ヘレスの音の建築家ボリータ、ホアキン・グリロ、ペドロ・エル・グラナイーノ、サンチェス工房、ナナ【2026/10/31】

2026-10-31 / スペイン便り


概要

「拍の揺りかごと、声を支える手」の回です。ギタリスト列伝は、ヘレスの舞踊学校で伴奏から出発し、ビッグバンド作品『Caótico』でセビリア・ビエナルのヒラルディージョを受け、ミゲル・ポベダやアルヘンティーナの名盤をプロデュースしてきたホセ・ケベド「ボリータ」。1998年ペドロ・デ・ミゲル製のギター(ドイツ松表板・インド・ローズウッド裏横板、弦長660ミリ、重さ1,680グラム)と、ヘロニモ・ペレス製のギターもたどります。バイレ列伝は、ボリータと同じヘレスのバレエ・アルバリズエラからパコ・デ・ルシアの七重奏団へ進み、足を打楽器のように響かせるホアキン・グリロ。カンテ列伝は、グラナダからセビリアへ出て青空市場で働きながら喉を鍛え、2020年のビエナルでカンテ最高賞のヒラルディージョを受け、今週マドリードのスマ・フラメンカを揺らしたペドロ・エル・グラナイーノ。工房だよりは、セビリア県エステパの家具職人の家から出て「古い名器の枯れた響き」を再現するフランシスコ・サンチェス。パロ解説は、アンダルシアの農村の揺りかごから生まれ、ロルカ、モレンテ、カマロンが深い詩へ高めた子守歌「ナナ」です。今日のスペイン語は「エン・ボカ・セラーダ、ノ・エントラン・モスカス(閉じた口にハエは入らない)」。

▼ 今日のトピック ・西サハラ国連ミッション(MINURSO)延長案、安保理で米露の拒否権応酬により宙に浮く ・ウルダ高速列車衝突続報、アトーチャ管制室の誤指示記録とプエンテ運輸相の「170回停止は正常」発言 ・スペイン王立アカデミー(RAE)、初の「デジタル・ネイティブ」辞書第24版と新語6,000語を発表/闘牛士ボルハ・ヒメネスと代理人フリアン・ゲラが4シーズンの関係に幕 ・マラガ出身の踊り手ラ・ルピに「アントニオ・ガリード・モラガ賞」/ヘスス・メンデスとホニ・ヒメネスがマドリードで「フラメンコの地図学」を開幕/「ヌエボ・フラメンコ」25周年特集/11月「フラメンコの月」とシェリー・ウィーク『オロロソ対ソレア』 ・ギター列伝: ホセ・ケベド「ボリータ」(José Quevedo “Bolita”) ・バイレ列伝: ホアキン・グリロ(Joaquín Grilo) ・カンテ列伝: ペドロ・エル・グラナイーノ(Pedro el Granaíno) ・工房だより: フランシスコ・サンチェス(Francisco Sánchez、セビリア県エステパ) ・パロ解説: ナナ(Nana、フラメンコの子守歌)

▼ 関連リンク(アーティスト・パロ・工房) ・ボリータ旧蔵 ペドロ・デ・ミゲル1998年製をアルベルト・フェルナンデスが試奏(ソレラ・フラメンカ公式) https://www.youtube.com/watch?v=hh1A_tJap3A ・ホセ・ケベド「ボリータ」&ペドロ・ハビエル・ゴンサレス、ヘロニモ・ペレス製ギター試奏(ソレラ・フラメンカ公式) https://www.youtube.com/watch?v=cAOWrOOBZzs ・ホセ・ケベド「ボリータ」ビッグバンド『Inicio… Caótico』(サラオ・フィルムズ公式) https://www.youtube.com/watch?v=EYlnihwt2jM ・ホセ・ケベド「ボリータ」&パキート・ゴンサレス リハーサル映像(オランダ・フラメンコ・ビエナル公式) https://www.youtube.com/watch?v=5RKZNkUmF_Q ・ホアキン・グリロ『Soleá por bulerías』1991年(アンダルシア・フラメンコ放送公式) https://www.youtube.com/watch?v=PUoranb_jzE ・ホアキン・グリロ『Farruca』1991年(アンダルシア・フラメンコ放送公式) https://www.youtube.com/watch?v=pIWXrd5NaPc ・ホアキン・グリロ『Farrucas』1989年(アンダルシア・フラメンコ放送公式) https://www.youtube.com/watch?v=KXDy4BWPtWY ・ペドロ・エル・グラナイーノ『Soleá』2020年(アンダルシア・フラメンコ放送公式) https://www.youtube.com/watch?v=ww91HGpcTa0 ・ペドロ・エル・グラナイーノ『La estrella』(ティエラ・デ・タレント公式) https://www.youtube.com/watch?v=pJRbs8RBsvE ・マヌエル・ロンボ&ペドロ・エル・グラナイーノ『Sevillanas』2020年(アンダルシア・フラメンコ放送公式) https://www.youtube.com/watch?v=P5g_Q-dgeYc ・フランシスコ・サンチェス インタビュー『EL CHESTER FLAMENCO』(ソレラ・フラメンカ公式) https://www.youtube.com/watch?v=nrxRykbKxXk ・フランシスコ・サンチェス 2021年製をホセ・アンドレス・コルテスが試奏(ソレラ・フラメンカ公式) https://www.youtube.com/watch?v=_o2LH-Hs9-A ・フランシスコ・サンチェスによる1924年製サントス・エルナンデス修復記録(本人公式) https://www.youtube.com/watch?v=UzW0bsFEU84 ・ベルナルド・エル・デ・ロス・ロビートス&ペリコ・エル・デル・ルナール『Nanas』1954年 https://www.youtube.com/watch?v=MjYAmrFS6qs ・エンリケ・モレンテ『Nanas de la cebolla』(公式配信) https://www.youtube.com/watch?v=Z6fOCa1FkcA ・カマロン・デ・ラ・イスラ『Nana Del Caballo Grande』(公式配信) https://www.youtube.com/watch?v=DgJVm2guo_Q

▼ 参考記事・ソース ・El País「El cruce de vetos entre Rusia y EE UU deja en el aire la misión de la ONU en el Sáhara」 https://elpais.com/internacional/2026-10-30/el-cruce-de-vetos-entre-rusia-y-ee-uu-deja-en-el-aire-la-mision-de-la-onu-en-el-sahara.html ・El País「Los controladores de Atocha ordenaron seguir el protocolo equivocado antes del choque entre el AVE y el Iryo: “Me estaba liando”」 https://elpais.com/espana/2026-10-30/los-controladores-de-atocha-ordenaron-seguir-el-protocolo-equivocado-antes-del-choque-entre-el-ave-y-el-iryo-me-estaba-liando.html ・El Mundo「Puente ve “normal” que el LZB se haya caído 170 veces en el último año en la línea Madrid Sevilla」 https://www.elmundo.es/economia/2026/10/30/6ae484a6fdddff57578b4588.html ・El País「El diccionario revoluciona la lengua con su primera edición “nativa digital”」 https://elpais.com/cultura/2026-10-30/el-diccionario-revoluciona-la-lengua-con-su-primera-edicion-nativa-digital-el-acta-de-nacimiento-de-los-diccionarios-del-futuro.html ・El Mundo「Borja Jiménez y Julián Guerra anuncian conjuntamente el fin de su relación de apoderamiento」 https://www.elmundo.es/cultura/toros/2026/10/30/6ae4c51ae85ece7c6a8b459e.html ・ExpoFlamenco「La Lupi, ganadora del premio Antonio Garrido Moraga de la Diputación de Málaga」 https://expoflamenco.com/revista/la-lupi-ganadora-premio-antonio-garrido-moraga-de-la-diputacion-de-malaga/ ・ExpoFlamenco「Jesús Méndez y Joni Jiménez abren Cartografías del flamenco con los cantes de Cádiz, Jerez y los Puertos」 https://expoflamenco.com/revista/jesus-mendez-y-joni-jimenez-abren-cartografias-del-flamenco-con-los-cantes-de-cadiz-jerez-y-los-puertos/ ・ExpoFlamenco「El Nuevo Flamenco cumple 25 años… ¡Y está vivo!」 https://expoflamenco.com/revista/el-nuevo-flamenco-cumple-25-anos-y-esta-vivo/ ・ExpoFlamenco「Agenda Espacio Expoflamenco del 1 al 15 de noviembre 2026」 https://expoflamenco.com/espacio/agenda-espacio-expoflamenco-del-1-al-15-de-noviembre-2026/ ・DeFlamenco「Pedro el Granaíno, sobrado y en trance en la Suma Flamenca」 https://www.deflamenco.com/revista/resenas-actuaciones/pedro-el-granaino-sobrado-y-en-trance-en-la-suma-flamenca.html

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スペイン文化・フラメンコ便り(2026年10月31日)

オープニング:2026年10月31日 — スペイン文化・フラメンコ便り

  • 今日のスペイン語は「エン・ボカ・セラーダ、ノ・エントラン・モスカス(En boca cerrada no entran moscas)」。直訳は「閉じた口にハエは入らない」。余計な一言を慎めば災いを招かないという戒めで、日本語の「口は災いの元」や「沈黙は金」に近いことわざである。
  • 今日の軸は「拍の揺りかごと、声を支える手」。ギタリスト列伝は、ヘレスの舞踊学校で伴奏から出発し、ビッグバンド作品『Caótico』でセビリア・ビエナルのヒラルディージョを受け、ミゲル・ポベダやアルヘンティーナの名盤をプロデュースしてきたホセ・ケベド「ボリータ」。昨日の工房だよりで触れた1998年ペドロ・デ・ミゲル製の1本と、ヘロニモ・ペレス製のギターもたどる。バイレ列伝は、ボリータと同じヘレスのバレエ・アルバリズエラからパコ・デ・ルシアの七重奏団へ進み、足を打楽器のように響かせるホアキン・グリロ。カンテ列伝は、グラナダからセビリアへ出て青空市場で働きながら喉を鍛え、2020年のビエナルでカンテのヒラルディージョを受け、今週マドリードのスマ・フラメンカを揺らしたペドロ・エル・グラナイーノ。工房だよりは、セビリア県エステパの家具職人の家から出て「古い名器の枯れた響き」を再現するフランシスコ・サンチェス。パロ解説は、アンダルシアの農村の揺りかごから生まれ、ロルカ、モレンテ、カマロンが深い詩へ高めた子守歌「ナナ」を掘り下げる。

国際情勢(スペイン視点)

  • 西サハラ国連ミッション、米露の拒否権応酬で宙に浮く: エル・パイス紙(10月30日)によると、国連安全保障理事会で10月30日、10月31日に期限を迎える国連西サハラ住民投票ミッション(MINURSO)の延長決議案をめぐり、米国とロシアが互いに拒否権を行使した。米国案はモロッコ主権下の自治計画を交渉の枠組みに据え、ミッション名から住民投票を指す「R」を外して「MINUSO」へ改める内容で、15か国中13か国が賛成し中国が棄権したが、ロシアが拒否権を使った。続くロシアの「技術的延長」案には米国が拒否権を返した。西サハラは1975年にスペインが撤退して以来半世紀にわたり脱植民地化が未了の地域であり、サンチェス政権がモロッコの自治案支持へ舵を切ったことへの国内左右両派の反発も根強い。モロッコのムハンマド6世が定めた「統一の祝日」を前に首都アイウンは飾られていたが、35年続いた国連ミッションが空白に陥る危機をスペイン紙は大きく報じている。

スペイン国内ニュース

  • ウルダ高速列車衝突、アトーチャ管制室の誤指示と運輸相の「170回停止は正常」発言: トレド県ウルダで69人が死亡したAVEと民間会社イリョの列車衝突事故をめぐり、エル・パイス紙(10月30日)は、マドリード・アトーチャ駅の管制室が事故直前、障害物の手前で減速して止まれる手順「LZB 3」ではなく、最高速度での走行を許す「LZB 4」を誤って指示していたと報じた。録音には管制官が「混乱していた(Me estaba liando)」と話す声が残っていた。一方、エル・ムンド紙(10月30日)によると、オスカル・プエンテ運輸相は、マドリード〜セビリア線の自動列車制御装置LZBが過去1年間に170回停止したことについて「システムの正常な範囲内に入る」と述べつつ、「鉄道の安全性への信頼が失われた」と認めた。プエンテ運輸相はサンチェス首相に進退を委ねたが首相が続投を支持し、「私が先頭に立って信頼を取り戻せる」と辞任を否定している。マドリード〜アンダルシア間の高速回廊ではアダムスとウルダの2つの惨事で計115人が命を落としており、国の基幹インフラへの不信が頂点に達している。

文化・芸能ニュース

  • スペイン王立アカデミー(RAE)、初の「デジタル・ネイティブ」辞書第24版と新語6,000語を発表: エル・パイス紙(10月30日)によると、スペイン王立アカデミー(RAE)は辞書の第24版を、初めて最初からデジタル環境を前提に設計した「デジタル・ネイティブ版」として発表した。サンティアゴ・ムニョス・マチャド院長が「未来の辞書の出生証明書」と位置づけた改訂で、新たに6,000語以上が追加された。新語には「ゴルドフォビア(肥満嫌悪)」「エコアンシエダ(環境不安)」「シベルアタケ(サイバー攻撃)」「トランス」「ブロントサウリオ(ブロントサウルス)」などと並び、日本の「ラーメン(ramen)」も正式に収録された。言葉の規範を守るアカデミーが、食文化やネット社会の日常語をどこまで受け入れるかは、スペイン人の言語への誇りと変化を映す鏡になっている。
  • 闘牛士ボルハ・ヒメネス、代理人フリアン・ゲラと4シーズンの関係に幕: エル・ムンド紙(10月30日)によると、セビリア県エスパルティナス出身の闘牛士ボルハ・ヒメネスと代理人フリアン・ゲラは10月30日、共同声明で4シーズンにわたるマネジメント関係の終了を発表した。マドリードのラス・ベンタス闘牛場での大勝利を経て第一線へ躍り出た4年間を「ファンと関係者の支えに感謝する」と締めくくっており、来季サン・イシドロ祭に向けた新たな体制づくりが注目される。

フラメンコニュース

  • マラガ出身の踊り手ラ・ルピにマラガ県議会の「アントニオ・ガリード・モラガ賞」: エクスポフラメンコ(10月30日)によると、マラガ県議会が主催するマラガ文化賞「アントニオ・ガリード・モラガ賞」(賞金1万5,000ユーロ)の受賞者に、10月22日のバイレ列伝で紹介したマラガ出身のバイラオーラ、ラ・ルピが選ばれた。150件の候補の中から、マラガから世界へフラメンコを広めた長年の歩みと「強い個性、優雅さ、独自の舞踊言語」が評価されたもので、授賞式は11月18日にマリア・ビクトリア・アテンシア文化センターで開かれる。アンダルシアの地方自治体が、地元のヒターナの踊り手を現代美術や演劇と並ぶ「県の文化の顔」として顕彰する動きである。
  • ヘスス・メンデスとホニ・ヒメネス、マドリードで「フラメンコの地図学」を開幕: エクスポフラメンコ(10月30日)によると、マドリードのフアン・マルク財団で10月30日18時、新シリーズ「フラメンコの地図学(Cartografías del flamenco)」の第1回『揺りかご:カディス、ヘレス、ロス・プエルトス』が開かれた。19世紀のフラメンコ形成にカディス湾岸とヘレスが果たした役割を1時間半でたどる企画で、音楽学者ファウスティノ・ヌニェスが解説を務め、ヘレスのサン・ミゲル地区出身の歌い手ヘスス・メンデスと、マドリードのカニョ・ロト流派で2024年にラ・ウニオンの最高賞ボルドン・ミネロを受けた若手ギタリスト、ホニ・ヒメネスが出演した。マルティネーテ、アレグリアス、エル・メジソのマラゲーニャ、ティエント・タンゴ、カディスのソレア、シギリージャ、ブレリア、ファンダンゴまで、土地ごとの型を実演で示す試みである。
  • 「ヌエボ・フラメンコ」25周年、ホセ・エル・フランセスやラス・チュチェスの現在: エクスポフラメンコ(10月30日)は、2000年前後に大衆音楽のチャートを席巻した「ヌエボ・フラメンコ(新しいフラメンコ)」から25年を振り返る特集を組んだ。フアン「エル・カンボリオ」に背中を押されて『Ya no quiero tu querer』を録音し80万枚を売ったモンペリエ生まれのヒターノ歌手ホセ「エル・フランセス」や、メンバーのサラが12歳のときに『Cómo ronea』を大ヒットさせたコルドバの3人組ラス・チュチェス、マイタ・ベンデ・カ、ラ・バルベリア・デル・スールのエル・ネグリらが今も活動を続けていることを紹介している。ラス・チュチェスは「私たちの家ではギターを弾けない者は打楽器を叩くか歌った。フラメンコは日常の空気だった」と振り返っており、伝統の純粋主義からは距離を置かれつつも、ルンバのコンパスとスペイン・ギターの響きを広く浸透させた足跡が見直されている。
  • 11月は「フラメンコの月」、ヘレスのシェリー・ウィークで『オロロソ対ソレア』: エクスポフラメンコ(10月30日)は、2010年11月16日にユネスコがフラメンコを人類の無形文化遺産に宣言したことにちなむ「フラメンコの月」の11月前半の日程を発表した。11月3日12時にはウエルバの歌い手ヘスス・コルバチョが新作『De Oriente a Occidente』を語り、11月5日18時30分には国際シェリー酒週間「シェリー・ウィーク2026」の特別企画として『ヘレスのオロロソ対ソレア(El oloroso de Jerez versus la soleá)』が開かれる。11月12日21時にはヘレスのペーニャ・ティオ・ホセ・デ・パウラの第29回カンテ講座で、エル・ソルデーラ・デ・ヘレスの公式伝記をめぐる講演も行われる。

フラメンコギタリスト列伝

  • 今日の一人はホセ・ケベド「ボリータ」(José Quevedo "Bolita"、本名ホセ・ケベド・ガルシア)。1974年7月7日、カディス県ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ生まれのギタリスト、作曲家、音楽プロデューサーである。
  • 生い立ちと師匠(ヘレスの学校と舞踊伴奏): 伝統の町ヘレスで14歳ごろギターを始め、地元の名教師ホセ・ルイス・バラオ(10月14日のアルフレド・ラゴスや10月16日のサンティアゴ・ララも学んだ理論派の師)、マヌエル・ロサーノ「エル・カルボネロ」、ホセ・アンヘル・ルピオンに師事した。同時にアンヘリータ・ゴメスの舞踊教室や地元の青年舞踊団「バレエ・アルバリズエラ」で踊りの伴奏を徹底的に鍛え、今日のバイレ列伝の主役ホアキン・グリロらと同世代として舞台の呼吸を覚えた。
  • 転機1(19歳でマドリードへ、伴奏の名手とUHF結成): 1993年、19歳でマドリードへ移り、踊りではホアキン・グリロ、マヌエラ・カラスコ、アントニオ・カナレス、サラ・バラス、ハビエル・バロン、イスラエル・ガルバン、歌ではミゲル・ポベダ、アルヘンティーナ、マリナ・エレディア、カルメン・リナレス、エル・ペレら第一線の伴奏者として引っ張りだこになった。また打楽器のパキート・ゴンサレス、バイオリンのアレクシス・ルフェーブル、コントラバスのパブロ・マルティン・カミネロと4人組の器楽集団「UHF(ウルトラ・ハイ・フラメンコ)」を結成し、2007年の初作『UHF』と2011年の『Bipolar』で、歌のない器楽フラメンコの新しい地平を拓いた。
  • 転機2(2012〜2013年、名プロデューサーから初の独奏盤『Fluye』へ): 裏方のプロデューサー・作曲家として、10月27日のカンテ列伝アルヘンティーナの2006年の初作から『Un viaje por el cante』(2012年)、『Sinergia』(2014年)までを手がけ、昨日のカンテ列伝ミゲル・ポベダの『arteSano』(2012年)と『Real』(2013年)、マリナ・エレディアの『A mi tempo』(2013年)、10月18日のヘスス・ゲレーロの『Calma』(2016年)などを次々と制作し、ラテン・グラミー賞の候補や批評家賞の最優秀プロデューサー賞を重ねた。そして2013年、満を持して発表した初のソロ・アルバム『Fluye(フルイェ=流れる)』が、エル・パイス紙の年間最優秀フラメンコ・アルバムに選ばれた。
  • 転機3(2018年〜、『Caótico』でビエナルのヒラルディージョ受賞、そして『Fértil』へ): 2018年の第20回セビリア・ビエナルで、ジャズのビッグバンドや金管楽器とフラメンコ・ギターを融合させた大作『Caótico(カオティコ=混沌)』を初演し、「他の音楽との対話」部門のヒラルディージョ賞を受賞した。音楽における秩序と混沌の境界を探ったこの企画は「ボリータ・ビッグバンド」として各地の音楽祭を回った。その後、近作『Fértil(フェルティル=肥沃)』では一転して、ギターとパキート・ゴンサレスの打楽器だけという最小編成へ絞り込み、ロンデーニャ、アレグリアス、ブレリア、ソレア、タンギージョを最小の音数で掘り下げている。
  • 使用ギター1(1998年のペドロ・デ・ミゲル): 昨日の工房だよりで紹介したとおり、マドリードの販売店ソレラ・フラメンカの記録には、ペドロ・デ・ミゲル工房のペドロ・ペレス(1958〜2008年)が1998年にボリータのために製作した1本が残っている。同じ1998年にペペ・アビチュエラ、ミゲル・アンヘル・コルテスの分と合わせて3本同じ仕様で作られたうちの1本で、表面板は厳選されたドイツ松、裏板と側板はインド・ローズウッド(ネグラ)、弦長はコルテスの664ミリより少し短い660ミリ、重さは1,680グラムで、割れも修理もない。ソレラ・フラメンカ公式の『Bolita's Pedro de Miguel 1998 flamenco guitar for sale played by Alberto Fernández』では、ボリータが所有したこの1998年製の実器をギタリストのアルベルト・フェルナンデスが試奏しており、親指のアタックの速さと、インド・ローズウッドの深い低音、ラスゲアードで和音が塊にならず澄んで広がる響きを直接聴くことができる。
  • 使用ギター2(ヘロニモ・ペレス製ギターの試奏と音色の好み): 10月17日の工房だよりで扱ったカディス県アルゴドナレスの製作家ヘロニモ・ペレスの楽器も弾いている。ソレラ・フラメンカ公式の『José Quevedo "Bolita" & Pedro Javier González plays the Jerónimo Pérez guitars in Solera Flamenca』では、ボリータ本人がペドロ・ハビエル・ゴンサレスと並んでヘロニモ・ペレスのギターを弾き、2本のギターがブレリアのコンパスをやり取りする中で、低音の乾いた弾力と左手のレガートの滑らかさを確かめている。ボリータはYouTubeの録音講座でも「フラメンコ・ギターの録音では、部屋の空気感と木の自然な倍音を潰さないことが最も大切だ」と語っており、プロデューサーとしての耳が楽器選びにも貫かれている。
  • 代表作1(ビッグバンドとの対話): サラオ・フィルムズ公式の『Inicio... Caótico. Bolita Big Band. José Quevedo Bolita』。ヒラルディージョを受けた『Caótico』の冒頭曲『Inicio(始まり)』の映像である。静かなギターのアルペジオと和音の導入から、パキート・ゴンサレスの打楽器と金管セクションが重なっていく場面で、管楽器の厚い和声の中でもフラメンコ・ギターの親指の打弦が埋もれず、拍の重心を引っ張っていく構成に注目したい。
  • 代表作2(打楽器との最小編成): オランダ・フラメンコ・ビエナル公式の『Rehearsals José Quevedo ‘Bolita’, Paquito González (V Flamenco Biënnale Nederland)』。長年の盟友であるサンルーカル・デ・バラメダ出身の打楽器奏者パキート・ゴンサレスと二人だけで合わせるリハーサル映像である。カホンとセピージョ(ブラシ)の細かな刻みの上で、ボリータが右手のラスゲアードを短く切り、左手の複雑なジャズ的テンション・コードをヘレスの拍へ着地させる呼吸が、舞台裏の近さで鮮明に捉えられている。
  • 技法と比較、現在の活動、おすすめの入り方: 同じヘレス出身のディエゴ・デル・モラオ(9月25日・10月3日の列伝)がモラオ家の伝統的な親指のドライブとシンコペーションを前面に出し、サンティアゴ・ララ(10月16日の列伝)がマノロ・サンルーカル直系の管弦楽法へ向かったのに対し、ボリータは「歌い手や踊り手のアルバムを設計するプロデューサーの俯瞰の目」と「ビッグバンドから二人編成まで自在に伸縮する和声感覚」を併せ持つ。2026年5月21日にはマドリードの「シルクロ・フラメンコ・デ・マドリード」(テアトロ・フラメンコ・マドリード)で独奏リサイタルを開き、健在ぶりを示した。初めて聴く人は、まずパキート・ゴンサレスとのリハーサル映像でヘレスの拍の切れ味を聴き、次に『Caótico』でビッグバンドを率いる作曲家の顔を、最後に1998年ペドロ・デ・ミゲル実器の試奏映像で、彼が若い日に求めた木の音色を確かめるとよい。

フラメンコバイレ列伝

  • 今日の一人はホアキン・グリロ(Joaquín Grilo)。1968年7月20日、カディス県ヘレス・デ・ラ・フロンテーラのポソ・オリバール地区生まれのバイラオール、振付家である。姉は歌い手のカルメン・グリロ、兄はパルマの名手カルロス・グリロというフラメンコ一家に育った。
  • 生い立ちと師匠(クリストバル・エル・ヘレサーノとバレエ・アルバリズエラ): 幼いころにクリストバル・エル・ヘレサーノの教室で踊りを始め、続いてヘレスの名門であるフェルナンド・ベルモンテとパコ・デル・リオの舞踊スタジオに入った。わずか15歳で青年舞踊団「バレエ・アルバリズエラ」の第一舞踊手に抜擢され、欧州、アフリカ、中東を巡演した。この舞踊団には10月14日のギタリスト列伝アルフレド・ラゴスや今日のギタリスト列伝のボリータも伴奏者として関わっており、1980年代後半のヘレスの若手たちが互いに腕を磨いた揺りかごだった。
  • 転機1(1986〜1990年、コルドバ全国コンクール優勝とマドリード進出): 1986年のコルドバ全国フラメンコ芸術コンクールで名誉賞、1987年のテレビ番組『ヘンテ・ホーベン』舞踊部門受賞を経て、1989年の第12回コルドバ全国コンクールで「ビセンテ・エスクデロ」1位を獲得した。1990年にマドリードへ移り、テアトロ・バレエ・エスパニョールやルイシージョの舞踊団、ラ・タティ、ローラ・フローレスと共演し、アントニオ・カナレスやホアキン・コルテス、クリストバル・レジェスとも同じ舞台に立った。
  • 転機2(1994〜1999年、パコ・デ・ルシアの七重奏団で世界へ): 1990年代半ば、パコ・デ・ルシアのセプテット(七重奏団)にバイラオールとして迎えられ、数年にわたり世界中の大ホールを回った。パコのギター、ホルヘ・パルドのフルート、カルレス・ベナベントのベース、ルベン・ダンタスのカホンという超一流の器楽陣の真ん中で、足を「もう一つのソリストの打楽器」として対等に渡り合うスタイルを確立した。並行してビセンテ・アミーゴやジャズ・ピアニストのチャノ・ドミンゲスとも共演を重ねた。
  • 転機3(1999年〜、自身の舞踊団設立とヘレス・フェスティバルの数々の賞): 1999年10月に自身の舞踊団を立ち上げ、処女作『Grilo』に続き、『De noche』(2001年)、第10回ヘレス・フェスティバルで初演した独舞作品『A solas』(2006年)、『Leyenda personal』(2008年)、『Reencuentro』(2010年)、『La mar de flamenco』(2012年)、『Cositas mías』(2014年)などを次々と発表した。ヘレス・フェスティバルでは批評家賞と観客賞を何度も受け、専門誌『フラメンコ・オイ』の最優秀バイラオール賞やコパ・デ・ヘレスも受賞している。2004年にはスペイン国立バレエ団のために『Tiempo』を振り付け、カルロス・サウラ監督の映画にも出演した。
  • 代表作1(23歳のソレア・ポル・ブレリア): アンダルシア公共放送の公式チャンネル「カナル・アンダルシア・フラメンコ」の『Soleá por bulerías. Joaquín Grilo. 1991』。1991年、マドリードへ出たばかりの23歳のグリロがソレア・ポル・ブレリアを踊る記録映像である。歌い手のレトラを受けたゆったりしたマルカヘ(足と上体で拍を刻む動き)から、エスコビージャ(足技の独奏部)へ入った瞬間に、つま先とかかとの連打が機関銃のように加速しながらも、12拍の重心が少しも前に滑らない点が見どころである。
  • 代表作2(1991年のファルーカ): 同じカナル・アンダルシア・フラメンコ公式の『Farruca. Joaquín Grilo. 1991』。昨日のパロ解説のサパテアードと並び、男性舞踊の技巧が試される4拍子のファルーカである。白いシャツに黒のズボンという簡素な装いで、激しい足の連打の直後にピタリと動きを止めるデプランテ(静止の決め)の角度と、両腕(ブラソ)を無駄なく引き上げる端正な線の美しさを確認できる。
  • 代表作3(コルドバ優勝年のファルーカ): カナル・アンダルシア・フラメンコ公式の『Farrucas. Jose Peña Menéndez y Joaquín Grilo. 1989』。コルドバ全国コンクールで1位を取った1989年の貴重な映像で、21歳のグリロが若々しい跳躍と鋭い回転を見せる。1991年版と見比べると、わずか2年のあいだに上体の落ち着きと足の音色の変化がどれほど深まったかがよく分かる。
  • 技法と比較、現在の活動、おすすめの入り方: セビリアのイスラエル・ガルバン(9月18日・10月7日の列伝)が伝統の型を解体する前衛へ進み、ファルキート(9月23日の列伝)がファルーコ家の野性的な爆発力を体現するのに対し、グリロはパコ・デ・ルシアの七重奏団やジャズ奏者との共演で磨いた「器楽的なシンコペーションとポリリズムの足技」を、ヘレスの粋な身のこなし(アイレ)と結びつけた点に独自の位置がある。今年は2026年2〜3月の第30回ヘレス・フェスティバルに出演して労働歌や鍛冶屋の歌の根を探る舞台を見せ、来月2026年11月20日にはマドリード州トレロドネスの「第23回トレロドネス・フラメンコ・フェスティバル」(副題「ヘレス:コンパスの揺りかご」)のテアトロ・ブレバールで代表作『Grilo』を踊る。まずは1991年の『Soleá por bulerías』でヘレスの12拍の乗り方を、次に『Farruca』で足音だけで旋律を描く技術を味わいたい。

フラメンコカンテ列伝

  • 今日の一人はペドロ・エル・グラナイーノ(Pedro el Granaíno、本名ペドロ・エレディア・レジェス)。1973年、グラナダ生まれのヒターノのカンタオールである。
  • 生い立ちと下積み(グラナダからセビリアへ、青空市場の露天商から舞台へ): グラナダのヒターノの家庭に生まれ、幼いころから家の中でフラメンコを聴いて育ったが、家に職業歌手の看板があったわけではない。18歳でセビリアへ移り住み、長年アンダルシア各地のメルカディージョ(青空市場)で露天商として働きながら生計を立てた。本人はのちに新聞ABCの取材で、市場で声を張り上げて客を呼び、仲間と歌い合った日々が、自分の声の響きと引き裂くような「ケヒオ(嘆きの節)」を鍛えたと語っている。
  • 転機1(ファルーコ一家との出会いと伴唱デビュー): 転機は30代になってから訪れた。私的な集まりでファルキート、アントニオ・カナレス、歌い手グアディアナらの前で歌ったところ、その圧倒的な喉が注目を集め、ファルーコ一家(ロス・ファルーコス)の強い勧めで舞踊団に加わった。マドリードで上演された『Al Natural』でプロの伴唱歌手としてデビューし、『De Farruca a Faraona』『Los Farrucos』『Puro』『Solerías』などの舞台で、激しい踊りの背後から会場の空気を一変させる歌声で知られるようになった。
  • 転機2(2012〜2013年、ヘレスでの独唱デビューとコルドバ全国コンクール2位): 巨匠たちへの敬意を込めた舞台『Homenaje a los Grandes』を経て独唱家として独立し、2012年のヘレス・フェスティバル(ビジャビセンシオ宮殿)で初のソロ・リサイタルを開いて批評家の絶賛を浴び、同年のセビリア・ビエナルにも出演した。翌2013年には第20回コルドバ全国フラメンコ芸術コンクールのカンテ部門で2位を受賞し、伴唱歌手から独唱の主役へと完全に地歩を固めた。
  • 転機3(2017〜2020年、ビエナルのヒラルディージョ受賞と名手たちとの共演): 2017年にカナル・スールの「エル・プブリコ」特別賞とアルメリアの老舗ペーニャ「エル・タラント」賞を受け、2020年の第21回セビリア・ビエナルでカンテ部門の最高賞ヒラルディージョを受賞した。ビセンテ・アミーゴのアルバム『Memoria de mis sentidos』(『Réquiem』『Cuatro lunas』)や、トマティート、エンリケ・モレンテ、エストレージャ・モレンテ、アレハンドロ・サンスの作品に参加し、カルロス・サウラ監督の映画『フラメンコ・フラメンコ』にも出演した。
  • 代表作1(ヒラルディージョ受賞年のソレア): カナル・アンダルシア・フラメンコ公式の『Soleá. Pedro El Granaíno. A dos voces. 2020』。ヒラルディージョを受けた2020年の番組『A dos voces』でのソレアの演奏である。長年パートナーを務めるコルドバのギタリスト、アントニオ・デ・パトロシニオ・イホの伴奏に乗り、冒頭の低い語りかけるような出しから、高音で声が銅のようにかすれて割れる(ライホ)瞬間まで、カマロン・デ・ラ・イスラやチョコラーテの系譜を継ぐ「ブロンズ色の声」の真髄を聴くことができる。
  • 代表作2(同郷モレンテへの敬意『ラ・エストレージャ』): アンダルシア公共放送の番組公式チャンネル「ティエラ・デ・タレント」の『Pedro 'El Granaíno' canta 'La estrella' en Tierra de Talento 'Especial 28F'』。アンダルシアの日(2月28日)の特別番組で、同郷グラナダの先人エンリケ・モレンテとエストレージャ・モレンテで知られる名曲『La estrella(星)』を歌った映像である。重く暗いソレアとは対照的に、甘い旋律の語尾を細かく震わせる節回しに、モレンテから受け継いだグラナダの叙情性が表れている。
  • 代表作3(マヌエル・ロンボとのセビジャーナス): カナル・アンダルシア・フラメンコ公式の『Sevillanas. Flamencura. Manuel Lombo y Pedro El Granaíno. 2020』。端正な歌い口のセビリアの歌手マヌエル・ロンボと並んでセビジャーナスを歌う映像で、二人の声質の対比によって、グラナイーノのざらついた金属的な倍音がいっそう際立つ。
  • 声質と比較、今週のマドリード公演、おすすめの入り方: 昨日のミゲル・ポベダがバダロナの歌のない家庭からラ・ウニオンの大会とコプラへ道を広げ、10月24日のアルカンヘルがウエルバの澄んだ高音と知的な構成で聴かせるのに対し、ペドロ・エル・グラナイーノは青空市場とファルーコ家の舞踊伴唱で鍛えた「生身の叫び」で、トマス・パボン、チョコラーテ、カマロンの古典的なヒターノのカンテを現代に蘇らせる歌い手である。今週2026年10月25日には、マドリードの第21回スマ・フラメンカ(パコ・ラバル文化センター)で、ファルキートが2011年に書いたブレリアから題を取った『Dicen que para cantar(歌うためには、と言う)』をアントニオ・デ・パトロシニオ・イホのギターで歌い、専門誌デフラメンコ(10月26日付)は「孫に語り継ぐような一晩」「余裕とトランス状態」と激賞した。10月29日のカンテ列伝マリア・テレモトの2025年作『Manifiesto』にも客演している。まずは2020年の『Soleá』で喉の深さを、次に『La estrella』でグラナダの優しい節回しを聴き比べたい。

フラメンコギター工房だより

  • 全履歴(output/*/spain.md と output/spain_archive.md、および直近の予約表)を照合し、工房だよりの主役として未紹介のスペイン国内の製作家、セビリア県エステパのフランシスコ・サンチェス(Francisco Sánchez)を取り上げる(10月26日のホセ・デル・トマテの回で2018年製の使用例に一文触れたが、工房・製作家としては初の特集である)。
  • 家具職人の家からギター製作へ(1958年生まれ、1999年開業): 専門販売店ソレラ・フラメンカとシッカス・ギターズの記録によると、フランシスコ・サンチェスは1958年、セビリア県東部の町エステパ(クリスマスの伝統菓子マンテカードでも知られる町)の家具職人(エバニスタ)の家に生まれた。幼いころから木材の性質と加工を体で覚え、1999年にプロのギター製作・修復家として独立した。ソレラ・フラメンカ公式のインタビュー映像『"EL CHESTER FLAMENCO": FRANCISCO SÁNCHEZ, Maestro Guitarrero en Estepa. PART.1』では、エステパの工房で本人が木工から楽器作りへ進んだ歩みを語っている。
  • 木材・寸法・重さの具体例: 彼が作るフラメンコ・ギターは、ドイツ松またはシダーの表面板に、スペイン産シープレス(糸杉)の裏板・側板を合わせた「ブランカ」と、インド・ローズウッドやカエデを合わせたモデルがある。ソレラ・フラメンカの記録では、2017年製のブランカ(ドイツ松+シープレス)は弦長650ミリ、ナット幅53ミリ、重さ1,500グラム。2019年製と2021年製のブランカは弦長655ミリ、ナット幅52ミリ(ナットでの弦間43ミリ)、重さ1,440〜1,490グラムと非常に軽い。ソレラ・フラメンカ公式の『Francisco Sánchez 2021 flamenco guitar for sale played by José Andrés Cortés』では、ギタリストのホセ・アンドレス・コルテスがこの2021年製を弾いており、乾いたシープレスの即応性と深い低音を聴くことができる。
  • 古い名器の修復と「最初から枯れた音」: サンチェスが高い評価を受ける理由は、新作でありながら、サントス・エルナンデスやマルセロ・バルベロといった20世紀前半の古典名器を思わせる「熟成した枯れた響き(ソレラ)」と、左右両手の弾きやすさを両立させている点にある。彼自身、歴史的名器の修復を数多く手がけており、本人公式チャンネルの『Guitarra flamenca Santos Hernández de 1924 restaurada por Francisco Sánchez』では、1924年製のサントス・エルナンデスを修復した記録を公開している。100年前の名器の内部構造や板の厚みを修復の現場で直接触れ続けてきた経験が、10月26日のホセ・デル・トマテ(2018年製を使用)ら現代の演奏家に選ばれる音作りを支えている。

フラメンコのパロ解説

  • 今日のパロはナナ(Nana、フラメンコの子守歌)。スペイン語で「子守歌」を意味し、過去全回のパロ解説で未紹介の曲種である。祝祭の騒ぎや激しい足技から最も遠い、親が子どもを寝かしつける親密な場から生まれた静かな歌である。
  • 起源と歴史(諸説と農村の歌からの歩み): アンダルシアの農村やコルティージョ(農場)の軒先、囲炉裏端で母親が揺りかごを揺らしながら口ずさんだ民間の子守歌が起源とされる。フラメンコの分類では、麦打ちの歌(トリージャ)などと同じ「カンテ・カンペロ(野良・農村の歌)」に位置づけられ、無伴奏のトナーなどと同じく狭い音域で歌われる古い旋法の記憶を残している。諸説あるものの、1922年に詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカがグラナダの講演『スペインの子守歌(Las nanas infantiles)』で「スペインの子守歌がこれほど悲しいのはなぜか」と問いかけ、アンダルシアの子守歌の深い哀愁に光を当てたことが、芸術としての再評価の大きな契機となった。レコード録音としてパロの形を広く定着させたのは、1954年の歴史的録音集『カンテ・フラメンコ選集(Antología del Cante Flamenco)』で、歌い手ベルナルド・エル・デ・ロス・ロビートスがギタリストのペリコ・エル・デル・ルナールの伴奏で吹き込んだナナである。
  • コンパス(自由リズムの揺りかごから、2拍子・シギリージャの5拍へ): 本来のナナは厳密な拍子に縛られない「自由リズム(アド・リビトゥム)」で、声を張らず「ア・メディア・ボス(半分の声量でささやくように)」歌われる。その内面的な拍を作るのは、揺りかごを前後に揺らすゆっくりした2拍子(「イチ、ニ、イチ、ニ」)の反復である。一方、舞台でギター伴奏を伴う場合には、その哀切な曲調から、シギリージャと同じ変拍子のコンパス(12拍を「短・短・長・長・短」の5つの区切りに分ける型)に乗せて演奏されることも多い。数えてみると「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12」、つまり「イチ、ニ/サン、シ/ゴ、ロク、ナナ/ハチ、ク、ジュウ/ジュウイチ、ジュウニ」と、3拍伸ばす5拍目と8拍目で揺りかごが深く沈み込むような呼吸になる。パルマ(手拍子)は入れないか、入れる場合も手のひらを丸めてくぐもった音を出す「ソルダ」でごく控えめに添える。
  • 調性・典型的なコード進行とギターの構え: ギターは通常、6弦のEを主音とするフリジア旋法(ポル・アリーバ=ミのフラメンコ調)か、5弦のAを主音とするフリジア旋法(ポル・メディオ=ラのフラメンコ調)で弾き、歌い手の声域に合わせてカポタストを置く。Eのフリジア旋法(ポル・アリーバ)の場合、基本となるのは「Am → G → F → E」と階段を下りるアンダルシア終止と、主和音Eと半音上のFを静かに行き来する「E ↔ F」(または開放弦の響きを残したFmaj7やG6)の揺れである。ギターは激しいラスゲアード(かき鳴らし)を控え、親指のアルペジオで揺りかごの反復音型を静かに刻み、歌が途切れた隙間に短いファルセータを添える。
  • レトラ(歌詞)の形式とテーマ: 伝統的なレトラは、7音節と5音節が交互に並ぶ4行詩(セギディージャに近い「7・5・7・5」音節で、偶数行が母音韻を踏む形)が多い。古い民間の詞では「この子は眠りたがっているのに、眠りの悪魔(ココ)が邪魔をする」「おやすみ、朝の星よ」といった素朴な言葉を繰り返すが、20世紀後半にはロルカやミゲル・エルナンデスといった詩人の近代詩がナナの旋律に乗せられ、貧困、牢獄、死、親子の別れを歌う深い表現へと広がった。
  • カンテ・ギター・バイレの聴きどころと構成: カンテの聴きどころは、大声で叫ぶのではなく、息を混ぜた柔らかい声で母音を長く揺らし、子守歌の優しさの奥に大人の孤独や痛みをにじませる「抑えた表現」にある。バイレ(踊り)で取り上げられることは少ないが、10月22日のバイレ列伝で紹介したラ・ルピがミゲル・ポベダの公演『arteSano』(2012年)でナナを踊ったように、足技(サパテアード)を封印し、ショール(マントン)や両腕(ブラソ)の緩やかな曲線だけで揺りかごの静けさを描く場面として劇的に使われる。
  • 代表録音・映像1(1954年の古典の型): 音源アーカイブの『Nanas - Bernardo el de los Lobitos & Perico el del Lunar』。1954年の『カンテ・フラメンコ選集』に収められた、セビリア県アルカラ・デ・グアダイラ出身のベルナルド・エル・デ・ロス・ロビートス(1887〜1969年)の録音である。ペリコ・エル・デル・ルナールのギターがEとFの和音を時計の振り子のように淡々と往復する上で、飾りすぎない素朴な声がいかに優しく「ア・メディア・ボス」で歌い継がれてきたかを確認できる。
  • 代表録音・映像2(獄中の詩を歌ったモレンテ): エンリケ・モレンテ公式配信の『Nanas de la cebolla (Nanas) (2015 Remastered)』。詩人ミゲル・エルナンデスが1939年、フランコ体制下の獄中で、妻と生まれたばかりの息子が「パンと玉ねぎしかない」暮らしをしていると知って書いた詩『玉ねぎの子守歌』に、モレンテが1971年のアルバム『Homenaje a Miguel Hernández』でナナの節を付けた名演である。伴奏は同じくペリコ・エル・デル・ルナール(息子)で、伝統的なナナの揺れの中に獄中の父の慟哭が重なる。
  • 代表録音・映像3(ロルカの詩を革新したカマロン): カマロン・デ・ラ・イスラ公式配信の『Nana Del Caballo Grande (Nana - Remastered 2018)』。1979年の問題作『La leyenda del tiempo(伝説の時間)』の最後を飾る曲で、ロルカの戯曲『血の婚礼』に出てくる「水を飲みたがらない大きな馬の子守歌」を、リカルド・パチョンとキコ・ベネーノの編曲で歌った。ほとんど伴奏が消えた空間にカマロンの細い高音が浮かび上がり、伝統のナナが現代音楽の普遍的な祈りへと昇華された瞬間を聴き比べたい。
  • 似たパロとの聴き分け方: 同じ農村起源で自由リズムの「トリージャ(麦打ちの歌)」とは、トリージャが明るい長調で馬を励ます掛け声や鈴の音を入れるのに対し、ナナはフリジア旋法の陰影の中で声を潜めて揺らす点で聴き分けられる。また「シギリージャ」とは、同じEまたはAのフリジア旋法や5拍のコンパスを共有することがあっても、シギリージャが最初から声を張り上げて悲劇を叫ぶのに対し、ナナは揺りかごの穏やかな反復と短い音域の優しい節回しを保つ点で区別できる。

まとめ

  • 2026年10月31日のスペインは、「拍の揺りかごと、声を支える手」で結ばれた一日だった。ヘレスの青年舞踊団から出発し、1998年のペドロ・デ・ミゲル製のギターを弾き、名歌手たちの盤を設計しながら『Caótico』と『Fértil』へ進んだホセ・ケベド「ボリータ」。同じヘレスの揺りかごからパコ・デ・ルシアの七重奏団へ飛び出し、足を打楽器のように響かせるホアキン・グリロ。青空市場の露天商からファルーコ一家を経てヒラルディージョに至り、今週マドリードを震わせたペドロ・エル・グラナイーノ。1924年のサントス・エルナンデスを修復する手で新しい名器を生むエステパのフランシスコ・サンチェス。そして、揺りかごのささやきからロルカとモレンテ、カマロンの祈りへ届いた子守歌ナナ。一方で、西サハラの国連ミッション停止の危機や、ウルダ列車事故の管制室記録は、言葉と責任の重さを突きつけている。

参考ソース

  • 国際: El País「El cruce de vetos entre Rusia y EE UU deja en el aire la misión de la ONU en el Sáhara」(2026年10月30日) https://elpais.com/internacional/2026-10-30/el-cruce-de-vetos-entre-rusia-y-ee-uu-deja-en-el-aire-la-mision-de-la-onu-en-el-sahara.html
  • 国内: El País「Los controladores de Atocha ordenaron seguir el protocolo equivocado antes del choque entre el AVE y el Iryo: “Me estaba liando”」(2026年10月30日) https://elpais.com/espana/2026-10-30/los-controladores-de-atocha-ordenaron-seguir-el-protocolo-equivocado-antes-del-choque-entre-el-ave-y-el-iryo-me-estaba-liando.html
  • 国内: El Mundo「Puente ve "normal" que el LZB se haya caído 170 veces en el último año en la línea Madrid Sevilla」(2026年10月30日) https://www.elmundo.es/economia/2026/10/30/6ae484a6fdddff57578b4588.html
  • 国内: El País「Sánchez: “Hay una confianza quebrada en el sistema de alta velocidad”」(2026年10月30日) https://elpais.com/espana/2026-10-30/sanchez-hay-una-confianza-quebrada-en-el-sistema-de-alta-velocidad.html
  • 文化: El País「El diccionario revoluciona la lengua con su primera edición “nativa digital”: “El acta de nacimiento de los diccionarios del futuro”」(2026年10月30日) https://elpais.com/cultura/2026-10-30/el-diccionario-revoluciona-la-lengua-con-su-primera-edicion-nativa-digital-el-acta-de-nacimiento-de-los-diccionarios-del-futuro.html
  • 文化: El País「Gordofobia, trans, ecoansiedad, ciberataque, brontosaurio o ramen: las nuevas palabras que entran en el Diccionario」(2026年10月30日) https://elpais.com/cultura/2026-10-30/gordofobia-trans-ecoansiedad-ciberataque-brontosaurio-o-ramen-las-nuevas-palabras-que-entran-en-el-diccionario.html
  • 文化: El Mundo「Borja Jiménez y Julián Guerra anuncian conjuntamente el fin de su relación de apoderamiento」(2026年10月30日) https://www.elmundo.es/cultura/toros/2026/10/30/6ae4c51ae85ece7c6a8b459e.html
  • フラメンコ: ExpoFlamenco「La Lupi, ganadora del premio Antonio Garrido Moraga de la Diputación de Málaga」(2026年10月30日) https://expoflamenco.com/revista/la-lupi-ganadora-del-premio-antonio-garrido-moraga-de-la-diputacion-de-malaga/
  • フラメンコ: ExpoFlamenco「Jesús Méndez y Joni Jiménez abren Cartografías del flamenco con los cantes de Cádiz, Jerez y los Puertos」(2026年10月30日) https://expoflamenco.com/revista/jesus-mendez-y-joni-jimenez-abren-cartografias-del-flamenco-con-los-cantes-de-cadiz-jerez-y-los-puertos/
  • フラメンコ: ExpoFlamenco「El Nuevo Flamenco cumple 25 años… ¡Y está vivo!」(2026年10月30日) https://expoflamenco.com/revista/el-nuevo-flamenco-cumple-25-anos-y-esta-vivo/
  • フラメンコ: ExpoFlamenco「Agenda Espacio Expoflamenco del 1 al 15 de noviembre 2026」(2026年10月30日) https://expoflamenco.com/espacio/agenda-espacio-expoflamenco-del-1-al-15-de-noviembre-2026/
  • フラメンコ: DeFlamenco「Pedro el Granaíno, sobrado y en trance en la Suma Flamenca」(2026年10月26日) https://www.deflamenco.com/revista/resenas-actuaciones/pedro-el-granaino-sobrado-y-en-trance-en-la-suma-flamenca.html

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