超高速ピカードのニーニョ・デ・プーラ、メルセデス・デ・コルドバ、ホセ・バレンシア、鉱山歌タランタ【2026/11/07】
2026-11-07 / スペイン便り
概要
「ポコ・ア・ポコ、セ・バ・レホス(少しずつ行けば、遠くへ行ける)」のことわざとともに、一歩ずつ技を積み重ねて高みへ届いたフラメンコの表現者たちをたどる回です。ギタリスト列伝は、セビリアの自動車整備士の家に生まれ、マノロ・サンルーカルに師事して18歳でラ・ウニオンのボルドン・ミネロ、24歳でセビリア・ビエナルのジラルディージョ・デル・トケを受賞し、フランシスコ・バルバの白ギターで超高速ピカードを響かせたニーニョ・デ・プーラ。バイレ列伝は、エバ・ジェルバブエナ舞踊団で15年以上にわたり第一舞踊手と振付補佐を務めたのち、2013年コルドバ国民コンクール1位を経て『シ、キエロ』『オルビダーダス』を発表したメルセデス・デ・コルドバ。カンテ列伝は、バルセロナに移住したレブリハの名門一家に生まれ、5歳で初舞台を踏んでから伴唱と独唱で4つのジラルディージョを受賞したホセ・バレンシア。工房だよりは、アルメリアで父からアントニオ・デ・トーレス直系の製作技術を継ぐフアン・ミゲル・ゴンサレス。パロ解説は、アルメリアのファンダンゴから鉱山労働者の歌へと発展した自由リズムの「タランタ(Taranta)」を、F♯フリジア旋法(Bm→A→G→F♯)の響きから紐解きます。
▼ 今日のトピック ・マドリードでイベロアメリカ首脳会議が閉幕、共同声明と5つの具体成果を採択 ・ウルダ高速鉄道事故、欧州検察庁と治安警備隊UCOが工事詐欺疑惑でAdif等に資料要求 ・キコ・ベネノ50年目の新作『プレシサメンテ』と健康生活/文化人800人超が11月11日ゼネスト支持声明/ダニエル・モンソン監督『ルエガ・ポル・ノソトラス』 ・第14回セマナ・フラメンカ/アルヒドナ「ラ・ポラ・フラメンカ」とアルメリア祭/サラゴサとパンプローナの11月公演 ・ギター列伝: ニーニョ・デ・プーラ(Niño de Pura、本名ダニエル・ナバーロ・クルス) ・バイレ列伝: メルセデス・デ・コルドバ(Mercedes de Córdoba) ・カンテ列伝: ホセ・バレンシア(José Valencia) ・工房だより: フアン・ミゲル・ゴンサレス(Juan Miguel González、アルメリア) ・パロ解説: タランタ(Taranta / Tarantas)
▼ 関連リンク(アーティスト・パロ・工房) ・ニーニョ・デ・プーラ『Capricho de Bohemia』1986年(本人公式トピック) https://www.youtube.com/watch?v=uWBtcw2s9Nw ・トマティート、ニーニョ・デ・プーラ、マノロ・フランコ『Bulerías』1996年(アンダルシア・フラメンコ放送公式) https://www.youtube.com/watch?v=kbaNq5bocP8 ・プーラ・デ・プーラとニーニョ・デ・プーラ『Granaína』2019年(アンダルシア・フラメンコ放送公式) https://www.youtube.com/watch?v=jkDuvY1mJlI ・メルセデス・デ・コルドバ コルドバ国民フラメンコ芸術コンクール決勝 2013年(CNAF公式) https://www.youtube.com/watch?v=VE8ejuTNpaM ・メルセデス・デ・コルドバ舞踊団『Sí, Quiero』(本人公式) https://www.youtube.com/watch?v=d2YT_NKbBoU ・メルセデス・デ・コルドバ『Olvidadas (A las sin sombrero)』セビリア・ビエナル 2024年(デ・フラメンコTV公式) https://www.youtube.com/watch?v=iQs1jIaYHj4 ・ホセ・バレンシア『Soleá』2004年(アンダルシア・フラメンコ放送公式) https://www.youtube.com/watch?v=NoBuCTpc0lc ・ホセ・バレンシア『Bulerías』2005年(アンダルシア・フラメンコ放送公式) https://www.youtube.com/watch?v=FB__FlR85i4 ・リカルド・モレノとホセ・バレンシア『Cuplés por bulerías』2020年(レブリハ・フラメンカ公式) https://www.youtube.com/watch?v=KgfMh5LyLYA ・フアン・ミゲル・ゴンサレス 2007年製フラメンコ・ギター(ソレラ・フラメンカ公式) https://www.youtube.com/watch?v=8YnaOLMISB4 ・マノロ・ゴンサレス『Tarantas』1991年(アンダルシア・フラメンコ放送公式) https://www.youtube.com/watch?v=V3Q8cUuUMmU ・パコ・コロネル『Taranta』1991年(アンダルシア・フラメンコ放送公式) https://www.youtube.com/watch?v=dyRRPYFh-C8 ・クラウディア・ラ・デブラ『Tarantas y Tangos』2018年(アンダルシア・フラメンコ放送公式) https://www.youtube.com/watch?v=5IcQDmFzcSM
▼ 参考記事・ソース ・El País「La Cumbre Iberoamericana garantiza su continuidad a pesar de la ausencia de la mayoría de líderes en Madrid」 https://elpais.com/espana/2026-11-06/la-cumbre-iberoamericana-garantiza-su-continuidad-a-pesar-de-la-ausencia-de-la-mayoria-de-lideres-en-madrid.html ・El País「La Fiscalía Europea investiga un presunto fraude en las obras de la alta velocidad tras el accidente de Urda」 https://elpais.com/espana/2026-11-06/la-fiscalia-europea-investiga-un-presunto-fraude-en-las-obras-de-la-alta-velocidad-tras-el-accidente-de-urda.html ・El Mundo「La Fiscalía Europea pone en marcha una operación con la UCO por la tragedia de Urda y reclama documentación a Adif」 https://www.elmundo.es/espana/2026/11/06/6aed98e121efa0477c8b457d.html ・El Mundo「Kiko Veneno, cantante: “Hago yoga, como cosas saludables, no bebo mucho alcohol y dejé los porros”」 https://www.elmundo.es/cultura/musica/2026/11/05/6aecb5aae9cf4af7498b4570.html ・El País「Rodrigo Sorogoyen, Carlos Bardem, Alana S. Portero y Sara Barquinero, entre las más de 800 personalidades de la cultura que respaldan en un manifiesto la huelga general」 https://elpais.com/cultura/2026-11-06/rodrigo-sorogoyen-carlos-bardem-alana-s-portero-y-sara-barquinero-entre-las-mas-de-800-personalidades-de-la-cultura-que-respaldan-en-un-manifiesto-la-huelga-general.html ・El Mundo「Ruega por nosotras: La memoria encarcelada del franquismo」 https://www.elmundo.es/cultura/cine/2026/11/05/6aec476721efa063388b45a6.html ・Andalucía.org「Niño de Pura」 https://www.andalucia.org/es/flamenco/artistas/nino-de-pura ・deflamenco.com「Niño de Pura」 https://www.deflamenco.com/revista/entrevistas/nino-de-pura-1.html ・Guitar Salon International「Francisco Barba」 https://www.guitarsalon.com/luthier/francisco-barba ・Mercedes de Córdoba Official Website https://mercedesdecordoba.com/ ・Wikipedia「José Valencia (cantaor)」 https://es.wikipedia.org/wiki/Jos%C3%A9Valencia(cantaor) ・Guitarras de Luthier「Juan Miguel González」 https://www.guitarrasdeluthier.com/es/luthier/juan-miguel-gonzalez/14 ・Centro Andaluz de Documentación del Flamenco「Tarantas」 https://www.centroandaluzdeflamenco.es/
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スペイン文化・フラメンコ便り(2026年11月7日)
オープニング:2026年11月7日 — スペイン文化・フラメンコ便り
- 今日のスペイン語は「ポコ・ア・ポコ、セ・バ・レホス(Poco a poco se va lejos)」。直訳は「少しずつ行けば、遠くへ行ける」。焦らずに日々の稽古や手仕事を積み重ねた人が、やがて誰にも真似できない遠い場所へ到達する、という意味のことわざで、日本語の「千里の道も一歩から」や「塵も積もれば山となる」にあたる。
- 今日の軸は「一歩ずつ積み重ねて極めたフラメンコの道」。父の自動車整備工場でギターに出会い、12歳でマノロ・サンルーカルに弟子入りしてコンクールの最高賞を総なめにし、教授として後進を育てたギタリスト、ニーニョ・デ・プーラ。エバ・ジェルバブエナ舞踊団で15年以上にわたり第一舞踊手と振付補佐を務めたのち、故郷コルドバの国民コンクール1位を経て自らの舞踊団を率いるメルセデス・デ・コルドバ。バルセロナに移住したレブリハのヒターノ一家に生まれ、5歳で初舞台を踏んでから伴唱と独唱の両方でセビリア・ビエナルのジラルディージョを4度受賞した歌い手ホセ・バレンシア。アルメリアで父からアントニオ・デ・トーレス直系の製作技術を継ぎ、力木の音響研究を続けてきた名工フアン・ミゲル・ゴンサレス。そしてパロ解説は、アルメリアのファンダンゴから鉱山労働者の歌へと発展した自由リズムの「タランタ(Taranta)」。
国際情勢(スペイン視点)
- マドリードでイベロアメリカ首脳会議が閉幕、首脳欠席の逆風下で共同声明と5つの合意: エル・パイス紙(11月6日)によると、マドリードで開催されたイベロアメリカ首脳会議は、中南米諸国の首脳の大半が欠席する異例の状況のなかで閉幕したが、スペイン政府は合意による共同声明と5つの具体的な実務成果を取りまとめ、次回議長国のホンジュラスへ引き継いだ。米国の中間選挙直後の国際情勢や中南米域内の左右対立が首脳出席の足かせとなったものの、スペインにとっては言語と家族の絆で結ばれたラテンアメリカは「他人事ではない」特別な地域であり、政権の立場を超えて多国間対話の枠組みを守り抜く外交姿勢が示された。
スペイン国内ニュース
- 欧州検察庁と治安警備隊UCO、ウルダ高速鉄道事故の工事詐欺疑惑でAdif等に資料要求: エル・パイス紙・エル・ムンド紙(11月6日)によると、トレド県ウルダで起きた高速鉄道脱線事故をめぐり、欧州検察庁(EPPO)と治安警備隊の中央作戦部隊(UCO)が、建設・保守工事におけるEU資金の不正流用および資材品質詐欺の疑いで捜査を開始した。捜査陣は鉄道インフラ管理機構(Adif)、会計検査院、国家鉄道安全庁の3機関に立ち入り、契約・検査資料の提出を求めた。バレンシアで講演したアルカディ・エスパーニャ財務相(エル・ムンド紙、11月6日)は、高速鉄道と近郊鉄道網への「投資努力」が必要だと述べ、輸送網の財源確保に向けた増税の可能性を示唆した。
文化・芸能ニュース
- キコ・ベネノ、音楽活動50年で新作『プレシサメンテ』と健康的な暮らしを語る: エル・ムンド紙(11月5日)によると、スペイン音楽界に新風を吹き込んだデビューから50年を迎えるアンダルシアの音楽家キコ・ベネノが、ルンバへ立ち返る新作アルバム『プレシサメンテ(Precisamente)』を発表した。インタビューで本人は「ヨガをし、健康的なものを食べ、酒はあまり飲まず、大麻もやめた」と語り、伝説に安住せず70代でも節制した日々の暮らしと創作を両立させている姿を明かした。
- ソロゴイェン監督やカルロス・バルデムら文化人800人超、11月11日ゼネスト支持の声明: エル・パイス紙(11月6日)によると、映画監督ロドリゴ・ソロゴイェン、俳優カルロス・バルデム、作家アラナ・S・ポルテロ、サラ・バルキネロら800人を超える文化芸術関係者が、「11月11日、文化も止まる(El 11N, la cultura también para)」と題する共同声明を発表し、ゼネストへの参加を呼びかけた。日本では芸能人や作家がストライキの呼びかけに連名で立つことは少ないが、スペインでは表現者や職人が生活費高騰や労働条件をめぐる街頭行動に公然と声を上げる気風が根づいている。
- ダニエル・モンソン監督の新作『ルエガ・ポル・ノソトラス』公開: エル・ムンド紙(11月5日)によると、マヨルカ島出身のダニエル・モンソン監督が、フランコ独裁期の「女性保護委員会」による施設収容の歴史を1970年代映画の文法で精緻に描いた映画『ルエガ・ポル・ノソトラス(Ruega por nosotras)』を公開した。
フラメンコニュース
- 第14回「セマナ・フラメンカ」が11月13日から20日まで開催: エル・ノティシエロ・ディヒタル(11月6日)によると、11月13日から20日にかけて第14回「セマナ・フラメンカ(フラメンコ週間)」が開催され、カンテ、バイレ、ギターの第一線の舞台と関連文化企画が連日上演される。
- マラガ県アルヒドナで7日に「ラ・ポラ・フラメンカ」、アルメリアの第59回フラメンコ祭も6夜連続公演: 101TVおよびアルメリア市広報(11月6日)によると、アンダルシア州マラガ県アルヒドナで11月7日土曜日に伝統の「ラ・ポラ・フラメンカ」が復活し、カンテ・バイレ・ギターの舞台が開かれる。またアルメリア市の憲法広場では、第59回アルメリア・フラメンコ・舞踊祭の6夜連続公演のチケット販売が始まった。
- 北部のサラゴサとパンプローナでも11月のフラメンコ公演と子ども向け教室: サラゴサ市広報・パンプローナ市広報(11月6日)によると、アラゴン州サラゴサの「エスタシオン・デル・ノルテ」市民センターで11月のカンテ・バイレ・ギター公演が集中的に開かれ、ナバラ州パンプローナでも音楽祭「フラメンコ・オン・ファイア」との共同企画として、市庁舎バルコニーでのエル・ペレのカンテ、コンデスタブレ宮殿での2公演、未成年向けのギター・バイレ教室が実施される。セビリアやヘレスなどアンダルシア発祥のフラメンコが、マドリードの劇場興行ともカタルーニャの移民コミュニティとも異なる形で、北部の自治体の市民講座や広場へ広がっている。
フラメンコギタリスト列伝
- 今日の一人: ニーニョ・デ・プーラ(Niño de Pura、本名ダニエル・ナバーロ・クルス Daniel Navarro Cruz)。1966年9月26日、セビリアのベジャビスタ地区生まれ。現代フラメンコギター界で随一のスピードと粒立ちを誇るピカード(2本指の単音速弾き)と、華やかで端正な作曲で知られる独奏・伴奏ギタリストであり、コルドバ高等音楽院で長年教鞭をとった教育者。全履歴および候補表を照合し、ギタリスト列伝では未紹介。
- 生い立ちと家系・師弟の系譜: アンダルシア州観光局の公式人物事典およびデフラメンコ誌によると、彼が生まれたセビリア市南部のベジャビスタ地区の家庭にはプロの音楽家はおらず、父は自動車整備士だった。芸名の「ニーニョ・デ・プーラ(プーラの子)」は、母プーラ(Pura)の名から取られている。6歳のとき、父の整備工場に別の整備士が息子を連れてきてギターを弾かせたのを目撃し、その音色に心を奪われてギターをねだったのが始まりだった。最初は地元のマヌエル・ロサーノやマノロ・カルモナに手ほどきを受け、10歳で早くもセビリアのタブラオ「ロス・ガジョス」で弾き始めた。12歳のとき、カディス県サンルーカル・デ・バラメダの巨匠マノロ・サンルーカル(9月9日・27日のギタリスト列伝)の門を叩き、毎週通って和声感覚、運指の規律、フラメンコギターを交響的な音楽へ高める作曲姿勢を徹底的に学んだ。
- 兄との伴奏修業とバルデラーマ一座: 兄のホセ・ホアキン(José Joaquín)がバイラオールとして頭角を現したため、ダニエルは10代から兄の踊りの伴奏者として舞台の呼吸とコンパスを鍛えた。さらに、伝説的なカンタオールであるフアン・バルデラーマ(Juanito Valderrama)の公式伴奏ギタリストに抜擢され、スペイン全国の劇場を回りながら、古いカンテ・ホンドからファンダンゴ、コプラまで歌い手の声にぴたりと寄り添う伴奏技術を身につけた。パコ・タラント、ホセ・デ・ラ・トマサ、カルメン・リナレス、アウロラ・バルガス、ランカピーノら第一線の歌い手とも数多く共演している。
- 転機1(18歳でラ・ウニオンの「ボルドン・ミネロ」受賞、1984年): ラ・ウニオン国際カンテ・デ・ラス・ミナス音楽祭の公式記録によると、1984年、わずか18歳で同音楽祭のギター部門最高賞「ボルドン・ミネロ(Bordón Minero)」を受賞した。同じ1984年にはヘレスの全国ギターコンクールでも1位を獲得し、無名の自動車整備士の息子が一躍、アンダルシアの若き天才ギタリストとして脚光を浴びた。その2年後の1986年には、初ソロ・アルバム『カプリチョ・デ・ボエミア(Capricho de Bohemia)』を発表し、セビリアの明るい光を感じさせる旋律美と超絶技巧をレコードに刻んだ。
- 転機2(24歳でセビリア・ビエナル「ジラルディージョ・デル・トケ」受賞、1990年): 1990年、第6回セビリア・フラメンコ・ビエナルにおいて、ギター部門の最高峰である「ジラルディージョ・デル・トケ(Giraldillo del Toque)」を24歳の若さで射止めた。ラ・ウニオンのボルドン・ミネロとセビリアのジラルディージョというスペイン二大タイトルを20代前半で制覇したことで、以後はコンクールへの出場を卒業し、独奏家・作曲家としての創作に専念する決断を下した。翌1991年には2作目『カリエンテ(Caliente)』を発表し、兄ホセ・ホアキンの舞踊団の音楽監督としても欧米や日本を巡演した。
- 転機3(室内オーケストラとの『マス・アジャ・デ・ラ・ルス』と教育者への道、1993〜2024年): 1993年にはギター独奏と室内オーケストラのための組曲『マス・アジャ・デ・ラ・ルス(Más allá de la luz、光の彼方へ)』を作曲し、セビリアの王立アルカサルで初演して師マノロ・サンルーカル譲りの大作志向を結実させた。1996年の『マキダ(Maquida)』、2002年の『ポソ・イ・カウダル(Pozo y Caudal、井戸と水流)』では、親指のアルサプーアと機関銃のようなピカードをさらに研ぎ澄ませた。同時にセビリアのクリスティナ・ヘーレン財団や、コルドバ高等音楽院「ラファエル・オロスコ」のフラメンコギター科教授(カテドラティコ)として多くの若手ギタリストを育てた。2015年にパーキンソン病の診断を受けた後も病を公表せず教壇と舞台に立ち続け、2024年に病状を明かして感謝を込めた引退公演ツアーを行い、約50年にわたるプロの舞台生活に区切りをつけた。
- 代表作1(19歳前後の鮮烈なデビュー曲): 本人公式トピック配信の『Capricho de Bohemia』(1986年『カプリチョ・デ・ボエミア』表題曲、約4分)。冒頭の澄んだアルペジオから一転して、1分過ぎから始まるブレリアのコンパスに乗った高速ピカード(単音速弾き)と、親指で低音弦を叩き上げるアルサプーアの切れ味を聴きたい。1音たりとも粒が潰れない右手の正確さが確認できる。
- 代表作2(同世代3巨頭の競演ブレリア): アンダルシア・フラメンコ放送(Canal Andalucía Flamenco)公式アーカイブの『Bulerías. Tomatito, Niño de Pura y Manolo Franco. 1996』(1996年放送、約8分半)。アルメリアのトマティート、セビリアのマノロ・フランコ、そしてニーニョ・デ・プーラの3人が舞台に並んで弾く貴重な映像で、3分過ぎからのニーニョ・デ・プーラの独奏パートで見せる目の覚めるような高音域のピカードと、3人が笑顔でコンパスを回し合う掛け合いに注目したい。
- 代表作3(娘プーラ・デ・プーラの歌を支えるグラナイーナ): 同じくアンダルシア・フラメンコ放送公式の『Granaína. Pura de Pura y Niño de Pura. 2019』(2019年放送、約5分)。歌い手となった娘プーラ・デ・プーラ(Pura de Pura)の伴奏を父が務める舞台で、冒頭1分半のギター独奏イントロでトレモロと華麗なスケールを聴かせたあと、娘が歌い出した瞬間に音量を抑え、歌の語尾の息遣いに合わせて和音を添える伴奏の妙を見たい。
- 技法・表現の比較: 同じセビリア出身のラファエル・リケーニ(9月12日・26日の列伝)が陰影に富んだロマン派的な和声と揺らぎのあるリズムを得意とし、マノロ・フランコ(10月7日の列伝)が重心の低い伝統的なセビリアのコンパスを体現するのに対し、ニーニョ・デ・プーラは「フラメンコギター界で最も速く最も明瞭なピカード」と評される圧倒的な右手の運動性と、まばゆいほど明るい音色を特徴とする。また、親指の爪の背と腹で低音弦を連続して弾くアルサプーアに薬指のかき鳴らしを組み合わせる独自の奏法で、ギター1本で打楽器のような推進力を生み出した。
- 使用ギターの紹介: 米国の専門機関ギター・サロン・インターナショナル(GSI)およびヴィンテージ・ギター・ワールドの記録によると、ニーニョ・デ・プーラが長年にわたりメインのコンサート・ギターとして愛用してきたのは、地元セビリアの名工フランシスコ・バルバ(Francisco Barba、9月10日の工房だよりで紹介)が製作したフラメンコ・ブランカ(シープレス側裏板・スプルース表板)である。バルバのギターは弦高が低く設計され、乾いたパーカッシブな立ち上がりと、ハイポジションでも音が痩せない水晶のような高音の伸びを兼ね備えており、ニーニョ・デ・プーラの超高速ピカードとアルサプーアを一音も濁らせずに客席の奥まで届ける相棒となった。また、1990年代のテレビ収録ではコンデ・エルマノスの楽器を弾く姿も記録されている。
- 本人の言葉と位置づけ: 2014年のカナル・スルの証言番組や2024年の引退発表時のインタビューで、彼は「ギターは私の人生のすべてを与えてくれた。病と闘う日々の中でも、ギターを抱えると痛みが消えた」と語っている。パコ・デ・ルシアとマノロ・サンルーカルが切り開いた現代フラメンコギターの超絶技巧を、コルドバ高等音楽院の教室で体系的なメソードへと落とし込み、次の世代へ手渡した功績は計り知れない。今から聴くなら、まず『Capricho de Bohemia』で若き日のピカードの輝きに触れ、1996年の3人共演映像で同世代の名手との音色の違いを聴き比べるのが最高の入り口になる。
フラメンコバイレ列伝
- 今日の一人: メルセデス・デ・コルドバ(Mercedes de Córdoba、本名メルセデス・ルイス・ムニョス Mercedes Ruiz Muñoz)。1980年1月9日、アンダルシア州コルドバ生まれ(ヘレスの同名バイラオーラ、メルセデス・ルイスと区別するため故郷の名を冠して「メルセデス・デ・コルドバ」を名乗る)。圧倒的な足の打撃力と、演劇的な構成力を兼ね備えた現代屈指のバイラオーラ・振付家。全履歴および候補表を照合し、バイレ列伝では未紹介。
- 生い立ちと早熟な修業・師弟の系譜: 本人公式サイトおよびデフラメンコ誌によると、4歳で踊りを始め、コルドバの市立音楽院(コンセルバトリオ・プロフェシオナル)でスペイン舞踊とフラメンコを学び、17歳のときに最高成績(ソブレサリエンテ)で卒業した。その才能は少女時代から際立っており、わずか12歳のときに巨匠ハビエル・ラトーレに見いだされ、エバ・ジェルバブエナ(9月17日・27日・10月6日のバイレ列伝)らとともにフランス巡演に参加した。17歳でホセ・アントニオが率いるアンダルシア舞踊団(CAD)に入団し、1997年のマドリード王立劇場(テアトロ・レアル)再開場記念公演の舞台にも立っている。
- 転機1(エバ・ジェルバブエナ舞踊団で15年以上の第一舞踊手・振付補佐、1998〜2013年): 1998年、18歳でエバ・ジェルバブエナ・フラメンコ・バレエ団の創設メンバー・第一女性舞踊手として迎えられた。以後15年以上にわたり、エバの右腕として世界中の大劇場を巡演し、後年はレペティドーラ(稽古監督・振付補佐)も務めた。またハビエル・バロン(10月20日のバイレ列伝)やホアキン・グリロ(10月31日のバイレ列伝)の作品にも客演し、長い群舞と補佐の歳月の中で、舞台全体の照明・音楽・群舞の動線を組み立てる演出家の目を養った。
- 転機2(故郷コルドバの国民コンクール1位と『シン・マス』での独立、2013〜2018年): 2013年、33歳で故郷の最も権威ある「第20回コルドバ国民フラメンコ芸術コンクール(CNAF)」のバイレ部門に出場し、審査員満場一致で1位(プレミオ・ナシオナル)を受賞した。この受賞を機に自らの舞踊団を立ち上げ、2014年に初の単独主演作『シン・マス(Sin más、ただそれだけ)』を初演。続いて2018年にはアンヘル・ロハスを芸術監督に迎えた『セル、ニ・コンミーゴ・ニ・シン・ミ(Ser, ni conmigo ni sin mí、私とともにもなく、私なしでもなく)』をヘレス・フェスティバルとセビリア・ビエナルで発表し、一人の創作者としての地位を確立した。
- 転機3(『シ、キエロ』と27年世代の女性に捧げた『オルビダーダス』、2022〜2026年): 2022年のヘレス・フェスティバルで初演した大作『シ、キエロ(Sí, quiero、ええ、誓います)』は、白い花嫁衣装をまとって結婚や人生の契約の歓びと重圧を描き、フアン・カンパージョのギター作曲賞や伴唱賞など数々の賞を席巻した。さらに2024年のセビリア・ビエナルでは、1920〜30年代の「27年世代」の忘れられた女性芸術家・思想家たち(ラス・シンソンブレーロ=帽子を脱いだ女たち)に光を当てた『オルビダーダス(Olvidadas、忘れられた女たち)』を女性中心の編成で初演し、ロルカ賞の最優秀フラメンコ舞台賞を受賞して2025〜2026年も国内外を巡演している。また、10月26日のバイレ列伝で紹介した若手パウラ・コミトレらの振付・演出指導も手がけている。
- 代表演目1(コルドバ国民コンクール優勝を決めた渾身の舞台): コルドバ国民フラメンコ芸術コンクール公式チャンネルの『MERCEDES DE CORDOBA - Final de Baile CNAF de Cordoba』(2013年決勝、約11分)。前半のタラントで見せる、床に根を張ったような重心の低いサパテアードと、上体を大きく反らせて静止する彫刻的なシエレ(止め)、そして後半のタンゴへ転じてからのしなやかな腰とブラソ(腕)の対比を見たい。
- 代表演目2(花嫁衣装で人生の誓いを踊る代表作): 本人公式チャンネルの『Mercedes de Córdoba Cía "Sí, Quiero"』(約2分半)。フアン・カンパージョのギターとヘスス・コルバチョらの歌に乗せ、祝祭的な群舞から一転して孤独な独舞へと切り替わる構成と、ドレスの裾をさばきながら高速で打ち込む足技の切れ味に注目したい。
- 代表演目3(帽子を脱いだ女性たちに捧げる2024年ビエナル作): デ・フラメンコTV公式の『Mercedes de Córdoba "Olvidadas" (A las sin sombrero) La Bienal de Flamenco de Sevilla』(2024年9月、約3分)。女性たちの声と打楽器的な足音だけで空間を張り詰めさせ、伝統のコンパスを保ちながら現代舞踊のような視覚的メタファーを生み出す群舞の造形が確認できる。
- 技法・表現の比較と本人の言葉: 師であるエバ・ジェルバブエナが内省的な苦悩を即興的な身体の震えへ昇華させるのに対し、メルセデス・デ・コルドバは音楽院仕込みの揺るぎない軸と、男性舞踊手顔負けの激しいサパテアード、そして明確な演劇的テーマを舞台全体に貫く構築力に特徴がある。エル・ディア・デ・コルドバ紙のインタビューで本人は「私はエバの後ろで15年間、舞台のすべてを見て学んだ。焦らずに自分の時が来るのを待ったからこそ、今言いたいことがはっきりしている」と語っている。今から見るなら、2013年コンクール決勝の映像で古典の底力を確かめ、続けて『Sí, Quiero』と『Olvidadas』へ進むのがよい。
フラメンコカンテ列伝
- 今日の一人: ホセ・バレンシア(José Valencia、本名ホセ・アントニオ・バレンシア・バルガス José Antonio Valencia Vargas)。1975年、バルセロナ県オスピタレート・デ・ジョブレガート生まれ。セビリア県レブリハのヒターノの名門の血を引き、5歳で初舞台を踏んで以来、舞踊伴唱の最高峰から独唱の第一人者へと昇り詰めた現代屈指のカンタオール。全履歴および候補表を照合し、カンテ列伝では未紹介。
- 生い立ちと家系・5歳での初舞台: デフラメンコ誌およびセビリア・ビエナル公式資料によると、両親はアンダルシア州セビリア県レブリハのヒターノの名門バレンシア家とバルガス家の出身で、1970年代に仕事のためにカタルーニャ州バルセロナ近郊のオスピタレートへ移住していた。家庭の中は常にレブリハの歌とコンパスで満ちており、大叔父には名歌手ティオ・ボリーコやフアン・エル・レブリハーノにつながる親族がいた。1980年、わずか5歳のとき、バルセロナで開かれた名ギタリスト、メルチョール・デ・マルチェナ(10月10日のギタリスト列伝)の追悼公演に「ホセリート・デ・レブリハ(Joselito de Lebrija)」の名で出演し、カマロン・デ・ラ・イスラ、フェルナンダとベルナルダのウトレーラ姉妹、フアン・エル・レブリハーノと同じ舞台で歌って観客を驚かせた。その後、一家で父祖の地レブリハへ戻り、11歳でマイレナ・デル・アルコールのコンクールのソレア賞やセビリア県ペーニャ連盟の青少年コンクール1位を獲得した。
- 転機1(ペドロ・バカンの『ピニーニ一族』と舞踊伴唱の名手時代、1990〜2000年代): 10代後半から、同郷レブリハのギタリストであるペドロ・バカン(11月1日のギタリスト列伝)が率いた伝説の一座『エル・クラン・デ・ロス・ピニーニス(ピニーニ一族)』に参加し、イネス・バカンやコンチャ・バルガスとともにヨーロッパ各地の劇場を回って一族の古い歌を体得した。2000年代にはアントニオ・カナレス、ファルキート、アンドレス・マリン、ホアキン・グリロ、エバ・ジェルバブエナらトップ舞踊手の伴唱者(カンテ・パ・アトラース)として引っ張りだことなり、踊り手の足音に負けない強靭な声量と12拍子の正確なコンパスで、2004年と2008年のセビリア・ビエナルで舞踊伴唱賞や新人賞に輝くなど、前人未到の4つのジラルディージョ(うち1つは2012年の最高賞ジラルディージョ・アル・カンテ)を獲得した。
- 転機2(初独唱盤『ソロ・ホセ』とライブ盤『ディレクト』、2012〜2016年): 長年「伴唱の王」と呼ばれた彼が、37歳でついに独唱者として正面に立ったのが2012年の初ソロ・アルバム『ソロ・ホセ(Solo José)』と、同年のセビリア・ビエナルでの独唱リサイタルだった。この舞台で最高賞「ジラルディージョ・アル・カンテ」を受賞し、2014年のビエナルでは大先輩フアン・エル・レブリハーノの初期作品を蘇らせた公演を収録したライブ盤『ディレクト(Directo)』(2015年)を発表して「魔法の瞬間」賞も受けた。
- 転機3(詩人ベッケルを歌う『ラ・アルタ・トーレ』と『レブリハの歌の研究』、2020〜2026年): 近年は古典の継承と文学的な創作の両輪をさらに深めている。19世紀セビリア出身のロマン派詩人グスタボ・アドルフォ・ベッケルの詩集『リマス(叙情詩集)』にフラメンコの節をつけた『ラ・アルタ・トーレ(La Alta Torre、高い塔)』をギタリストのフアン・レケーナとともに舞台化・録音し、2024年のセビリア・ビエナルでは故郷のデブラ、ソレア、ティエント、カンティーニャ、リビアナ、ロマンセ、ブレリアを網羅的に考証した『エストゥディオ・ソブレ・ロス・カンテス・デ・レブリハ(レブリハの歌に関する研究)』を発表した。2026年11月2日にもウトレーラの第42回フラメンコ祭「エル・モスタチョン」の開幕公演でフアン・レケーナを従えて歌ったばかりである。
- 代表作1(29歳、強靭な喉で歌い上げる王道のソレア): アンダルシア・フラメンコ放送公式の『Soleá. José Valencia. 2004』(2004年放送、約6分)。低い胸声から一気に高音へ突き抜ける圧倒的な声量と、レブリハ特有の粘り強い節回しで12拍のコンパスをぐいぐいと引っ張る歌い口を聴きたい。
- 代表作2(コンパスが跳ねるレブリハのブレリア): 同じくアンダルシア・フラメンコ放送公式の『Bulerías. José Valencia. 2005』(2005年放送、約4分半)。踊りの伴唱で鍛え上げた揺るぎないリズム感と、短い言葉を拍の裏へ小気味よく投げ込むレブリハのブレリアの粋(サボール)に注目したい。
- 代表作3(同郷のギタリスト、リカルド・モレノとのクプレ・ポル・ブレリア): レブリハ・フラメンカ公式の『JORNADA DE OTOÑO FLAMENCO 2020_Rycardo Moreno y José Valencia_cuplés por bulerías』(2020年11月、約6分)。10月15日のギタリスト列伝で紹介した同郷のリカルド・モレノの現代的なギター和音の上で、ホセ・バレンシアが歌謡曲をフラメンコの12拍子へ自在に溶け込ませる呼吸が確認できる。
- 技法・表現の比較と本人の言葉: 同じレブリハの先輩であるイネス・バカン(11月1日のカンテ列伝)が目を閉じて内面へ沈み込むような祈りの歌を聴かせるのに対し、ホセ・バレンシアは劇場の最後列まで生声で届くような輝かしい声の張り(メタル)と、どんなに長いメロディを伸ばしても絶対に12拍の着地点を外さない強靭なコンパス感覚を持つ。エクスポフラメンコの取材で本人は「私はレブリハの家の台所で歌を覚え、舞踊手の後ろで何百回も歌って舞台の規律を学んだ。伝統とは博物館の展示物ではなく、今生きている私たちの喉で呼吸するものだ」と語っている。まずは2004年の『Soleá』でその声の力に圧倒され、次に2005年と2020年のブレリアでリズムの遊び心を味わうのがよい。
フラメンコギター工房だより
- 今日の工房: フアン・ミゲル・ゴンサレス(Juan Miguel González、本名フアン・ミゲル・ゴンサレス・コルテス)。アンダルシア州アルメリアのギター製作家。全履歴を照合し、工房だよりでは未紹介。
- 生い立ちとアントニオ・デ・トーレス直系の系譜: 米国の専門サイト「サバレタス・ギターラス」およびスペインの「ギターラス・デ・ルティエ」によると、1947年にアルメリアで生まれた。「近代ギターの父」アントニオ・デ・トーレス(1817〜1892年、9月28日にアルメリアの博物館を紹介)が生まれ没したこの街で、父ミゲル・ゴンサレス・アバド(通称「エル・コホ」、1935年に工房創業)は、トーレスの直接の弟子であったモヤ兄弟(エルマノス・モヤ)と同時代にギターを作った人物だった。フアン・ミゲルは幼いころから父の工房で木くずにまみれて育ち、アルメリアに残るトーレス直系の設計思想と手仕事を父から直接受け継いだ。
- 構造の革新と音色の特徴: 1970年代後半に工房を継いだフアン・ミゲルは、伝統の扇状力木(ファン・ブレーシング)を守りながら、表板の振動効率を極限まで高める独自の音響研究を重ねた。スプルース(松)またはシダー(杉)の極めて薄い表板と、よく乾燥させたスペイン産シープレス(糸杉)の側裏板を組み合わせ、立ち上がりが鋭く、低音の深い唸りと水晶のように澄んだ高音が同居する「フラメンキシモ(これぞフラメンコ)」と評される音色を実現した。同郷アルメリアの巨匠トマティートや、今日のギタリスト列伝でも共演映像を挙げたセビリアのマノロ・フランコらが一流の舞台で彼の楽器を弾いてきた。
- 実際の音色: マドリードの専門店ソレラ・フラメンカ公式の『Juan Miguel González 2007 nº145 flamenco guitar for sale played by Toni Abellán』(約2分)では、2007年製・通し番号145番のシープレス材の白ギター(ブランカ)の音を聴くことができる。親指で低音弦を弾いたときの乾いた咆哮と、高音弦の粒立ちの良さがよく分かる。
フラメンコのパロ解説
- 今日のパロ: タランタ(Taranta、複数形タランタス Tarantas)。アンダルシア州東部のアルメリアからハエン県リナレス、ムルシア州ラ・ウニオンやカルタヘナにかけての鉱山地帯で育まれた、「カンテ・デ・レバンテ(東部の歌)」および「カンテ・ミネロ(鉱山の歌)」を代表する自由リズムのパロ。9月17日と10月6日に4拍子の踊り歌「タラント(Taranto)」、10月4日と12日に「ミネラ」、11月3日に「カルタヘネーラ」を取り上げたが、それらの母体となった「タランタ」そのものは未紹介だったため、今日7つの要素で詳しく解説する。
- 1. 起源と歴史・系統: アンダルシア・フラメンコ・センターおよびスペイン語版ウィキペディアによると、起源はアルメリア地方の土着のファンダンゴ(ファンダンゴ・アルメリエンセ)にあるとされる(語源については諸説ある)。19世紀後半、アルメリア、ハエン県リナレス、ムルシア州カルタヘナやラ・ウニオンの鉛・銀・鉄の鉱山へアンダルシア各地から労働者が集まるなかで、土着の3拍子ファンダンゴから踊りの拍子が抜け落ち、過酷な坑内労働の嘆きや望郷の念を歌う自由リズムの歌へと変化した。その様式を整えた最大の功労者が、1847年にアリカンテ県カリョサ・デ・セグラに生まれ、アルメリアとラ・ウニオンの鉱山街で暮らした歌い手アントニオ・グラウ・モラ「ロホ・エル・アルパルガテロ(Rojo el Alpargatero、1847〜1907年)」である。このタランタを母体として、さらに低音と高音の落差を強めた「ミネラ」、カルタヘナ港の気風を映した「カルタヘネーラ」、リナレスの「タランタ・デ・リナレス」、そして踊れるように4拍子(または2拍子)の枠を与えた「タラント」が枝分かれした。
- 2. コンパス(自由リズムとギターの間奏): タランタは基本的に決まった拍子を持たない「カンテ・リブレ(自由リズム)」で歌われる。歌い手が声を伸ばしている間、手拍子(パルマ)やカホンは入らず、歌い手の呼吸と節回し(テルシオ)の伸縮がすべてを支配する。ただし、ギターがファルセータ(間奏)を弾く場面や、曲の終わりにタラントやタンゴへ接続する場面では、「1、2、3、4」と1拍目と3拍目に緩やかな重みを置く4拍子(または2拍子)のパルスがギターの親指の刻みに現れ、また歌が始まると拍が溶けて自由リズムへ戻る。
- 3. 調性・コード進行とギターのポジション(英語表記): ギターにおける最大の特徴は、「ポル・タランタ(por taranta)」と呼ばれるF♯を主音とするフリジア旋法(F♯ Phrygian)で弾かれることである。カポタストを着けない(または2フレット等に着ける)状態で、1弦(E)や2弦(B)の開放弦をそのまま鳴らしながら押さえるため、不協和音すれすれの神秘的で金属的な残響が生まれる。基本のアンダルシア終止は Bm → A → G → F♯ と半音ずつ解決する進行で、レトラ(歌)への導入では D → C♯7 → F♯m(または G → F♯)の動きも多用される。今日のギタリスト列伝のニーニョ・デ・プーラが18歳でラ・ウニオンの「ボルドン・ミネロ」を受賞した際も、この「ポル・タランタ」の独奏が審査の要となった。
- 4. レトラ(歌詞)の形式とテーマ: 歌詞の形式は、8音節4行または5行の詩節(キンティージャ/コプラ)で、歌うときは1行目を繰り返したり順番を入れ替えたりして6行分に引き伸ばして歌う。テーマは、暗く深い坑道(ポソ)での労働、落盤事故への恐怖、鉱夫(ミネロ)の誇り、そして故郷に残した母や恋人への想いなど、鉱山の暮らしに直結した言葉が多い。
- 5. カンテ・ギター・バイレの聴きどころ: カンテの聴きどころは、1行ごとに息継ぎをせず一気に高音へ駆け上がり、階段を1段ずつ降りるように細かく声を揺らすメリスマ(節回し)の持久力にある。ギターは、開放弦を含む F♯ と G の和音をアルペジオやトレモロで響かせ、歌い手が息を吸う瞬間に短いファルセータを差し込む対話が聴きどころとなる。バイレでは、自由リズムのタランタ単体で踊られることは少なく、4拍子のコンパスを持つ「タラント」の中で、冒頭の無拍子の歌(タランタ)に合わせて腕(ブラソ)と上体だけで静かに舞い、ギターが4拍子を刻み始めた瞬間にサパテアード(足技)へ突入する構成がとられる(今日のバイレ列伝のメルセデス・デ・コルドバの2013年決勝映像の前半もこの型である)。
- 6. 代表録音・映像の比較:
- 代表録音1(古典の息の長さを伝えるマノロ・ゴンサレス): アンダルシア・フラメンコ放送公式の『Tarantas. Manolo González. 1991』(1991年放送、約5分)。ギターが Bm → A → G → F♯ の開放弦を鳴らす上で、歌い手が拍に縛られず1行の歌詞をどこまで長く引き伸ばし、高音から低音へ落としていくかを聴きたい。
- 代表録音2(ギターとの緊密な対話を見せるパコ・コロネル): 同じくアンダルシア・フラメンコ放送公式の『Taranta. Paco Coronel. 1991』(1991年放送、約4分)。代表録音1と比べると、ギターの親指のフレーズと歌の入り方がより近く、節の終わりで G → F♯ へ着地する瞬間の緊張感が確認できる。
- 代表録音3(自由リズムのタランタから4拍子のタンゴへ転じる構成): 同じくアンダルシア・フラメンコ放送公式の『Tarantas y Tangos. Claudia La Debla. 2018』(2018年放送、約6分)。前半は無拍子のタランタをじっくり歌い上げ、後半で手拍子と4拍子のコンパスが入ってタンゴへ移り変わる、舞台ならではの緩急を聴き比べたい。
- 7. 似たパロとの聴き分け方: 同じ F♯ フリジア旋法を使う親戚に「タラント」「ミネラ」「カルタヘネーラ」がある。一番わかりやすい見分け方は、4拍子のコンパス(手拍子や足音)に乗っていれば「タラント」、拍子がなく自由リズムなら「タランタ」「ミネラ」「カルタヘネーラ」である。そして自由リズムの3つの中では、ミネラが最も暗く低音から高音への跳躍が激しいのに対し、カルタヘネーラは港町らしい明るさと少し丸みのある節回しを持ち、タランタはその中間にあってアルメリアやリナレスのファンダンゴの骨格を最も堂々と残している。また、グラナイーナは B フリジア(Bm → A → G → F♯ ではなく Em → D → C → B)で弾かれるため、ギターの開放弦の高さで聴き分けられる。
まとめ
- 2026年11月7日。「ポコ・ア・ポコ、セ・バ・レホス(少しずつ行けば、遠くへ行ける)」のことわざとともに、一歩ずつ技を積み重ねて高みへ届いた人々をたどった。父の自動車整備工場で見たギターから始まり、18歳でボルドン・ミネロ、24歳でジラルディージョを獲得し、音楽院教授として後進を育てて2024年に感謝の引退ツアーを行ったニーニョ・デ・プーラ。エバ・ジェルバブエナ舞踊団で15年以上舞台を支え、コルドバの国民コンクール1位から『シ、キエロ』『オルビダーダス』へと独自の舞踊劇を切り開いたメルセデス・デ・コルドバ。5歳でバルセロナの舞台に立ち、伴唱と独唱で4つのジラルディージョを受けてレブリハの歌を体系化したホセ・バレンシア。アルメリアでアントニオ・デ・トーレス直系の伝統を継ぐ名工フアン・ミゲル・ゴンサレス。そしてアルメリアのファンダンゴから鉱山労働者の歌へと育った「タランタ」。お別れの言葉は、土曜日にぴったりの「ケ・パセス・ウン・ブエン・サバド(Que pases un buen sábado、よい土曜日を過ごしてね)」。
参考ソース
- 国際: El País「La Cumbre Iberoamericana garantiza su continuidad a pesar de la ausencia de la mayoría de líderes en Madrid」(2026年11月6日) https://elpais.com/espana/2026-11-06/la-cumbre-iberoamericana-garantiza-su-continuidad-a-pesar-de-la-ausencia-de-la-mayoria-de-lideres-en-madrid.html
- 国内: El País「La Fiscalía Europea investiga un presunto fraude en las obras de la alta velocidad tras el accidente de Urda」(2026年11月6日) https://elpais.com/espana/2026-11-06/la-fiscalia-europea-investiga-un-presunto-fraude-en-las-obras-de-la-alta-velocidad-tras-el-accidente-de-urda.html
- 国内: El Mundo「La Fiscalía Europea pone en marcha una operación con la UCO por la tragedia de Urda y reclama documentación a Adif」(2026年11月6日) https://www.elmundo.es/espana/2026/11/06/6aed98e121efa0477c8b457d.html
- 国内: El Mundo「Arcadi España insinúa una posible subida de impuestos para financiar el transporte」(2026年11月6日) https://www.elmundo.es/comunidad-valenciana/2026/11/06/6aed9afefdddff59198b458d.html
- 文化: El Mundo「Kiko Veneno, cantante: "Hago yoga, como cosas saludables, no bebo mucho alcohol y dejé los porros"」(2026年11月5日) https://www.elmundo.es/cultura/musica/2026/11/05/6aecb5aae9cf4af7498b4570.html
- 文化: El País「Rodrigo Sorogoyen, Carlos Bardem, Alana S. Portero y Sara Barquinero, entre las más de 800 personalidades de la cultura que respaldan en un manifiesto la huelga general」(2026年11月6日) https://elpais.com/cultura/2026-11-06/rodrigo-sorogoyen-carlos-bardem-alana-s-portero-y-sara-barquinero-entre-las-mas-de-800-personalidades-de-la-cultura-que-respaldan-en-un-manifiesto-la-huelga-general.html
- 文化: El Mundo「Ruega por nosotras: La memoria encarcelada del franquismo」(2026年11月5日) https://www.elmundo.es/cultura/cine/2026/11/05/6aec476721efa063388b45a6.html
- フラメンコ: El Noticiero Digital「La XIV Semana Flamenca reunirá del 13 al 20 de noviembre espectáculos de cante, baile, guitarra y otras propuestas culturales」(2026年11月6日)
- フラメンコ: 101TV「La Porra Flamenca vuelve a Archidona este sábado con cante, baile y guitarra」(2026年11月6日)
- フラメンコ: Ayuntamiento de Almería「Disponibles las entradas para las seis veladas consecutivas del 59º Festival de Flamenco y Danza de Almería」(2026年11月6日)
- フラメンコ: Ayuntamiento de Zaragoza / Ayuntamiento de Pamplona「XIII Flamenco On Fire / Estación del Norte」(2026年11月6日)
- ギター: Andalucía.org「Niño de Pura」 https://www.andalucia.org/es/flamenco/artistas/nino-de-pura
- ギター: deflamenco.com「Niño de Pura」 https://www.deflamenco.com/revista/entrevistas/nino-de-pura-1.html
- ギター: Guitar Salon International「Francisco Barba」 https://www.guitarsalon.com/luthier/francisco-barba
- バイレ: Mercedes de Córdoba Official Website https://mercedesdecordoba.com/
- バイレ: La Bienal de Flamenco de Sevilla「Mercedes de Córdoba」 https://www.labienal.com/
- カンテ: Wikipedia「José Valencia (cantaor)」 https://es.wikipedia.org/wiki/Jos%C3%A9_Valencia_(cantaor)
- カンテ: LebrijaFlamenca.com「José Valencia」 https://www.lebrijaflamenca.com/
- 工房: Zavaleta's La Casa de Guitarras「Juan Miguel González」 https://zavaletas-guitarras.com/
- 工房: Guitarras de Luthier「Juan Miguel González」 https://www.guitarrasdeluthier.com/es/luthier/juan-miguel-gonzalez/14
- パロ: Andalucía.org / Centro Andaluz de Documentación del Flamenco「Tarantas」 https://www.centroandaluzdeflamenco.es/