誰も見ないものを歌う声と砂の上の踊り、山の歌セラーナ【2026/10/16】

2026-10-16 / スペイン便り


概要

サンルーカルの弟子で協奏曲も書くギタリストのサンティアゴ・ララ、砂の舞台で「不在」を踊るアンドレス・マリン、新作『Lo que nadie ve』の歌い手エセキエル・ベニテスの歩みと、シギリージャと同じ12拍で歌う山の歌セラーナを掘り下げます。

▼ 今日のトピック ・中央選挙管理委員会がサンチェス首相に制裁手続き ・テアトロス・デル・カナルでイスラエル舞踊団への抗議、SGAE年鑑、エストパの原点回帰 ・スマ・フラメンカ2026開幕(テーマは「フラメンカス」) ・ギター列伝: サンティアゴ・ララ ・バイレ列伝: アンドレス・マリン ・カンテ列伝: エセキエル・ベニテス ・工房だより: マドリードの製作家マヌエル・カセレス ・パロ解説: セラーナ

▼ 関連リンク(アーティスト・パロ・工房) ・サンティアゴ・ララ『Concuerda』(本人公式) https://www.youtube.com/watch?v=oFpo2yOwzZU ・サンティアゴ・ララ『ギターと管弦楽のための協奏曲第1番』初演(本人公式) https://www.youtube.com/watch?v=p6LRZupB5YI ・メルセデス・ルイス&サンティアゴ・ララ『Dual』予告(メルセデス・ルイス公式) https://www.youtube.com/watch?v=zvwEAQLgxmI ・アンドレス・マリン『La vigilia perfecta』(本人公式) https://www.youtube.com/watch?v=PhLCtgki3Wg ・アンドレス・マリン『Recto y solo』(イタリカ国際舞踊祭) https://www.youtube.com/watch?v=xlJ8BlZmECI ・アンドレス・マリン『Desierto』(セビリア・ビエナル2026、デフラメンコTV) https://www.youtube.com/watch?v=UiiV3QZeV74 ・エセキエル・ベニテス『Tengo una pena』(本人公式) https://www.youtube.com/watch?v=QPMOu9Xh3oI ・エセキエル・ベニテス『Siguiriya Dukkha』(公式配信) https://www.youtube.com/watch?v=jV21bpWWJVc ・エセキエル・ベニテス『Lo que nadie ve』公演紹介(本人公式) https://www.youtube.com/watch?v=y2Qx6C3yBWw ・マヌエル・カセレス 2016年製フラメンコギター https://www.flamencoguitarsforsale.net/en/manuel-caceres-guitars/flamenco-guitar-manuel-caceres-2016/ ・アントニオ・マイレナ『Me voy yo solo』(リビアーナ、セラーナ、マチョ、シギリージャ/公式) https://www.youtube.com/watch?v=-V-JlGqtuLw ・ペペ・エル・デ・ラ・マトロナ『Serranas』 https://www.youtube.com/watch?v=PnJDAnEz3mE

#スペイン #フラメンコ #ギター #バイレ #カンテ #スマフラメンカ #ずんだもん


スライド(クリックで展開)

スペイン文化・フラメンコ便り(2026年10月16日)

オープニング:2026年10月16日 — スペイン文化・フラメンコ便り

  • 今日のスペイン語は「オホス・ケ・ノ・ベン、コラソン・ケ・ノ・シエンテ(Ojos que no ven, corazón que no siente)」。直訳は「見ない目は、感じない心」で、日本語の「知らぬが仏」に近いことわざである。
  • 今日の軸は、その逆を行く人々である。歌い手エセキエル・ベニテスは新作に『Lo que nadie ve(誰も見ないもの)』と名付け、踊り手アンドレス・マリンは砂を敷いた舞台で「不在」を踊った。マドリードで開幕したスマ・フラメンカを入口に、見えない努力や空白を形にする現役の3人と、山の歌セラーナをたどる。

スペイン国内ニュース

  • 中央選挙管理委員会は10月15日、サンチェス首相が首相府モンクロアの会見を選挙運動に使ったとして制裁手続きを開始し、10月6日の会見動画をすべての媒体から削除するよう命じた。11月29日の総選挙を前に、公的機関の「中立」が争点になっている。

文化・芸能ニュース

  • イスラエルの舞踊団の公演に抗議: 10月15日夜、マドリードのテアトロス・デル・カナルで、イスラエルのバットシェバ舞踊団『Sadeh21』の初日を前に約200人が抗議した。呼びかけたのはBDS運動で、スペインの振付家ナチョ・ドゥアトは「ロシアの舞踊団は締め出されたのに、イスラエル国家の助成を受ける団体は来られる」と批判した。劇場のルペルト・メリノ館長は「選考基準は政治ではなく芸術」と反論し、舞踊団側は停戦と人質解放を求めてきたと説明した。3公演の切符は完売している。街頭で意見をぶつけ合うスペインの政治参加の流儀が、劇場の入口でもそのまま現れた。
  • 映画館は減り、ライブは伸びた: 10月15日公表の『SGAE年鑑2026』によると、2019年から2025年に映画館の観客は35.5%減り、ポピュラー音楽のライブの観客は29.5%増えた。コンサートの数は42%、興行収入は81.7%増え、大型フェスを含めると約8億140万ユーロに達した。映画館の収入は6億1,560万ユーロから4億6,540万ユーロへ落ちた。SGAE財団のルベン・グティエレス・デル・カスティージョは、減少は配信サービスの台頭と重なると述べた。
  • エストパ、30年前のデモ音源へ: バルセロナ近郊コルネジャ出身のムニョス兄弟によるデュオ、エストパは、1990年代末のデモ音源を新作として録り直し、バレンシア、バルセロナ、セビリア、マドリードの4つのスタジアムを回る。兄弟は「30年前の歌がいまも自分たちを表すのは、結局、白髪が増えただけのコルネジャの若者のままだから」と語った。地元の郊外を名乗り続ける誇りは、大阪や博多の出身を看板にする日本のバンドにも通じる。

フラメンコニュース

  • スマ・フラメンカ2026が開幕: マドリード州の祭典スマ・フラメンカは第21回を迎え、10月13日から11月1日まで、テアトロス・デル・カナルを中心に43公演を組んだ。主題は「フラメンカス(女性たち)」で、ポスターにはバルセロナ出身の伝説的な踊り手カルメン・アマヤの姿を使う。会場はエル・エスコリアル、ラ・カブレラ、ラスカフリアといった州内の山あいの町にも広がる。
  • 今夜はアデラ・カンパージョ『Ausente(不在)』: セビリアの踊り手アデラ・カンパージョが10月16日、カナルのサラ・ベルデで新作を上演する。少女、女性、母、踊り手という自分の複数の姿を一つの動きの言語へ束ね、怒り、もろさ、喪失、信仰をたどる作品と紹介されている。同じ夜、テアトロ・デ・ラ・アバディアでは今日のカンテ列伝のエセキエル・ベニテスが歌う。
  • 会期後半の顔ぶれ: 10月18日にカルメン・アマヤの血を引くカリメ・アマヤの『Carmen』、25日にメルセデス・ルイスと、今日のギター列伝の主役サンティアゴ・ララによる『Dual』、27日にカルメン・リナレス、11月1日の締めにイスラエル・フェルナンデスが並ぶ。出演者の大半はアンダルシア出身である。首都の公的な祭典がアンダルシアの芸を「国の顔」として並べる構図は、東京の高円寺で阿波踊りが根づいたことに少し似ているが、アンダルシア側には、自分たちの土地の芸が首都の看板として消費されることへの複雑な思いも残る。

フラメンコギタリスト列伝

  • 今日の一人はサンティアゴ・ララ(Santiago Lara)。ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ出身で、地元のホアキン・ビジャトロ音楽院で音楽の専門課程の資格を取った。2026年2月の時点で41歳、同月に「キャリア25年」を記念する独奏会を開いている。ヘレスの歌の家系に育った奏者が多い中で、音楽院の訓練と巨匠への弟子入りの両方を通ってきた点がまず特徴である。
  • 師はマノロ・サンルーカル: マドリードのアテネオの公演資料は、ララを「巨匠マノロ・サンルーカルの優れた弟子」と紹介している。ごく若いうちからサンルーカルの世界ツアーに同行し、交響楽団と組んだ『Locura de brisa y trino』や『Medea』の録音とツアーにも参加した。ギターを伴奏楽器から交響楽団と並ぶ独奏楽器へ広げようとした師の仕事を、最も近い場所で見た一人である。
  • 転機1(1999〜2000年): 1999年にヘレスのペーニャ「ロス・セルニカロス」の若手コンクールで優勝し、2000年にはセビリア・ビエナルのギター部門で賞を受けた。ほかにサビーカス国際賞、ラ・ミステラ賞も受けている。
  • 転機2(2008〜2017年): 2008年、22歳でデビュー盤『El sendero de lo imposible』を出した。批評誌デフラメンコは、高い音と低い音をぶつけ合う「均衡」が核だと評し、題名曲のソレアを「まったく伝統的で旋法的」と書いた。2012年の『Sentimientos nuevos』を経て、2013年にコルドバ全国フラメンコ芸術コンクールで2位、2017年にはジャズ・ギタリストの曲を弾く『Flamenco Tribute to Pat Metheny』を出した。
  • 転機3(2018〜2025年): 2018年、メルセデス・ルイスと組んだ『Tauromagia』で、セビリア・ビエナルのジラルディージョ最優秀ギター賞を受けた。サンルーカルの作品『Tauromagia』に振付を付けた舞台である。サンルーカルが2022年に亡くなった後、2023年にはコルドバ・ギター祭の開幕で『Medea』を弾き、同年11月17日にはヘレスのビジャマルタ劇場で『アランフエス協奏曲』と、自作の『ギターと管弦楽のための協奏曲第1番』を初演した。協奏曲は2025年に録音が出て、同年メキシコ国際ギター祭の閉幕で演奏された。
  • 代表作1: 本人公式の『Concuerda』(歌とブレリア)。2020年3月、自分のYouTubeチャンネルを始めるときに公開した約6分の演奏で、第2ギターはアントニオ・ゴンサレス、打楽器はペリコ・ナバロ。「歌」のように息の長い旋律と、ブレリアの12拍の刻みが交互に出てくるので、旋律が拍から離れて漂う箇所と、ラスゲアードで拍へ戻る箇所の切り替えに注目したい。
  • 代表作2: 本人公式の『Concierto nº1 para Guitarra Española y Orquesta』(2023年初演の記録映像)。ビジャマルタ劇場で、アルバレス・ベイグベデル管弦楽団とホセ・コロメの指揮で弾いた約24分の初演である。作曲、管弦楽法、独奏をすべて本人が担った。2025年の録音版では、第1楽章が「リブレメンテ(自由に)」の独奏で始まり、アレグロへ進み、第2楽章はアダージョ、ルバート、アダージョ、第3楽章はアレグロという構成になっている。冒頭の自由リズムの独奏から、管弦楽が拍を持ち込む瞬間の切り替えを聴きたい。
  • 代表作3(いまの舞台): 『Dual』(メルセデス・ルイスとの共作、予告映像)。メルセデス・ルイスの公式チャンネルの紹介文は「ギターと踊りだけ。音楽と振付。裸の芸術」とし、二人を「人生でも芸術でも結ばれた」と書く。ギター1本で踊りを支えるため、足音の合間にギターがどこで沈黙し、どこで和音を厚くするかが見どころになる。10月25日、スマ・フラメンカで上演される。
  • 技法の比較: 師のサンルーカルは自作の管弦楽曲で、フラメンコの和声と管弦楽を結んだ。ララはその作品の演奏者として出発し、自分の協奏曲では『アランフエス』と同じ夜に並べて初演した。前日に紹介したリカルド・モレノも2024年に協奏曲を出しており、同じ世代の二人がギター協奏曲へ向かったことになる。違いは入口で、モレノがジャズと編成の実験から近づいたのに対し、ララはサンルーカルの楽譜を弾くことから近づいた。米国の公演資料は、彼の音を「独自の言語の絶え間ない発展が、タッチに聞き取れる」と書く。
  • 伴奏と制作: メルセデス・ルイスの12作品すべての音楽を書き、二人でヘレス・フェスティバルの批評家賞を何度も受けた。歌い手の盤の制作も多く、ミゲル・ソト「ロンドロ」の『Luna de enero』、ダビ・ラゴスの『Mi retoque al cante jerezano』、ダビ・カルピオの『Con la voz en la tierra』を手がけた。ヘレス国際フラメンコギター祭を創設し、監督も務めてきた。2023年のインタビュー番組の題には、本人の言葉として「ギターで成長するために、自分に挑む」が掲げられている。
  • 2026年の独奏会: 2月21日、ヘレス・フェスティバルの会場ムセオス・デ・ラ・アタラヤで、キャリア25年を祝う世界初演の独奏会『Solo Guitarra』を開いた。同フェスティバルへの独奏での出演は8年ぶりで、資料は「裸の、親密で、誠実な」自分を見せる場と説明する。曲目は複数のパロに加え、より現代的な自作、クラシックの曲の変奏まで含む。
  • 位置づけと入り方: 伴奏、独奏、制作、協奏曲の作曲という4つの仕事を、ヘレスの家と舞台の両方で回している点に、現在の中堅ギタリストの働き方が見える。まず『Concuerda』で独奏の旋律の作り方を、次に『Dual』で踊りを支える顔を、最後に協奏曲で師から受け継いだ大きな構想を聴くと、25年の歩みが一本につながる。

フラメンコバイレ列伝

  • 今日の一人はアンドレス・マリン(Andrés Marín)。1969年、セビリアのマカレナ地区に生まれた。フラメンコの芸人の家に育ち、父の舞踊学校で踊りを、家庭で歌を覚えた。セビリア・ビエナルの資料は、父の教え以外にどの舞踊団にも学校にも属さなかった「分類できない独学者」と紹介し、歌にも深く通じていると書く。
  • 転機1(1992〜2006年): 1992年にソリスト兼振付家として職業の道に入り、2002年に自分の舞踊団を作った。『Más allá del tiempo』(2002年)、『Asimetrías』(2004年)、『El alba del último día』(2006年)、『Vanguardia jonda』(2006年)と、伝統的なカンテを題材にしながら、現代美術に近い見せ方で作品を重ねた。
  • 転機2(他分野との共作): 2007〜2008年には振付家ブランカ・リーの『ニューヨークの詩人』でロルカ役を踊り、マックス賞の男性舞踊部門にノミネートされた。実験音楽家ジョレンス・バルベールの鐘と組んだ『El cielo de tu boca』、騎馬劇団ジンガロのバルタバスとの『Golgota』、ヒップホップのカデル・アトゥとの『Yatra』、パリ・オペラ座のエトワールだったマリ=アニエス・ジロとの『Magma』など、組む相手の幅が広い。
  • 転機3(2022年): 2022年10月、スペインの国家舞踊賞の創作部門を受けた。同じ年の演技部門は踊り手アナ・モラレスで、二人は以前から舞台を共にしてきた。
  • 代表作1: 本人公式の『La vigilia perfecta』(2020年)。2020年10月3日、セビリア・ビエナルでカルトゥハ修道院の現代美術館を会場に初演した。修道院の「時課」、つまり朝課、賛課から終課までの祈りの時刻に沿って、夜明けから夜まで踊りを並べた「踊る典礼」である。歌はクリスティアン・デ・モレ、サックスはアルフォンソ・パディージャ、マリンバと打楽器はクーロ・エスカランテ。足音が労働の音や祈りの鐘のように時を刻む場面に注目したい。
  • 代表作2: 『Recto y solo』(イタリカ国際舞踊祭、2025年のスペイン初演)。20世紀前半の踊り手ビセンテ・エスクデロへの捧げ物で、エスクデロは男性の踊りの心得を10か条にまとめ、シギリージャを最初に踊ったとされる人物である。ギターはペドロ・バラガン1人だけ。フランスの批評は、エスクデロの「何をするか前もって知って踊る者は、生きているより死んでいる」という言葉を引き、男らしさの決まりを内側から崩す作品と書いた。装飾を削った照明の中で、一つ一つの足音がどれだけ間をあけて置かれるかを見たい。
  • 代表作3(いまの作品): 『Desierto』(2026年セビリア・ビエナル、デフラメンコTV)。9月25日にセビリアのテアトロ・セントラルで世界初演し、10月15日にはスマ・フラメンカでマドリード初演した。セビリアのアラメダ・デ・エルクレス広場を、時間に消されたものの空間として詩的に作り直す作品で、舞台には砂が敷かれる。歌は「最後のファラオ」と呼ばれるホセ・デ・ラ・トマサ、ピアノはペペ・フェルナンデス、マドリード公演のギターはサルバドール・グティエレス。砂の上では足音がこもるので、靴音を響かせる代わりに何で拍を示すかが見どころになる。
  • 技法と構成の比較: 批評家エステラ・サタニアは、マリンの踊りを「沈黙とミニマリズム」で特徴づけ、握りこぶし、しかめ面、足技の詰め込みを避けると書いた。体の線と角度はエジプトの象形文字を思わせ、自分の影を相手に踊る場面や、生きた雌鶏を頭に載せた『Tuétano』(2012年)のような不条理劇に近い場面もある。足技の量と速さで圧倒する踊りが多い中で、音を減らし、形と間で聞かせる点が違う。
  • 位置づけと入り方: 伝統的なカンテを題材に、現代美術や実験音楽と組んで「フラメンコは他の芸術と気後れせず対話できる」ことを示してきた。2022年の国家舞踊賞は、その路線が公に認められた節目である。まず『La vigilia perfecta』で時間を刻む足音を、次に『Recto y solo』でギター1本と向き合う独舞を、最後に『Desierto』で砂の上の最新作を見ると、30年余りの実験の筋道がたどれる。

フラメンコカンテ列伝

  • 今日の一人はエセキエル・ベニテス(Ezequiel Benítez)。1979年、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラのサンティアゴ地区に生まれた。父はフラメンコ研究家のアルフレド・ベニテスで、芸人の多い一家に育ち、14歳で地元の舞台に初めて立った。
  • 転機1(1997〜2001年): 1997年にヘレスの若手コンクールで1位、1998年にプエルト・レアルでリビアーナ部門の賞、2001年にカタルーニャの「ユンケ・フラメンコ」を受け、セビリア・ビエナルの若手部門の決勝にも進んだ。今日のパロ解説のセラーナの前に歌われるリビアーナで、20歳前に賞を得ていたことになる。
  • 転機2(2008〜2020年): 2008年に初のソロ盤『Sobrellevé』を出し、2015年『Mi cante』、2018年『Recuer2』、2020年『Ilus3』の三部作『Quimeras del tiempo』を完成させた。三部作はラテン・グラミー賞の最優秀フラメンコ・アルバムにノミネートされた。
  • 転機3(2022〜2026年): 2022年の『Dukkha』は、エル・パイス紙のその年の5枚に選ばれた。翌年2月には、ギターのパコ・レオンとの公演で2022年の「エル・タラント賞」最優秀リサイタル賞を受けた。2026年2月28日、ヘレス・フェスティバル30周年の夜に新作『Lo que nadie ve』を初演し、9月24日にはセビリア・ビエナルのテアトロ・アラメダで上演した。そして今夜10月16日、マドリードのテアトロ・デ・ラ・アバディアで歌う。
  • 代表作1: 本人公式の『Tengo una pena』(『Dukkha』先行曲)。本人の紹介文によれば、題の「ドゥッカ」はインドのパーリ語で、心の内に抱え込まれ、完全な幸せを妨げる痛みを指す。歌詞の「彼にここにいてほしいという狂おしい願い」は、亡くなった父アルフレドの不在を歌ったものである。声を張り上げる箇所より、語尾を短く切って飲み込む箇所に、抑えた悲しみが聞き取れる。
  • 代表作2: 『Siguiriya Dukkha』(同盤の公式配信音源)。約4分のシギリージャで、今日のパロ解説のセラーナと同じ12拍の系統に属する。同じコンパスでも、セラーナより重く短い節で悲しみを叩きつける歌い方を聴き比べると、二つのパロの違いがよく分かる。
  • 代表作3(いまの舞台): 本人公式の『Lo que nadie ve』(2026年ヘレス・フェスティバルの公演紹介)。ギターはパコ・レオン、パルマとハレオはエドゥ・ゴメス、ナイム・レアル、ディエゴ・モントーヤら。本人はこの作品を「隠れた感情をめぐる旅」と呼び、客席からは見えない犠牲や闘い、芸人を取り巻く深い沈黙への捧げ物だと説明している。録音にはパコ・セペロ、ホセ・デル・トマテ、ダビ・デ・アラアルの3人のギタリストが参加した。
  • 声と比較: 国立音楽普及センターの資料は、彼の歌を「正統的でありながら新しい」と書き、自作の歌詞と個人的な刻印、純粋なヘレス派の発想を理由に挙げる。同じヘレスの歌い手で、サンティアゴ・ララと組むダビ・ラゴスが、バスク語で歌ったり舞踊作品の音楽を作ったりと前衛の側へ広がるのに対し、ベニテスはポップ歌手へ曲を書きながら、自分の舞台では「短く、まっすぐ魂へ届く」カンテに徹する。
  • 作り手としての顔: 作曲家としてマルー、インディア・マルティネス、ニーニョ・デ・エルチェ、ロシオ・マルケスらに曲を提供してきた。自分のカンテ教室も開き、世界各地の生徒を教えている。2024年8月には第57回フィエスタ・デ・ラ・ブレリアの開幕で、5枚の盤の歌をたどる「カンテ30年」の公演を行った。
  • いまと入り方: 2026年6月には、ディエゴ・バルガスを迎えた新曲『Cantes del campo』を配信した。まず『Tengo una pena』で歌詞と声の抑え方を、次に『Siguiriya Dukkha』で12拍の重い歌を、最後に『Lo que nadie ve』でパコ・レオンとの現在の舞台を聴くと、悲しみを歌に変える道筋がつながる。

フラメンコギター工房だより

  • 全履歴を照合し、未紹介のスペイン国内の製作家として、マドリードのマヌエル・カセレス・ピサロ(Manuel Cáceres Pizarro)を取り上げる。1947年12月22日、エストレマドゥーラ州バダホス県のカスティージョ・デ・ジェレナ生まれ。フランス・ペルピニャン市の展示資料が経歴を詳しく伝えている。
  • ラミレス工房での修業: 1963年10月23日、15歳でマドリードのホセ・ラミレス工房に入り、1978年まで働いた。当時の工房は1級・2級のギターを作る学校のような場で、責任者はパウリーノ・ベルナベだった。カセレスはベルナベと、のちに組むアルカンヘル・フェルナンデスの2人を自分の師と考えている。10月14日に紹介したテオドロ・ペレスも同じラミレス工房の出身で、マドリードの製作家の多くがこの工房を通っている。
  • 独立とアルカンヘルとの協働: 1978〜1986年は2人の協力者と自分の工房を構え、自作を売る一方、パウリーノ・ベルナベ(父)ら名のある製作家の下請けも担った。1986年にハルディネス通りへ移り、以来、弟子を取らず一人で作る。1997年5月からは毎日午後4時から8時まで、アルカンヘル・フェルナンデスの工房を手伝った。日本の有名店がアルカンヘルの全生産を買い取り、需要に追いつかなかったためで、この協働はアルカンヘルが引退する2010年代初めまで続いた。この時期の共作はアルカンヘルの名で出ている。
  • 楽器の中身: 専門店が売った『2016年製フラメンコギター』(フラメンコ・ギターズ・フォー・セール)は、ドイツ松の表板、スペイン産シープレスの側板と裏板、弦長650mm、重さ1,340g、セラック塗りのフレンチポリッシュ仕上げ、ナット幅53mm、12フレットの弦高3.1mmである。1,340gという軽さと、シープレスの明るく速い反応が、パルマや足音の中で輪郭を保つための設計である。
  • いまと日本とのつながり: いまもハルディネス通りの工房で製作を続け、作品の多くは日本へ渡る。2026年7月30日〜8月1日にグラナダで開かれた第9回アントニオ・マリン・モンテロ国際ギター製作コンクールで審査員を務めた。スペインの職人の手仕事が、日本の店と奏者に支えられて続いている点は、日本の聴き手にとって身近な話である。

フラメンコのパロ解説

  • 今日のパロはセラーナ(Serrana)。名前は「山の娘、山の人」を意味し、アンダルシアの山地、とりわけロンダ山地に結びつけられる。主人公は羊飼い、密輸業者、山賊、ラバ追いで、山の暮らしと恋を歌う。19世紀半ばには劇場やカフェ・カンタンテの重要な演目だったが、旋律の作りが難しいため、いまは歌われる機会が減っている。
  • 起源の諸説: 決着していない。拍のない民謡が19世紀半ばにフラメンコ化したという説、16世紀の叙情的な歌「セラニージャ」と詩の形が似ているという指摘、セビリアやラ・マンチャのセギディージャから来たという説、19世紀に「セラーノ」と呼ばれたヒターノの密輸業者に結びつける説、コルドバ周辺を発祥とする説が並ぶ。旋律にはカーニャ、シギリージャ、とりわけリビアーナの響きがあると多くの論者が書く。
  • シルベリオの型: 19世紀の歌い手シルベリオ・フランコネッティが最初の普及者とされ、セラーナの前にリビアーナを置き、最後をシギリージャ・デ・カンビオで締める歌い方を定着させた。リビアーナは、18世紀末のヘレスのティオ・ルイス・エル・デ・ラ・フリアナのトナやリビアーナが源流の一つとされる古い歌である。
  • コンパスの数え方: セラーナはシギリージャと同じ12拍のコンパスで歌われる。「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12」と数え、太字の5か所にアクセントを置く。2、2、3、3、2のまとまりで「短、短、長、長、短」と感じると、パルマを入れやすい。パルマは各まとまりの頭で鳴らす。セラーナはシギリージャより落ち着いた速さで歌われることが多い。古い形は、東アンダルシアのファンダンゴのような「バンドラオ」のリズムだった可能性も指摘されている。
  • 調性とコード進行: フラメンコ旋法(ミの旋法)で、ギターは「ポル・アリーバ」、つまりEの位置で伴奏する。Am、G、F、Eと下りてEで落ち着くアンダルシア終止が骨組みで、FからEへ半音で降りる響きが終止感を作る。多くのシギリージャはAの位置、つまり「ポル・メディオ」で、Dm、C、B♭、Aと進むので、ギターの低音が一段高いEで鳴っていればセラーナの可能性が高い。カポの位置は歌い手の声の高さに合わせて決める。
  • レトラの形式: 詩はカスティーリャのセギディージャと同じ韻律で、7音節と5音節が交互に並ぶ4行の連に、「マチョ」と呼ばれる5・7・5の3行の結びが付く。アントニオ・マイレナの録音の歌詞は「シエラ・モレナへ、泣きながら行く。いま抱えている苦しみを慰めに」と始まり、続くマチョで「このヒターナ娘のせいで、自分の身を食らうほどだ」と歌う。
  • カンテ、ギター、踊りの聴きどころ: カンテでは、長く荘重な「テルシオ」(歌の一節)を一息で引き延ばす力と、音程を保つ声が要る。ギターはEの位置で、行の終わりごとに短いファルセータを挟み、歌い手が息を整える時間を作る。踊りが付くことは少なく、1990年のアンダルシア公共放送の番組『La Puerta del Cante』では、踊り手ミラグロス・メンヒバルが、フアン・レイナとクーロ・フェルナンデスの歌、アントニオ・マルケスのギターでセラーナを踊った記録がある。
  • 代表録音1: 『Me voy yo solo』(アントニオ・マイレナ、リビアーナ、マチョ、マリア・ボリコのシギリージャ付きのセラーナ)。マイレナの公式チャンネルの公開で、マイレナが初めてセラーナを録音した盤である。リビアーナ、セラーナ、マチョ、シギリージャの4段の流れがそのまま聴ける。研究者ルイスとラモン・ソレールは、名人芸に流れず、リビアーナとセラーナを同じ歌詞で歌った点を指摘している。最後に拍の詰まったシギリージャへ移る瞬間の緊張の変化に注目したい。
  • 代表録音2: 『Serranas』(ペペ・エル・デ・ラ・マトロナ、ギターはペリコ・エル・デル・ルナール)。セビリア生まれのマトロナ(1887〜1980年)は、リビアーナとセラーナの歌い方を記憶で守り伝えた歌い手とされる。セラーナだけを約4分歌うので、マイレナの組曲形式と比べると、一つの節をどこまで引き延ばすかに解釈の差が出る。
  • 代表録音3(今日の列伝から): 今日の列伝のエセキエル・ベニテスの『Siguiriya Dukkha』を続けて聴くと、同じ12拍のコンパスでも、Eの位置で山の情景を歌うセラーナと、Aの位置で喪失を叩きつけるシギリージャの違いが耳で分かる。
  • 似たパロとの聴き分け: シギリージャとはコンパスが同じなので、まず調の位置で聴き分ける。Eの位置で、節が長く旋律的ならセラーナ、Aの位置で、短く切れる悲痛な節ならシギリージャである。リビアーナもシギリージャの拍で歌われるが、セラーナへの導入として短めに歌われることが多い。

まとめ

  • 2026年10月16日のスペインは、マドリードの劇場の入口で文化と政治がぶつかる一方、同じ劇場の舞台では、見えない努力や不在を形にする踊り手と歌い手が続いた。サンルーカルの協奏曲を受け継ぐギター、砂の上の踊り、父の不在を歌う声、日本へ楽器を送るマドリードの工房、山の歌セラーナが、隠れたものを聴き取る一日をつくった。
  • 別れは「ケ・デスカンセス(¡Que descanses!)」。「ゆっくり休んでね」という、夜の別れに使う言葉である。

参考ソース

  • IX Antonio Marín Montero Competition Winners(Guitar Salon International)

  • 国内・文化: El Mundo(中央選挙管理委員会、エストパ、2026年10月13〜15日)、El País(バットシェバ公演への抗議、SGAE年鑑2026、2026年10月15日)

  • フラメンコニュース: esMadrid「XXI Suma Flamenca 2026」公演一覧
  • ギター列伝: Festival de Jerez 2026「Santiago Lara Solo Guitarra」資料、Ateneo de Madrid 2024年4月28日公演資料、Flamenco Festival アーカイブ、Deflamenco『El sendero de lo imposible』評、本人公式YouTube
  • バイレ列伝: セビリア・ビエナル2020資料、Scènes et Cinés『Recto y solo』資料、ExpoFlamenco(2022年国家舞踊賞)、esMadrid『Desierto』、セビリア・ビエナル2026公演情報
  • カンテ列伝: 国立音楽普及センター資料、Ateneo de Madrid 2026年1月3日公演資料、セビリア・ビエナル2026公演情報、本人公式YouTube
  • 工房: ペルピニャン市展示資料「Guitarra del arte」、Flamenco Guitars For Sale、Guitar Salon International(第8回アントニオ・マリン・モンテロ・コンクール)
  • パロ: flamencomalaga.com「Serranas」、Antonio Mairena公式YouTube解説(Luis y Ramón Soler)

← 2026-10-16 の一覧に戻る


音声合成: VOICEVOX / キャラクター: ずんだもん ・ 四国めたん