Juanito Valderrama)、カマロン・デ・ラ・イスラ(Camarón de la Isla)、エンリケ・モレンテ(Enrique Morente)ら当代の歌い手たちの舞台に立ち会いながら経験を積んだ。1975年には歌い手アントニオ・チャコン(Antonio Chacón)へ捧げたトリビュート盤で国民ディスコグラフィー賞を受賞し、1983年の初のソロ作『ア・マンデリ(A Mandeli)』では一族の音楽語法を自分自身の言葉で再定義した。
  • 2001年の『ジェルバグエナ(Yerbagüena)』ではインド弦楽アンサンブル「ザ・ボリウッド・ストリングス」と共演し、フラメンコギターとインド音楽を正面から交差させた。のちにはコントラバス奏者デイヴ・ホランド(Dave Holland)との共作『ハンズ(Hands)』でジャズとの対話にも挑み、アラブ音楽との融合も試みるなど、伝統の型を保ちながら異文化との接続を恐れない姿勢を生涯貫いた。
  • 家族の継承という点でも大きな足跡を残した。息子ホセミ・カルモナ(Josemi Carmona)と、兄フアンの息子たちアントニオ・カルモナ(Antonio Carmona)・エル・カンボリオ(El Camborio)はいとこ同士で「ケタマ(Ketama)」を結成し、フラメンコとポップ・ロックを融合させた「ヌエボ・フラメンコ」を1980年代のスペインに定着させた。ペペ自身の実験精神が、次世代による更なるジャンル越境の土壌を用意した形になる。
  • 演奏面では、右手の技巧に頼らず左手の押弦だけで音色に陰影を作る独特のタッチが特徴とされ、伴奏者としてはカンテの呼吸に寄り添う「間」の取り方に定評があった。2025年には老舗製作家ビセンテ・タタイ・トマス(Vicente Tatay Tomás)工房の創業125周年を記念し、自らの名を冠したギターモデルの共同製作にも携わり、2026年1月には息子ホセミとともにその試奏の様子が公開されている。晩年まで現役の伴奏者・独奏家であり続けたことが、2026年8月の訃報が音楽界に広く惜しまれた理由でもある。
  • 代表的な演奏として、エル・ドラード・フラメンコ協会(バルセロナ)が公開したフェスティバル映像『ソレア』がある(本人・遺族の公式チャンネルが確認できなかったため、信頼できる公的なフラメンコ協会アーカイブとして採用した)。冒頭、歌い手の呼吸を待つ数秒の沈黙のあと、左手だけで音色を変化させるように弾き始める箇所に注目すると、右手の技巧よりも「間」と「タッチ」で語る彼の奏法の核が聞き取れる。

フラメンコバイレ列伝

  • 今日の主役はロシオ・モリーナ(Rocío Molina)(1984年、マラガ県トーレ・デル・マル生)。フラメンコの家系ではない家庭に育ちながら、2010年に国民舞踊賞(Premio Nacional de Danza)、2022年に芸術功労金メダルを受賞し、2026年には作品『カレンタミエント(Calentamiento)』でバレンシアのプレミオス・タリア(Premios Talía)最優秀女性舞踊家賞・最優秀振付賞・最優秀舞踊公演賞の3冠を獲得した。
  • 代表作の一つ『カイーダ・デル・シエロ(Caída del Cielo)(天からの落下)』公式ティザー映像(本人公式チャンネル配信)は、2016年11月3日にパリのシャイヨー国立舞踊劇場で初演された。演出・美術にカルロス・マルケリエ(Carlos Marquerie)、音楽にエドゥアルド・トラシエラ(Eduardo Trassierra)が参加し、女性の身体が大地と結びついていく過程を「悲劇的な祝祭」として描く90分の作品である。
  • 振付の核は「子宮と、蹴る大地から踊りが生まれる」という本人の言葉に集約される通り、上半身の優美さよりも足裏で床を踏みしめる重心の低さと、そこから噴き出すサパテアードの密度にある。映像の中盤、通常のバイレより低い姿勢を保ったまま連打するサパテアードの場面に注目すると、伝統的な直立姿勢の美学から意図的に外れていく彼女独自の身体性が見どころになる。
  • 伝統に忠実な様式を離れ、演劇的演出・現代美術との協働を重ねてきたことから「フラメンコに限界はない」と評される一方、アンダルシアの師系に連なる技術的土台を手放していない点が、彼女を単なる前衛実験ではなく正統な系譜の継承者として位置づけている。

フラメンコカンテ列伝

  • 今日の主役はマノロ・カラコル(Manolo Caracol)(本名マヌエル・オルテガ・フアレス(Manuel Ortega Juárez)、1909年7月9日セビリア生 – 1973年2月24日マドリード没)。エンリケ・オルテガ(Enrique Ortega)やクーロ・ドゥルセ(Curro Dulce)に連なる歌い手一族に生まれ、闘牛士も輩出した家系である。1922年、わずか13歳で作曲家マヌエル・デ・ファリャ(Manuel de Falla)と詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカ(Federico García Lorca)が主催したグラナダの「カンテ・ホンドコンクール」でエル・テナサス(El Tenazas)と首位を分け合い、早熟の才を全国に示した。
  • 1943年に舞踊家ロラ・フローレス(Lola Flores)と組み、レビュー『サンブラ』で1940年代スペインを代表する人気コンビとなり、その名声はラテンアメリカ諸国にまで及んだ。1963年にはマドリードにタブラオ「ロス・カナステーロス(Los Canasteros)」を開き、自らの子どもたちとともに出演を続けた。このタブラオは2026年9月20日の本欄で紹介したギタリストエンリケ・デ・メルチョール(Enrique de Melchor)が15歳で修業を積んだ場所でもある。
  • 声質は「土臭くしゃがれていながら温かい」と評され、個性の強いフレージングで知られた。マルティネーテ、シギリージャ、ソレア、マラゲーニャ、ブレリアを幅広くこなし、自身の型で歌うファンダンゴは「ファンダンゴス・カラコレーロス」と呼ばれるほど独自色が強かった。
  • 集大成となった録音『ウナ・イストリア・デル・カンテ・フラメンコ(Una historia del cante flamenco)』(1958年、Hispavoxレーベル公式配信)は、ギタリストメルチョール・デ・マルチェーナ(Melchor de Marchena)の伴奏で、マルティネーテからマラゲーニャ、シギリージャまでフラメンコの歴史をたどる24曲を収めた。冒頭の重厚なマルティネーテで、伴奏なしの声だけの部分に入った瞬間の声の震え方に注目すると、彼の「土臭く温かい」と評される声質の芯が聞き取れる。1973年、マドリードで交通事故により63歳で死去した。

フラメンコギター工房だより

  • 全履歴の個人工房との重複を避け、今日は未紹介の周辺テーマ、アルメリアの「アントニオ・デ・トーレス・スペインギター博物館」を取り上げる。市立文化施設として、アルメリア生まれの製作家アントニオ・デ・トーレスとスペインギターの歴史を常設展示する実在主体である。
  • 19世紀の楽器を次代へ渡す仕事は、新作と逆方向だ。割れや力木の浮きを直す一方、ラベル、板厚、塗膜を必要以上に置き換えない。音量だけを「改良」すれば、その個体が持つ時代の音色を消してしまうからである。
  • トーレスが確立した大きな胴と扇状力木の考え方は、後のクラシックとフラメンコの両方の出発点になった。軽く弦高を攻めるフラメンコの調整と、余韻やダイナミックレンジを求めるクラシックの調整は分かれても、構造の歴史は共通する。日本の民具保存と同じく、演奏可能性と原状のどちらを優先するかが、保存の中心課題になる。

フラメンコのパロ解説

  • 今日のパロはファンダンゴ(Fandango)。語源は確定していないが、ポルトガルのファド(fado)と語源を共有するとの説が有力とされる(諸説ある)。19世紀初頭にアンダルシア的な特徴を取り込んで「フラメンコのファンダンゴ」として独立し、これまで本欄で扱ったマラゲーニャ(malagueña)(2026年9月19日)、グラナイーナ(granaína)(9月21日)、タラント(taranto)(9月17日)は、いずれもこのファンダンゴから枝分かれした系譜にあたる、いわば「根」にあたるパロである。
  • 情感は土地ごとに幅が広く、ウエルバ、アルメリア、ルセナ、マラガ、グラナダのグラナディーノス(granadinos)やベルディアレス(verdiales)など地域ごとに異なる型を持つ。歌詞は恋愛、故郷への思い、日常の機知を扱うことが多く、祝祭・労働・家庭の集まりなど暮らしに密着した場面で歌われてきた。
  • コンパスは3拍子系(3/4拍子)で、3拍目にアクセントを置く手拍子が基本形である。周期的なコンパスを持つ地方の踊り歌である一方、歌の聞かせどころとなる「ファンダンゴ・ペルソナル」(個人様式の自由な節回し部分)では拍から離れ、歌い手がその場の呼吸で伸縮させる自由リズムに転じるのが大きな特徴である。
  • コード進行はフリジア旋法に基づくアンダルシア終止(iv→III→II→I)が基本で、Eを主音とする場合はエーマイナー(Am)→ジー(G)→エフ(F)→イー(E)という下行進行になる。ギターは自由リズムの歌の部分でかき鳴らしを控え、分散和音とファルセータで間を埋め、周期的なコンパスに戻った瞬間に手拍子と一体化するラスゲアードを強める、という緩急の使い分けが伴奏の要になる。
  • 代表的な演奏として『ファンダンゴス・デ・ウエルバ(Fandangos de Huelva)』(パコ・トロンホ(Paco Toronjo)、1996年、Canal Andalucía Flamencoアーカイブ映像)がある。ウエルバ系ファンダンゴの規範とされる歌い手の録音で、自由リズムの「ファンダンゴ・ペルソナル」部分でギターの手が止まり、歌だけが宙に浮くように伸びる瞬間に注目すると、拍のあるコンパスと拍のない自由節が同じ曲の中で切り替わる構造が聞き取れる。

まとめ

  • 今日はロルカ(Lorca)が少年審査員として関わった1922年のカンテコンクールと、ロス・ハビスによるロルカ翻案という100年越しの符合が見えた一日だった。ヘレスでは、モライート・チコの息子が同郷の製作家ダビ・ペーニャ・バルガスの楽器を選ぶという地縁の継承も確認できた。ペペ・アビチュエラという一つの家系が、ケタマという次世代の跳躍まで用意していたように、フラメンコは常に一族から一族、街から街へと受け継がれ続けている。

参考ソース

  • 工房だより:アントニオ・デ・トーレス・スペインギター博物館 紹介ページ(アンダルシア州文化アジェンダ) https://www.juntadeandalucia.es/cultura/agendaculturaldeandalucia/evento/museo-de-la-guitarra-espanola-antonio-de-torres

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音声合成: VOICEVOX / キャラクター: ずんだもん ・ 四国めたん