スペイン便り 2026-10-25
2026-10-25 / スペイン便り
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スペイン文化・フラメンコ便り(2026年10月25日)
オープニング:2026年10月25日 — スペイン文化・フラメンコ便り
- 今日のスペイン語は「ア・ブエナス・オラス、マンガス・ベルデス(A buenas horas, mangas verdes)」。直訳は「ずいぶんいい時間に来たね、緑の袖」。助けが来るのが遅すぎたときの皮肉で、緑の袖の制服を着た昔の治安組織「サンタ・エルマンダー」が、いつも事件の後に着いたことに由来するとされる。今日10月25日の未明、スペインは夏時間を終え、午前3時を2時に戻した。時計が1時間遅れた日曜日にふさわしい一言である。
- 今日の軸は「受け継ぐ手」と「遅れて始めた手」である。ギタリスト列伝は、グラナダのアビチュエラ家の4代目で、14歳でケタマに入り、昨夜はポーランドで自分の半生をたどる公演を弾いたホセミ・カルモナ。カンテ列伝は、そのホセミが次のアルバムを手がけているトリアーナの歌い手エスペランサ・フェルナンデス。バイレ列伝は、19世紀のたばこ工場の女工たちを踊った『Humo(煙)』のラファエラ・カラスコ。工房だよりは、通信技術者を辞めて職人になったウベダのパコ・チョロボ。パロ解説は、ソレアとブレリアのあいだにある「ソレア・ポル・ブレリア」。
スペイン国内ニュース
- バルセロナ中心部で若者の抗議が暴動に: 10月24日(土)夕方、SNSで呼びかけられ、正式な届け出のない若者の集会がカタルーニャ広場で開かれた。エル・ムンド紙によると、黒い服で顔を隠した若者が多く、未成年も目立った。18時30分過ぎから、ごみ箱や道ばたの家具が燃やされ、ベルガラ通りの角ではごみ収集箱とバイクでバリケードが築かれて火がつけられ、騒ぎはランブラス通りまで広がった。州警察モソス・ダスクアドラは「顔を隠した暴力的な集団が、ごみ箱を燃やし、警察に石を投げている」と発信し、機動隊が何度も突入した。土曜の午後で観光客の多い時間帯に、百貨店や商店が店を閉めた。きっかけは、フランスから欧州各地へ広がっている若者の抗議で、「体制に反対」と書いた横断幕はあったが、決まった主催者はいない。同じ広場の中央では、住宅問題を訴える泊まり込みの抗議が続いていた。
文化・芸能ニュース
- 「カルリートス」が監督に、リカルド・ゴメスの初監督作『Una familia(ある家族)』: スペインで最も有名な家族ドラマ『Cuéntame cómo pasó(あの頃を話して)』(23シーズン、394話)で、7歳ごろからアルカンタラ家の息子カルリートスを演じてきたリカルド・ゴメスが、初めて監督した長編を、バリャドリードの映画祭セミンチで発表した。エル・ムンド紙によると、映画は今世紀初めを舞台に、服役を終えた父(パトリック・クリアド)、場末の店で踊りながら機会を待つ母(クラウディア・トライサック)、子役として働く息子(ビクトル・リテ)の3つの物語を縫い合わせる。冒頭、ドラマの家族写真のような一枚が映り、子役が楽屋へ走る。撮影監督サラ・ガジェゴのもと、昔ながらのフィルムで撮った。ゴメスは15歳のころから監督を志していたと言い、「良くも悪くも、私はこの国で最も知られた子どもの一人だ。隠すより、見てきたものを一緒に笑おうと思った」と語る。さらに「テレビで長年、ほとんど存在しない家族の理想を演じてきた。その型に入らない人たちを、長いあいだ傷つけてきた」とも述べた。俳優を続けると決めたきっかけは、『ビューティフル』のハビエル・バルデムを見たことだという。
- アレックス・デ・ラ・イグレシア、戦争風刺『El malentendido(誤解)』を撮影中: 『ビースト 獣の日』(1995年)の監督が、マドリードのフェルナン・ヌニェス宮殿で新作を撮っている。国連の会議で、ある国の代表が別の国の代表を「強い」と呼んだのに、通訳が「太っている」と訳したことから、架空の2か国「スタロバキア」と「リトベニア」の戦争へ転がっていく喜劇である。出演はブライス・エフェ、ウーゴ・シルバ、ペポン・ニエト、アントニオ・レシネス、カルロス・アレセス、アンドレス・リマ、オスカル・カサスら。監督は初日、俳優たちに「これは面白くない」という合言葉を与え、全員が大まじめに演じる。手本は『我輩はカモである』『独裁者』『突撃』で、「いまは、言ったことが別の意味に取られる時代だ」と語った。暮らしについて問われると、「健康な生活は、とんでもなく退屈だ」「生きることは闘うことだ」と答え、「私は18歳でなりたかった人物に錨を下ろしたままだ。成熟に敬意はない」と言った。
- 生誕100年を前に、詩誌『Litoral』が幕を閉じる: 1926年11月11日、マラガで詩人エミリオ・プラドスとマヌエル・アルトラギレが小さな印刷機2台で創刊した詩の雑誌『Litoral(海辺)』が、11月に出す最終号『Antología final(最後の詞華集)』で終わる。エル・ムンド紙によると、創刊号の表紙はグラナダの画家マヌエル・アンヘレス・オルティスの「水から跳ねる曲がった魚」で、3号目にはロルカの水兵の絵が載った。寄稿者はロルカ、アルベルティ、フアン・ラモン・ヒメネス、ピカソら「27年世代」で、印刷所「スル」ではファリャの音楽が流れていたという。内戦後はメキシコの亡命先で4号を出し、1968年にホセ・マリア・アマードがマラガで復刊した。1987年の超現実主義の特集号には、ブニュエルの『アンダルシアの犬』にちなんで1冊ずつカミソリの刃を封入し、1989年のロックの詩の号にはレナード・コーエンの水彩画2点を載せた。半世紀にわたって編集を率いた画家で彫刻家のロレンソ・サバル(1954年チリ生まれ、プラドスの甥)は、「お金の問題ではなく、ひと回りの周期を終えたということ」と語る。最終号には300人の詩人と、ほぼ同じ数の芸術家が並ぶ。
フラメンコニュース
- フアン・ラモン・カロ『Contrastes(対比)』、スマ・フラメンカでマドリード初演: マドリード州のフラメンコ祭スマ・フラメンカで10月23日(金)18時、テアトロス・デル・カナルの黒の間(約150席)で、バルセロナのギタリスト、フアン・ラモン・カロが40年の歩みをまとめた75分の独奏会を開いた。専門誌ラ・フラメンカによると、2011年の初アルバム『Rosa de los Vientos(羅針盤)』の『Azucarito』や、セビリア県の村ラ・カンパナに捧げたソレア『La Campana』を弾き、2枚目『Caríssimo』の『Con Tiento』では、公私のパートナーであるマラガの歌い手アントニア・コントレラスが、詩人ベッケルの詩を歌った。演奏中に爪が割れかけ、客席の研究者ホセ・マヌエル・ガンボアが自分の爪やすりを差し出す場面もあった。カロは、父の伴奏でバルセロナのペーニャを回った修業時代や、マイクなしのコルドバのタブラオで弦を強く打つため、やすりと接着剤が手放せなかった日々を語った。終盤には、フラメンコ・ギターを作る製作家たちに捧げたブレリア『Madera de Luz(光の木)』を弾いた。
- マラガ県モンダで「フラメンコの作詞家の集い」: 10月24日(土)、山あいの町モンダで第2回の集いが開かれ、ラファエル・ドミンゲス・ビジャ、フアン・マシアス・トロヤノ、イサベル・グスマン・アナヤ、ロサ・マリア・ガジャルド・マチョら10人の作詞家が集まった。観光案内所を出発点に、町の路地にフラメンコの詞を置く「第1回モンダ・フラメンコの詞の道」を歩き、ペーニャ「アルカサリン」での演奏で締めた。エクスポフラメンコは「フラメンコは書かれもする。どの詞の後ろにも、聞かれるべき作者の声がある」と書く。歌い手の名は知られても、歌詞の作者の名はほとんど知られないことへの問いかけである。
- セビリア県の「エル・メロコトン」祭、ミラグロス・メンヒバルに捧げる: 10月24日(土)夜、桃の産地ビジャベルデ・デル・リオで第23回が開かれ、セビリア派の踊りの名手で、裾を長く引くドレス(バタ・デ・コラ)とカスタネットの名人として知られるミラグロス・メンヒバルに捧げられた。歌はフアン・レイナ、フアン・フアネロ、ナタリア・マリン、ギターはディエゴ・レジェス、踊りはマリア・カネア。話題は、10歳ですでに多くの賞を受けている踊り手ゴンサロ・デ・ラ・ロサが、自分の伴奏陣を連れて出たことだった。メンヒバルは、今日のバイレ列伝のラファエラ・カラスコが師の一人に挙げる人でもある。入場は無料だった。
- ロルカ「シウダ・デル・ソル」国際カンテ祭、金賞はアラアルの歌い手に: ムルシア州ロルカで第35回の決勝が10月17日に開かれ、応募は史上最多だった。金の太陽賞(4,000ユーロ)は、セビリア県アラアルのアントニオ・ロペス・ヌニェスが、マリアナ、グアヒーラ、ソレア、ブレリアで受けた。銀はコルドバのドミンゴ・エレリアス・ポソ(シギリージャ、タランタ、アレグリアス、ファンダンゴ)、銅はセビリア県アルバイダ・デル・アルハラフェのルイス・ベラケロ・カルデロン(トナ、ミネラ、リビアナ、ミロンガ)。上位3人はそろってアンダルシアの歌い手で、中南米から戻ってきた「行き帰りの歌」のグアヒーラやミロンガも勝負曲に選ばれた。
フラメンコギタリスト列伝
- 今日の一人はホセミ・カルモナ(Josemi Carmona)。本名ホセ・ミゲル・カルモナ。1971年マドリード生まれ。父はギタリストのペペ・アビチュエラ(9月22日と28日に列伝で紹介)、母は踊り手のアンパロ・ニーニョである。国立音楽普及センター(CNDM)の資料によると、一族の系譜は19世紀の「アビチュエラ・エル・ビエホ」にさかのぼり、祖父のティオ・ホセ・アビチュエラ(1909〜1986年)の4人の息子、フアン、ペペ、ルイス、カルロスがグラナダのサクロモンテからマドリードへ出て、伴奏のギターを独奏のギターへ広げた。ホセミはマドリードで育ちながら、「グラナダのなまりを保っている」と資料は書く。
- 転機1(9〜15歳、子どもの舞台から世界へ): 3歳でギターを始め、9歳でカリブ海のマルティニーク島の世界ギター祭に出た。ポーランドのシレジア・ギターの秋の紹介によると、15歳で米国ツアー「Flamenco Puro(純粋なフラメンコ)」に加わり、踊りのファルーコ、歌のチョコラーテ、アデラ・ラ・チャケタ、踊りのエル・グイトといった名手たちと同じ舞台に立った。
- 転機2(14歳から約20年、ケタマ): 14歳で、いとこのアントニオとフアン・カルモナがいたグループ「ケタマ」に最年少で入った。ケタマはフラメンコにロックやポップ、ラテン音楽を混ぜた「新しいフラメンコ」の旗手で、紹介文によれば100万枚を超えるアルバムを売った。1988年には、マリのコラ(弦の多いハープのような楽器)奏者トゥマニ・ジャバテ、英国のベース奏者ダニー・トンプソンと『Songhai』を作り、フラメンコと西アフリカの音楽を出会わせた。2019年にはケタマの再結成ツアー「No estamos lokos(おれたちは狂ってない)」にも加わった。
- 転機3(2000年代、制作者と独奏者へ): 2001年、父の『Yerbagüena』を制作し、インドの弦楽合奏「ボリウッド・ストリングス」と組ませた。2006年にはフラメンコ・ベースの生みの親カルレス・ベナベントと二重奏の『Sumando(足し算)』を出し、2010年には父と米国のジャズ・ベース奏者デイブ・ホランドの『Hands』を共に録った。2011年の初のソロ作『Las pequeñas cosas(小さなこと)』はラテン・グラミー賞の最優秀フラメンコ・アルバム候補になった。歌手ニーニャ・パストーリのアルバムも制作している。
- 代表作1(家族の古い録音へのオマージュ): ユニバーサル・ミュージック配信の公式音源『Morente Habichuela(アレグリアス)』。2016年3月18日に出たコントラバスのハビエル・コリーナ、打楽器のバンドレロとの三重奏盤『De cerca(そば近くで)』の約6分43秒の曲で、作曲と制作はホセミ本人。CNDMの資料は、この曲を、相次いで亡くなった歌のエンリケ・モレンテと伯父のフアン・アビチュエラ(資料は「祖父」と書く)への追悼と説明する。明るいEの長調で12拍を回すアレグリアスの上で、コントラバスの低音が拍の頭をどう支え、ギターがその上でどこに間を空けて次の句へ渡すかを聴きたい。CNDMは彼の語り口を「間を好み、『少ないほど豊か』を好む」と書いている。
- 代表作2(ソロ作の制作現場): ユニバーサル・ミュージック・スペイン公式の『JOSEMI CARMONA - Making of 'Las Pequeñas Cosas'』。約10分の記録映像で、レーベルの紹介文によると、パコ・デ・ルシア、歌手マヌエル・カラスコ、バンドレロ、打楽器のピラーニャ、デイブ・ホランド、ウルグアイの歌手ホルヘ・ドレクスレル、ノルウェーの電子音楽家ブッゲ・ヴェッセルトフト、フランスのラッパー、オクスモ・プッチーノまでが参加した。録音室で、ギターのフレーズを相手に合わせて少しずつ削っていく様子に注目すると、彼が演奏家であると同時に、音を組み立てる制作者であることが見えてくる。
- 代表作3(ケタマとアフリカ): レーベル「ヌエボス・メディオス」公式の『Ketama, Toumani Diabate, Danny Thompson - Songhai(全曲)』。約34分で、1曲目『Jarabi』から、コラのきらめく分散和音の上にフラメンコ・ギターのかき鳴らし(ラスゲアード)が重なる。7曲目には『A mi tía Marina(マリーナおばさんに)』という曲もあり、一族にはマラゲーニャやタンゴを作った歌い手ティア・マリーナ・アビチュエラ(1911〜1990年)がいた。マリの楽器とグラナダのギターが、どこで譲り合い、どこで重なるかに注目すると、後の彼のジャズとの対話の原型が見えてくる。
- 代表作4(チック・コリアの『スペイン』): バルセロナのフラメンコ協会エル・ドラード公式の『Josemi Carmona, Javier Colina y Bandolero "Spain"』。2022年7月、バルセロナのノウ・バリス地区の広場で開かれた祭りで、三重奏盤『Vida』(2022年)を披露した約6分の映像で、父ペペ・アビチュエラも特別に加わった。米国のジャズ・ピアニストがスペインを思って書いた曲を、スペインのギタリストがフラメンコのリズムで弾き返す。よく知られた旋律がギターに現れる瞬間と、そこから即興へ抜け出す瞬間で、右手の打ち方がどう変わるかに注目したい。
- 技法と比較: 父ペペ・アビチュエラの持ち味を、CNDMは「左手で音をつなぐ」なめらかな奏法(トーケ・リガード)と書く。ホセミはその家の音を土台にしながら、ベナベント、ホランド、コリーナと、低音楽器との二人きりの対話を重ねてきた。10月19日のニーニョ・ホセレがジャズの和声を通して外へ出たのに対し、ホセミは和声を広げるよりも、ベースと拍を分け合う「間」の取り方で外の音楽とつながる。10月23日のヘロニモ・マヤのような速弾きの爆発ではなく、軽さと余白で聴かせる人である。
- 本人の言葉: 2006年、専門誌デフラメンコの取材で『Sumando』について、「『指』という題にしようかと考えた。手で作る音楽だから」「ケタマでは大衆の期待という大きな重圧の中にいた。これは、気取らず、楽しみながら、できるだけ多くを学ぶために作った」と語った。ベナベントを「フラメンコ・ベースの発明者」と呼び、二人の約束は、アルメリアのモハカルの酒場で交わしたという。
- いま: 2026年4月、スペインのバレンシアにある米国の音楽大学バークリーの分校で、ベースと歌のパストーラ・アンドラデスと共に、和声、リズム、カンテの講座を開き、学生と自作『TanGroove』を録音した。4月24日にはマドリードのカフェ・ベルリン、25日にはバビロン・クラブで、コリーナ、バンドレロとの三重奏で弾いている。6〜7月には自分のチャンネルで、『Solo(ソロ)』など新しい公式映像を続けて出した。約2分のこの独奏では、1本のギターだけで旋律と低音をどう弾き分けているかが聴きどころである。そして昨夜、10月24日18時30分(現地時間)には、ポーランドのティヒで開かれた「第20回シレジア・ギターの秋」の閉幕公演で、自分の歩みをたどる『Mi vida mi música(わが人生、わが音楽)』を弾いた。歌はラフィータ・デ・マドリード、ベースはホスエ「ロンキオ」、トランペットはエンリキート、打楽器はバンドレロ。紹介文は、モレンテと、ロックバンドのラガルティハ・ニックによる『Omega』、カマロンの激しさ、トランペットのマイルス・デイビスやイブラヒム・マーロフの響きに触れる内容だと書く。歌い手エスペランサ・フェルナンデスの次のアルバムも制作中である。
- 位置づけと入り方: サクロモンテの洞窟から伸びる一族の4代目が、子どもの舞台、ケタマ、ジャズとの二重奏を経て、いま制作者として次の世代と、上の世代の歌い手の両方を支えている。まず『Morente Habichuela』で軽さと余白を、次に『Songhai』で若き日の越境を、最後に『Solo』でいまの1本のギターを聴くと、「足し算」から始まり、余白で語るようになった道筋が分かる。
フラメンコバイレ列伝
- 今日の一人はラファエラ・カラスコ(Rafaela Carrasco)。1972年、セビリア生まれ(セビリア近郊のトマレスとする資料もある)。6歳で踊りを始め、セビリアの名教師マティルデ・コラルの学校で学んだ。ほかにメルチェ・エスメラルダ、マノレテ、エル・グイト、そして昨夜の「エル・メロコトン」祭で称えられたミラグロス・メンヒバルらに習った。カナル・スールの資料は、マティルデ・コラルから「規律と技術と踊りへの情熱」を学び、マリオ・マヤから最初の仕事の機会をもらったと書く。
- 転機1(18歳〜2002年、マリオ・マヤの舞踊団から自分の舞踊団へ): 18歳でマリオ・マヤの舞踊団に入り、主役の踊り手と、振付を団員に伝え直す役(レペティドーラ)を務めた。その後アンダルシア舞踊団で独舞者となり、1996年にマドリードへ移った。2002年に自分の舞踊団を作り、同じ年、第11回スペイン舞踊・フラメンコ振付コンクールで主要な賞を受けた。
- 転機2(2008〜2016年、ヒラルディージョと二つの国立舞踊団): 2008年、セビリア・ビエナルで『Vamos al tiroteo(撃ち合いに行こう)』が最優秀振付のヒラルディージョを受け、2010年2月にはロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場で英国初演した。2011年には国立のスペイン国立バレエ団の振付を手がけ、2013年から2016年9月まで、州立のアンダルシア・フラメンコ・バレエ団の芸術監督を務めた。
- 転機3(2017〜2023年、劇作家アルバロ・タトとの三部作と国の賞): 劇作家で詩人のアルバロ・タトと組み、文学や神話から踊りを作るようになった。2017年の『Nacida sombra(影に生まれて)』と2022年の『Nocturna, arquitectura del insomnio(夜想曲、不眠の建築)』は、どちらもヘレス・フェスティバルで批評家賞を受けた(2018年と2023年)。2023年には国の文化省から、振付部門の国家舞踊賞を受けた。審査員は、その理由を「創作の独自性と、フラメンコの創作の中に振付の語り口を刻み、自分の様式を次の世代へ伝える現在の手本であること」と述べた。マドリードのマリア・デ・アビラ高等舞踊音楽院で、フラメンコの踊りの教授も務める。
- 代表作1(黄金世紀の女性たち): アンダルシア公共放送カナル・スール公式の『"Nacida sombra" de la bailaora Rafaela Carrasco』。2018年1月の番組『Al Sur』の約4分45秒の映像である。作品は、16〜17世紀の女性の書き手、アビラの聖テレサ、マリア・デ・サヤス、女優マリア・カルデロン、メキシコの修道女ソル・フアナ・イネス・デ・ラ・クルスの言葉を、俳優ブランカ・ポルティージョの声で読む4通の架空の手紙でつなぐ。番組は彼女を「もう見せびらかしも花火もいらない、本質的な踊り手」と紹介した。速い足技(サパテアード)を連ねる場面より、足を止めて腕と上体だけで文の区切りを示す瞬間に注目したい。
- 代表作2(不眠の夜): 専門誌デフラメンコのチャンネル公式の『RAFAELA CARRASCO Nocturna, arquitectura del insomnio』(2022年セビリア・ビエナル)。ビエナルの映像班が撮った約5分半の映像で、踊りは彼女を含む9人の女性、歌はヘマ・カバジェロ、ピアノはマルタ・エスタルとパブロ・スアレス。音楽は、眠れない伯爵のために書かれたと伝わるバッハの『ゴルトベルク変奏曲』の断片から出発する。バロックのピアノの規則正しい拍の上で、9人の足技がどこでフラメンコの拍へ移り、どこで一斉にそろうかを見てほしい。
- 代表作3(煙の中の女工たち、最新作): 仏独の公共放送アルテ公式の『Humo - Ballet flamenco de Rafaella Carrasco - ARTE Concert』。2026年5月24日、セビリアのマエストランサ劇場で収録した約62分の全編である。アルテの紹介によると、1813年、セビリアの王立たばこ工場には約6,000人の女性が働き、スペイン全体ではたばこを巻く女工(シガレーラ)が2万3,000人いた。ビゼーのオペラのカルメンも、この女工がもとになっている。舞台の9人の踊り手が、見習いから女工頭までの工場の序列、祝い事、ひそかな儀式、闇の取り引きを演じる。たばこを巻く手の動きと、手拍子(パルマ)の拍がどう重なっていくかに注目したい。
- 代表作4(師への捧げ物): カナル・スールの資料映像公式の『La bailaora Rafaela Carrasco en el Homenaje a Mario Maya con "Abandolao"』。2009年3月15日の「マリオ・マヤ追悼の夕べ」の約7分半の映像で、歌はアントニオ・カンポスとヘスス・コルバチョ。3拍子で弾む東アンダルシアのアバンドラオで、最初の仕事をくれた師への感謝を踊る。腕(ブラソ)の高さを保ったまま足技を刻むとき、上体がどれだけ静かに保たれるかを見ると、マティルデ・コラルに学んだ「セビリア派」の踊りとのつながりが感じられる。
- 作品の作り方: 『Humo』の資料は、作品を「女性複数形のフラメンコ」と呼ぶ。カルメン、作家エミリア・パルド・バサンの小説『ラ・トリブナ』の女工アンパロ、マドリードの民謡ショティスに出てくるコラサと、文学と民謡の女工たちを下敷きにしながら、名もない女工たちの喜びと苦労を描く。演出と振付は彼女、劇作と詞はアルバロ・タト、音楽はパブロ・マルティン・ジョーンズ、ヘスス・トーレス、パブロ・スアレス、アントニオ・カンポスの4人で、フランスのニーム劇場も共同制作に入った。
- 技法と比較: 10月24日のマリア・モレノが、ソレアという一つの曲種を記号の題名まで付けて解体し直したのに対し、カラスコは、文学や歴史の題材を劇作家と一緒に組み立て、群舞として舞台に置く。10月23日のアナ・モラレスが即興で見つけた動きを曲種の型へ流し込むのに比べ、カラスコの舞台は、一つひとつの動きが細かく設計されている。カナル・スールの資料は、彼女の目標を「落ち着きと温かさから練り上げた踊りを、舞台空間と釣り合う群舞のために作ること」と書いている。
- いま: 2026年4月16〜19日、マドリードのダンス・センター・マタデロで『Humo』を初演し、5月24日にはセビリアのマエストランサ劇場で踊った。7月11〜22日には、マドリードのサルスエラ劇場でスペイン国立バレエ団の新作『Flamenco-Rock-Andaluz』の振付を担った。1970年代のアンダルシアのロックを、歌い手アンヘレス・トレダノ(10月13日のカンテ列伝)が電気仕掛けのフラメンコへ編み直した作品で、彼女は「動きは、一つひとつの出会いの中で生まれ、育っていく」と語った。
- 位置づけと入り方: マティルデ・コラルとマリオ・マヤに学び、二つの公立舞踊団を経て、いまは教壇と自分の舞踊団の両方から、群舞のフラメンコを作り続ける振付家である。まず2009年の『Abandolao』で師譲りの型を、次に『Nocturna』で9人の群舞の設計を、最後に『Humo』の全編で、名もない女たちの物語を踊る現在を見ると、彼女の「女性複数形のフラメンコ」がつかめる。
フラメンコカンテ列伝
- 今日の一人はエスペランサ・フェルナンデス(Esperanza Fernández)。本名エスペランサ・フェルナンデス・バルガス。1966年(カナル・スールの資料は1968年)、セビリアのトリアーナ地区のヒターノ(スペインのロマ)の家に生まれた。父は歌い手のクーロ・フェルナンデス、母はレブリハ出身の歌い手ペパ・バルガスで、兄弟のパコはギター、ホセは踊りをする。カナル・スールの資料によると、クーロの祖母ロサリオ・ベガ・バルガスの名は、トリアーナの通りの名になっている。最初は父に付いて踊りから入り、歌へ移った。
- 転機1(16歳、マリオ・マヤの『Amargo』): 16歳で、踊り手マリオ・マヤの舞台『Amargo(苦い)』の主役の歌い手として初舞台を踏んだ。今日のバイレ列伝のラファエラ・カラスコも、昨日の列伝のアルカンヘルも、マヤの舞踊団で育っている。その後、パコ・デ・ルシア、カマロン、ギターのラファエル・リケーニ、エンリケ・モレンテと共演し、1994年にはモレンテと組んだ『A oscuras(暗闇で)』が、マエストランサ劇場での第7回セビリア・ビエナルの大きな話題になった。
- 転機2(1995〜2002年、ファリャと管弦楽): 1995年からファリャの『恋は魔術師』をアンダルシア青少年管弦楽団と歌い始め、その年の12月にフアン・デ・ウダエタの指揮で全曲を録音した。1996年にバルセロナ交響楽団と、2001年にはラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮のスペイン国立管弦楽団と録音している。1997年には現代音楽の作曲家マウリシオ・ソテロの作品を歌い、バイオリンのユーディ・メニューインに招かれて、南アフリカのミリアム・マケバ、イスラエルのノアと「平和のための声」の演奏会に出た。1999年には、マエストランサ劇場でのトゥリーナのオペラ『Margot』の復活上演にも加わった。
- 転機3(2001〜2008年、ソロ作とヒラルディージョ): 2001年10月に初のソロ作『Esperanza Fernández』を出した。2枚目の『Recuerdos(思い出)』はラテン・グラミー賞の最優秀フラメンコ・アルバム候補になり、全国の批評家54人の投票で「フラメンコ・オイ」賞の2007年最優秀アルバムに選ばれた。2008年、第15回セビリア・ビエナルで歌のヒラルディージョを受けた。2013年にはポルトガルのノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴの詩に節を付けた『Mi voz en tu palabra(あなたの言葉に私の声を)』、2021年にはギターのミゲル・アンヘル・コルテスの制作で『Se prohíbe el cante(歌うことを禁ず)』を出した。
- 代表作1(トリアーナの子ども時代): 本人公式の『Esperanza Fernández & Josemi Carmona - De Triana al Mundo(トリアーナから世界へ)』。2023年12月に公開した約3分の公式映像で、今日のギタリスト列伝のホセミ・カルモナと組んだ。「父さんがギターを買ってくれる」「母さんが階段を下りてくる」「輪になって、輪になって」と、トリアーナの中庭で子どもが歌った遊び歌を、ブレリアの弾むリズムに乗せる。最後の「私の歩く道を知りたいなら、ついておいで、トリアーナへ行くから」という一節を、どう歌い上げるかを聴きたい。
- 代表作2(ファリャの『恋は魔術師』): 本人のチャンネル公式の『El amor brujo: No. 12, Canción del fuego fatuo(鬼火の歌)』。1915年の初版に基づく『恋は魔術師』の約2分15秒の歌である。オペラ歌手ではなくフラメンコの歌い手が、管弦楽の上で旋律の語尾をどう揺らし、どこで地声を張るかを聴くと、ファリャがヒターノの歌を下敷きにしたこの曲の性格が分かる。
- 代表作3(ソレアとカーニャ): 公式配信音源の『El Tiempo Tiene la Llave(Soleá y Caña)』。2021年の『Se prohíbe el cante』の約9分48秒の曲で、制作はミゲル・アンヘル・コルテス。前半のソレアは、今日のパロ解説のソレア・ポル・ブレリアより遅い12拍で、一つの言葉を長く引き伸ばす。後半は、10月8日にパロ解説で扱ったカーニャへ移る。同じ12拍の中で、二つの古い歌をどうつなぐかを聴きたい。
- 代表作4(家族の舞台): カナル・スールの資料映像公式の『Esperanza Fernández bulerías con la Familia Fernández』。1989年7月8日放送の約8分の映像で、エスペランサが歌と踊りで幕を開け、父クーロと母ペパが歌と手拍子、兄弟のパキートがギター、マノリとホセリートが踊る。家族の輪の中で、20代の彼女が踊りと歌をどう行き来するかを見ると、踊りから歌へ移った経歴がそのまま見えてくる。
- 声と比較: CNDMの資料は「驚くべきコンパスの感覚、和声と落ち着き、色合いの豊かな声、そして大きな優雅さ」と書く。10月19日のヘスス・メンデスがヘレスの一族の声で深い歌を受け継ぎ、10月24日のアルカンヘルがウエルバのファンダンゴから異国の合唱へ出かけたのに対し、エスペランサは、トリアーナの家の歌を持ったまま、ファリャやトゥリーナの管弦楽、サラマーゴの詩、現代音楽まで、声の器を変えてきた。
- 歌い継ぐもの: 2024年5月には、マドリードのティッセン=ボルネミッサ美術館の企画で、画家イサベル・キンタニージャの絵『庭』(1966年)の前に立ち、ギターのアルベルト・ロペスと未発表の『De plata y oro(銀と金)』を歌った。歌手生活40年を記念する曲で、映像は美術館の公式チャンネルにある。絵の制作年と、彼女の生年が同じ1966年である。
- いま: 2025年8月、ナバラ州の「フラメンコ・オン・ファイア」で、トゥデラのガスタンビデ劇場に『De Triana al Mundo』の舞台を持ち込み、モレンテ、ロレ・イ・マヌエル、エル・ティティらの歌を、40年の歩みに沿って歌った。いま、歌手生活40年を記念するアルバムと舞台『Sevilla 40.0』を回っている。ホセミ・カルモナが次のアルバムを制作しており、2027年1月29日には、マドリードの国立音楽堂で開かれるCNDMの「アンダルシア・フラメンカ」で歌う。ギターはチャパロ・デ・コルドバである。
- 位置づけと入り方: トリアーナの家族の輪から、マリオ・マヤの舞台、ファリャの管弦楽、サラマーゴの詩を経て、40年を歌い継いできた人である。まず1989年の家族のブレリアで家の歌を、次に『鬼火の歌』で管弦楽の中の地声を、最後に『De Triana al Mundo』でホセミとのいまを聴くと、「トリアーナから世界へ」という題が、そのまま経歴になっていることが分かる。
フラメンコギター工房だより
- 今日は、ハエン県ウベダのパコ・チョロボ(Paco Chorobo)の工房を取り上げる。全履歴を照合し、スペイン国内の製作家として未紹介であることを確かめた。ウベダはルネサンス建築の町並みで世界遺産に登録された町で、オリーブ畑に囲まれている。
- 技術者から職人へ: 2016年のエルディアリオ紙の取材によると、チョロボは通信工学の学位を持ち、専門に近い職に8年就いたあと、人事システム会社NGAヒューマン・リソーシズでのデータ移行の専門家・開発者という正社員の職を辞めて、フラメンコ・ギター作りに転じた。10歳で初めてギターを修理し、10代でカマロンのカセットに夢中になってギターと作曲を始めた。製作は、カディスの製作家ラファエル・ロペス・ポラスの講習で学び、「公務員試験の勉強のように」集中して身につけたという。本人は、この転身を「遅い発見」と呼ぶ。
- 技術者の道具: 型紙は製図ソフトのオートキャドなどで設計し、型と、木の調整に使う機械を自分で作った。取材時点で、表板にはスペイン産のシープレスかカナダ産のシダーを客が選び、フラメンコ・ギター1本に約1か月かけた。価格は飾りによって2,500〜3,000ユーロほどで、40本以上を作り、その半分がイラン、スイス、チリなどへ渡っていた。
- 遠くへ渡ったギター: 14本目のギターはチベットのギタリストの注文で、ヘッドにチベット語の詩をはめ込んだ「チベット・ビューティー」と名付けた。北京では、中国でフラメンコ・ギターの教本を共著したワン・ツァンが使い、国内ではバリャドリードのヘスス・マルティンや、ユトレラのエンリケ・ロドリゲスが弾いた。チョロボは「前は義務で起きていた。いまは情熱で起きる」「お客さんが受け取りに来ると、よく泣いてしまう」と語っている。
- 教える工房: 米国のギター製作者協会の機関誌は、2015年に米国の製作家ロビー・オブライエンがウベダの工房を訪ね、のちにコロラドで8日間の製作講座を開いてもらった経緯を伝えている。工房の公式サイトによると、ウベダでの対面講座は2026年分が満席で、2027年分は残り1枠、2028年分の予約を受け付けている。製作した楽器には、「カルトゥハナ・フラメンカ」「7サミッツ・フラメンカ」「1912年のマヌエル・ラミレスへの捧げ物」といった名前が付いている。
- 音を聴く: 工房の公式チャンネルの『Paco Chorobo - N.15 Flamenca Negra』は、2014年、15本目のネグラ(ローズウッドの濃い色のフラメンコ・ギター)を、完成から12時間後に試し弾きした約4分半の記録である。できたばかりの楽器で、強く打った低音がどれだけ濁らずに鳴るかを聴きたい。おととい、フアン・ラモン・カロがマドリードで製作家たちに捧げるブレリアを弾いたように、伴奏の現場は、こうした工房の1本1本に支えられている。
フラメンコのパロ解説
- 今日のパロはソレア・ポル・ブレリア(Soleá por bulería)。「ブレリア・ポル・ソレア」とも呼ぶ。10月11日にソレアを、10月17日にブレリアを扱ったが、今日はその二つのあいだにある形を、名前の混乱から解きほぐす。
- 名前と起源(諸説): ヘレス在住の歌い手で研究者のエステラ・サタニアは、エクスポフラメンコで「ブレリア・ポル・ソレア、ソレア・ポル・ブレリア、聴かせるブレリア、ブレリア・アル・ゴルペは、遠い親戚ではなく兄弟だ」と書く。「AポルB」という名は、普通は「Aの歌をBのリズムと形で歌う」という意味で、歌い手マヌエル・バジェホの「ファンダンゴ・ポル・ソレア」が例になる。ところがこの一族では、名前どおりに「ソレアの歌をブレリアのリズムで」とはならない。20世紀前半、セビリアのアラメダ・デ・エルクレス界隈の奥の部屋で歌われたものと、ヘレスで歌われたものは同じではなかったが、どちらも同じパロの変種とされてきた。20世紀に入ってもしばらく、録音には「ソレアレス」や「ブレリア」と書かれた。生みの親をエル・ロコ・マテオやエル・グロリアとする説があり、広めた人にはマヌエル・バジェホとラ・ニーニャ・デ・ロス・ペイネスの名が挙がる。
- ヘレスの印: サタニアは、歌の途中に「マレ・デ・ミ・アルマ(わが魂の母さん)」「コンパニェラ・ミア(わが連れ合い)」といった短い呼びかけを差し込み、拍をわざとずらす癖を「ヘレスだ!」と名乗るような印だと書く。伴奏をやめて木の机やカウンターを叩いて拍を取り、シェリー酒を添えれば、ヘレスの宴の光景が完成するという。ヘレスのサン・ミゲル地区、特にアグヘタス家の歌い手は、同じものを「ブレリア・パ・エスクチャル(聴かせるブレリア)」と呼ぶ。
- コンパス(12拍): ソレア、ブレリアと同じ12拍で一周し、3、6、8、10、12にアクセントが来る。数え始めは12からで、「ジュウニ、イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク、ナナ、ハチ、ク、ジュウ、ジュウイチ」と回し、3、6、8、10、12を強く打つ。速さは、遅めから中くらいのブレリアと説明されることが多い。「速くしたソレア」とする資料と「遅くしたブレリア」とする資料があり、二つのあいだの帯のどこかに置かれる形だと考えると分かりやすい。パルマは、手のひらをそろえて打つ高い音の「セカ」で、アクセントの拍だけを打つことが多い。
- 調性とコード: ソレアは普通、6弦を主音にしたEの構え(ポル・アリーバ)で、「Am→G→F→E」と下りる。これに対してソレア・ポル・ブレリアは、5弦を主音にしたAの構え(ポル・メディオ)で弾くことが多い。最も基本の刻みはAとB♭の2つの和音の行き来で、12拍の7〜10拍目に、低音が「D→C→B♭→A」と一段ずつ下りることがよくある。和音で言えば「Dm→C→B♭→A」で、ソレアの下降と同じ形を、Aの構えへ移したものである。歌い手の声の高さに合わせて、カポタストで位置を変える。
- レトラ(歌詞): 歌詞はソレアの形を借り、8音節の3行か4行の短い詩で、1行目と3行目が母音で韻を踏むのが基本である。愛と嫉妬、母、貧しさを歌うものが多く、ソレアほど重くも、ブレリアほどふざけてもいない。ラ・ニーニャ・デ・ロス・ペイネスの録音の題『Mi mare me lo decía(母さんが言っていた)』のように、母の言葉で始まる詞もよく歌われる。
- 踊りの構成: 踊りでは、ギターの導入、踊り手の呼びかけ(ジャマーダ)、歌い手のレトラ、踊るファルセータ、足技を重ねるエスコビージャと進み、最後に速さを上げてブレリアで締める型が一般的である。ソレアほど遅くないので足技を細かく刻めて、ブレリアほど速くないので一つひとつの決めの形(レマーテ)を見せられる。教室で最初に習う踊りの一つにもなっている。
- 代表録音1(女王の録音): 公式配信音源の『Bulerías Por Soleá: Mi Mare Me Lo Decía / Que Bonita Es la Amapola』(ラ・ニーニャ・デ・ロス・ペイネス、ギターはメルチョール・デ・マルチェナ)。SP盤時代の録音を集めた『Registros Sonoros』(2004年復刻)の約3分の曲である。ギターのAとB♭の行き来の上で、歌がどの拍で言葉を置き、どこで拍をまたいで息を伸ばすかを聴くと、この形を広めたとされる歌い手の拍の感覚が分かる。
- 代表録音2(ヘレスの決定版): アンダルシアのフラメンコ放送チャンネル公式の『Bulerías por soleá. Manuel Soto Sordera. 1996』。番組『Noche Flamenca』の約5分20秒の映像で、ギターはモライート・チコ、手拍子はマヌエル・ソト「エル・ボ」ら。サタニアが「この形を定め、豊かにした」と名を挙げる歌い手である。歌の合間にモライートが入れる短い締めの句(レマーテ)と、手拍子がアクセントの拍にそろう所に注目したい。
- 代表録音3(声の力): カナル・スールの資料映像公式の『Paquera de Jerez, Bulerías por Soleá de Jerez de la Frontera』。1996年9月20日放送の約8分の映像で、ギターはパリージャ・デ・ヘレス。ラ・パケラは生前、「ヘレスのブレリアは、私の歌の母だった」と語っていた。ソルデーラの録音と比べると、同じヘレスのこの形でも、声の大きな波で押していく歌い方があることが分かる。
- 代表録音4(踊り): アンダルシアのフラメンコ放送チャンネル公式の『Bulería por Soleá. Eva la Yerbabuena. 1999』。番組『La Venta del Duende』の約9分半の映像で、歌はエンリケ「エル・エストレメーニョ」とエンリケ・ソト「ソルデーラ」、ギターはパコ・ハラナとサルバドール・グティエレス。中ほどの速さの中に、足技の細かな刻みと、腕を止めて決める形がどう配置されているかを見たい。終盤で速さがどう変わるかにも注目すると、この形が二つのパロのあいだにあることが目で分かる。
- 似たパロとの聴き分け: ソレアとは、速さと構えで分ける。ソレアはゆったりとEの構えで、「Am→G→F→E」と下りる。ソレア・ポル・ブレリアは少し速く、Aの構えで「B♭→A」の半音が耳に残る。ブレリアとは、遊びの量で分ける。ブレリアは速く、歌も踊りも途中で冗談のような崩しを入れるが、ソレア・ポル・ブレリアは歌の重さを保ったまま、拍だけが前へ進む。10月9日に扱ったアレグリアスとは拍の数え方が同じだが、アレグリアスは明るいEの長調である。
まとめ
- 2026年10月25日のスペインは、「受け継ぐ手」と「遅れて始めた手」の一日だった。サクロモンテの一族の4代目として子どもの舞台からケタマ、ジャズへ進み、昨夜ポーランドで半生を弾いたホセミ・カルモナ。そのホセミが次のアルバムを手がける、トリアーナの家の歌を40年歌い継いできたエスペランサ・フェルナンデス。師に学んだ型で、名もない女工たちを群舞にしたラファエラ・カラスコ。そして、技術者の職を辞めて職人になったウベダのパコ・チョロボ。ソレアとブレリアのあいだで、名前が混乱しても兄弟であり続けるソレア・ポル・ブレリアもあった。一方で、マラガの詩誌『Litoral』は100年を前に「ひと回りの周期を終えた」と幕を閉じ、子役だったリカルド・ゴメスは、演じてきた家族の理想と別れる映画を撮った。
- 別れは「フェリス・ドミンゴ(¡Feliz domingo!)」。「よい日曜日を」という、日曜日だけに使える挨拶である。
参考ソース
- 国内: El Mundo「Disturbios, cargas, quema de contenedores y tiendas cerradas en el centro de Barcelona por una protesta de jóvenes」(2026年10月24日) https://www.elmundo.es/cataluna/2026/10/24/6adcf26cfdddff1e2a8b4599.html
- 文化: El Mundo「Ricardo Gómez se estrena como director…」(2026年10月24日) https://www.elmundo.es/cultura/cine/2026/10/24/6adb82e8e85ece8f228b459f.html
- 文化: El Mundo「Álex de la Iglesia: "La vida sana es un aburrimiento impresionante"」(2026年10月24日) https://www.elmundo.es/cultura/cine/2026/10/24/6adb7e7221efa0584d8b45a2.html
- 文化: El Mundo「Cierra 'Litoral', la revista que fue germen de la Generación del 27」(2026年10月22日) https://www.elmundo.es/cultura/literatura/2026/10/22/6ada54a3e85eced60b8b4581.html
- フラメンコニュース: La Flamenca「Juan Ramón Caro estrena "Contrastes" en la Suma Flamenca de Madrid」(2026年10月24日) https://www.revistalaflamenca.com/juan-ramon-caro-estrena-contrastes-en-la-suma-flamenca-de-madrid/ /ExpoFlamenco「Monda reúne a diez creadores en el II Encuentro de Letristas Flamencos」(2026年10月23日) https://expoflamenco.com/revista/monda-reune-a-diez-creadores-en-el-ii-encuentro-de-letristras-flamencos/ /ExpoFlamenco「El Festival Flamenco El Melocotón rinde homenaje a Milagros Mengíbar」(2026年10月23日) https://expoflamenco.com/revista/el-festival-flamenco-el-melocoton-rinde-homenaje-a-milagros-mengibar/ /La Flamenca「El XXXV Festival Internacional de Cante Flamenco "Ciudad del Sol" de Lorca ya tiene ganadores」(2026年10月20日) https://www.revistalaflamenca.com/el-xxxv-festival-internacional-de-cante-flamenco-ciudad-del-sol-de-lorca-ya-tiene-ganadores/
- ギター列伝: CNDM「La saga de los Carmona」プログラム(2025年4月25日) https://cndm.inaem.gob.es/sites/default/files/2025-04/AF_p39digital.pdf /CNDM「De cerca」プログラム(2018年3月9日) https://cndm.inaem.gob.es/sites/default/files/events/hand_programs/fr_09marzo18_josemi_carmona_javier_colina.pdf /Śląska Jesień Gitarowa「Josemi Carmona」 https://guitar.tychy.pl/en/artists/josemi-carmona/ /同「Josemi Carmona and band」(2026年10月24日公演) https://guitar.tychy.pl/en/event/awards-ceremony-and-laureates-concert-of-the-xx-jan-edmund-jurkowski-international-guitar-competition-josemi-carmona-and-band/ /DeFlamenco「Interview with Josemi Carmona」 https://www.deflamenco.com/revista/entrevistas/interview-with-josemi-carmona-disco-sumando-con-carles-benavent-1.html /Berklee Valencia「A Conversation with Josemi Carmona」(2026年4月) https://www.youtube.com/watch?v=XtZOZ0WZBLI
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- カンテ列伝: CNDM「Esperanza Fernández」略歴 https://cndm.inaem.gob.es/sites/default/files/events/related_files/cndm_esperanza_fernandez.pdf /CNDM 2026-27 シーズン案内 https://cndm.inaem.gob.es/sites/default/files/2026-06/AF_26-27.pdf /Wikipedia(スペイン語)「Esperanza Fernández」 /Museo Nacional Thyssen-Bornemisza「Esperanza Fernández: 'De plata y oro'…」 https://www.museothyssen.org/en/thyssenmultimedia/esperanza-fernandez-plata-oro-jardin-isabel-quintanilla /Flamenco On Fire「ESPERANZA FERNÁNDEZ 'De Triana al Mundo' - Tudela」 https://www.youtube.com/watch?v=Q4LdLJdnhJA /Taquilla.com「Esperanza Fernández」 https://www.taquilla.com/entradas/esperanza-fernandez
- 工房: eldiario.es「De California al Tíbet: las guitarras de los ingenieros que dieron la vuelta…」(2016年12月13日) https://www.eldiario.es/hojaderouter/california-tibet-guitarras-ingenieros-vuelta_1_3684094.html /Guild of American Luthiers「Flamenco on the Front Range」 https://www.search.luth.org/flamenco-on-the-front-range/ /Paco Chorobo 公式サイト https://chorobo.com
- パロ: ExpoFlamenco(Estela Zatania)「Bulería por soleá or soleá por bulería… sorting it out」 https://expoflamenco.com/archivo/en/?p=26918 /Richter Guitar「Bulerías」 https://richterguitar.com/flamenco-guitar/flamenco-guitar-toques-and-palos/bulerias /Studio Flamenco「Soleá por bulerías」 https://www.studioflamenco.com/solea-por-bulerias