伴奏の詩人チクエロ、ハビエル・バロン、ラ・マカニータ、カルモナ工房、ザンブラ【2026/10/20】
2026-10-20 / スペイン便り
概要
カタルーニャとアンダルシアを結ぶギター、セビリア古典派の踊り、ヘレスの歌、そしてグラナダの工房と洞窟の記憶をたどる回です。ギタリスト列伝は、バルセロナ近郊コルネジャで育ち、ミゲル・ポベダやドゥケンデの伴奏から映画『ブランカニエベス』でのゴヤ賞受賞、ピアニストのマルコ・メスキダとの三部作『Del alma』まで幅広く活躍するフアン・ゴメス「チクエロ」。ソレラ・フラメンカで彼が試奏した2013年製エルマノス・コンデ(アトーチャ)のネグラ(ドイツ松表板・インド・ローズウッド裏横板)とブランカ(ドイツ松表板・スペイン産ロイヤル・シープレス裏横板)、1972年製ホセ・ラミレス、2005年製マヌエル・レジェス・イホも紹介します。バイレ列伝は、セビリア県アルカラ・デ・グアダイラに生まれ、1988年セビリア・ビエナルのヒラルディージョと2008年スペイン国民舞踊賞を受賞したハビエル・バロン。カンテ列伝は、4歳でテレビ番組『歌の儀式と地理』に登場して以来、ヘレス・サンティアゴ地区の「黒い声」を体現し続けるラ・マカニータ。工房だよりは、14歳でパコ・デ・ルシアの『Fuente y caudal』に衝撃を受けて職人の道へ進んだグラナダ・ダマスケロス通りのフアン・ミゲル・カルモナ工房。パロ解説は、グラナダ・サクロモンテの洞窟の婚礼儀礼(アルボレア、カチューチャ、モスカ)から生まれた「ザンブラ」です。今日のスペイン語は「セル・ウニャ・イ・カルネ(爪と肉である=一心同体)」。
▼ 今日のトピック ・トランプ米大統領、スペイン領セウタへの移民流入をめぐり「スペインは何もしていない」と批判 ・スペイン最高裁、カタルーニャ独立派ジュンケラス元州副首相ら4人に恩赦法を適用し公職追放処分を解除 ・ロルカ最晩年の恋人フアン・ラミレス・デ・ルカスの未発表手記刊行と映画『La voz quebrada』公開/カスティーリャ・イ・レオン州の映画補助金改定議論 ・カディスの作家フェルナンド・キニョーネスとフラメンコの研究書発表会/マドリード「スマ・フラメンカ2026」チャノ・ドミンゲス独奏と写真展『Flamencas』/メルセデス・ルイス&サンティアゴ・ララ『Dual』50公演達成でヘレス凱旋へ ・ギター列伝: フアン・ゴメス「チクエロ」(Juan Gómez “Chicuelo”) ・バイレ列伝: ハビエル・バロン(Javier Barón) ・カンテ列伝: ラ・マカニータ(La Macanita / Tomasa Guerrero Carrasco) ・工房だより: フアン・ミゲル・カルモナ(Juan Miguel Carmona、グラナダ) ・パロ解説: ザンブラ(Zambra)
▼ 関連リンク(アーティスト・パロ・工房) ・チクエロ『No Te Puedo Encontrar』(映画『ブランカニエベス』主題歌、公式音源) https://www.youtube.com/watch?v=DSd-mH3WILU ・チクエロ&マルコ・メスキダ『Chicuelina』(タジェール・デ・ムシクス公式) https://www.youtube.com/watch?v=eV_Lcbwbf4U ・チクエロ試奏 エルマノス・コンデ(アトーチャ)ネグラ 2013年製(ソレラ・フラメンカ公式) https://www.youtube.com/watch?v=GG54TyA6U9I ・チクエロ試奏 エルマノス・コンデ(アトーチャ)ブランカ 2013年製(ソレラ・フラメンカ公式) https://www.youtube.com/watch?v=kT-pF4I2Cns ・チクエロ『Cuatro Costaos』(セビジャーナス、ソレラ・フラメンカ公式) https://www.youtube.com/watch?v=RBoG7uploo0 ・ハビエル・バロン『Bulerías por Soleá』(1990年、カナル・アンダルシア・フラメンコ公式) https://www.youtube.com/watch?v=o3e3yJJQgS4 ・ハビエル・バロン『Alegrías』(1990年、カナル・アンダルシア・フラメンコ公式) https://www.youtube.com/watch?v=tkXC5xd1MU8 ・ハビエル・バロン『Bulerías por Soleá』(2005年、カナル・アンダルシア・フラメンコ公式) https://www.youtube.com/watch?v=p-cdjqTYye4 ・ラ・マカニータ『Soleá』(1991年、ギター:ニーニョ・ヘロ、カナル・アンダルシア・フラメンコ公式) https://www.youtube.com/watch?v=AH-6Ucdj5iA ・ラ・マカニータ『Bulerías』(1996年、ギター:トマティート、ニーニョ・デ・プーラ、マノロ・フランコ、カナル・アンダルシア・フラメンコ公式) https://www.youtube.com/watch?v=Dy2Xp8OWId0 ・ラ・マカニータ『Bulerías. Que no se rompa la noche』(2019年、ギター:マヌエル・バレンシア、カナル・アンダルシア・フラメンコ公式) https://www.youtube.com/watch?v=1sckp_oLLnY ・ペペ・ロメロ試奏 フアン・ミゲル・カルモナ 2013年製シープレス(カルモナ工房公式) https://www.youtube.com/watch?v=K6c3XtP8ZCA ・フアニート・パスクアル演奏 フアン・ミゲル・カルモナ 2007年製(ギター・サロン・インターナショナル公式) https://www.youtube.com/watch?v=F-A9JtDlytc ・ホセ・アントニオ・ロドリゲス試奏 フアン・ミゲル・カルモナ 2007年製ブランカ(アレグラ・ギターズ公式) https://www.youtube.com/watch?v=QJ2T_P4sIUA ・グラナダ・ビエナル公式 フアン・ミゲル・カルモナ工房紹介 https://bienalgranada.com/guitarreria/guitarreria-juan-miguel-carmona/ ・サクロモンテ「マリア・ラ・カナステーラの洞窟」『Zambra gitana』(1991年、カナル・アンダルシア・フラメンコ公式) https://www.youtube.com/watch?v=5oVA0KQgfSM ・エストレージャ・モレンテ『Zambra』(公式音源) https://www.youtube.com/watch?v=LEfc4KD79wE ・アントニオ・レジェス&パトリシア・バルデス『Zambra』(2008年、カナル・アンダルシア・フラメンコ公式) https://www.youtube.com/watch?v=1XEBHikS_n8
▼ 参考記事・ソース ・El País Hemeroteca(2026年10月20日) https://elpais.com/hemeroteca/2026-10-20/ ・Espacio ExpoFlamenco「Agenda Espacio Expoflamenco del 15 al 31 de octubre 2026」 https://expoflamenco.com/espacio/agenda-espacio-expoflamenco-del-15-al-31-de-octubre-2026/ ・Turismo Madrid「XXI Suma Flamenca 2026」 https://www.esmadrid.com/agenda/suma-flamenca ・Solera Flamenca「Chicuelo」 https://www.flamencoguitarsforsale.net/en/chicuelo/ ・Festival de Jerez「La Macanita - Oro Molío」 https://www.festivaldejerez.es/espectaculos/macanita-festival-jerez/
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スペイン文化・フラメンコ便り(2026年10月20日)
オープニング:2026年10月20日 — スペイン文化・フラメンコ便り
- 今日のスペイン語は「セル・ウニャ・イ・カルネ(Ser uña y carne)」。直訳は「爪と肉である」。爪と指の肉が切り離せないように、二人の人間が深い信頼で結ばれていることを表す慣用句で、日本語の「一心同体」や「水魚の交わり」にあたる。今日のギタリスト列伝の主役チクエロが2019年に出したアルバム『Uña y carne』の題名でもある。
- 今日の軸は「爪と肉のように寄り添う音と、洞窟の記憶」。ギタリスト列伝は、カタルーニャ州コルネジャで育ち、ミゲル・ポベダやドゥケンデの伴奏から映画『ブランカニエベス』でのゴヤ賞受賞、ピアニストのマルコ・メスキダとの三部作まで、あらゆる歌と楽器に「爪と肉」のように寄り添うフアン・ゴメス「チクエロ」。ソレラ・フラメンカで彼が弾いたエルマノス・コンデやホセ・ラミレス、マヌエル・レジェス・イホの実器もたどる。バイレ列伝は、セビリア県アルカラ・デ・グアダイラに生まれ、1988年のセビリア・ビエナルのヒラルディージョと2008年のスペイン国民舞踊賞を受けた端正な古典派の巨匠ハビエル・バロン。カンテ列伝は、4歳でテレビ番組『歌の儀式と地理』に登場して以来、ヘレスのサンティアゴ地区の「黒い響き」を体現し続けるラ・マカニータ。工房だよりは、14歳でパコ・デ・ルシアのレコードに衝撃を受けて職人への道を選び、グラナダのダマスケロス通りで名器を作るフアン・ミゲル・カルモナ。パロ解説は、グラナダ・サクロモンテの洞窟の婚礼儀礼から生まれた「ザンブラ」を掘り下げる。
国際情勢(スペイン視点)
- トランプ米大統領、セウタへの移民流入をめぐり「スペインは何もしていない」と批判: エル・パイス紙(10月20日)によると、米国のドナルド・トランプ大統領はワシントンでの発言で、北アフリカのスペイン領セウタに「大量かつ突発的な移民の流入があった」と名指しし、「スペインは何もしていない。欧州は移民政策を変えなければ終わる」と批判した。セウタとメリリャはアフリカ大陸側でモロッコと陸続きの国境を持つEU唯一の都市であり、モロッコ海峡や大西洋のカナリア諸島ルートを含め、スペインにとって移民・難民問題は遠い外交論ではなく毎日の国境管理と人道対応が絡み合う当事者の問題である。スペイン国内では左右を問わずトランプ氏の威圧的な物言いに冷ややかな距離感がある一方、国境警備の現場負担やEU全体の分担をめぐっては左派政権と保守野党の間で激しい論争が続いている。
スペイン国内ニュース
- スペイン最高裁、カタルーニャ独立派ジュンケラス元州副首相ら4人に恩赦法を適用し公職追放を解除: エル・パイス紙(10月20日)によると、スペイン最高裁判所は10月20日、憲法裁判所が先に公金横領罪への恩赦適用を合憲と判断したことを受け、2017年のカタルーニャ独立住民投票をめぐり有罪判決を受けていたオリオル・ジュンケラス元カタルーニャ州副首相(カタルーニャ共和左翼=ERC党首)およびラウル・ロメバ、ジョルディ・トゥルル、ドロルス・バサの元州閣僚計4人に対し、恩赦法を適用して公職追放処分を完全に解除した。これによりジュンケラス氏は再び選挙に立候補できる資格を取り戻した。サンチェス政権が「政治対話と正常化の成果」と強調する一方、野党・国民党(PP)や右派メディアは「政権維持のために司法判断を書き換えた取引」と強く反発しており、マドリードの中央政界とカタルーニャの地方政党の綱引きが改めて浮き彫りになっている。
文化・芸能ニュース
- ロルカ最晩年の恋人フアン・ラミレス・デ・ルカスの未発表手記刊行と映画『La voz quebrada』公開: エル・パイス紙(10月19日・20日)は、詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカの没後90年にあわせ、ロルカ最晩年の恋人で「アルバセテの金髪の青年」と呼ばれた美術評論家フアン・ラミレス・デ・ルカス(1917〜2010年)の未発表回想録『Recuerdos: breve historia de un amor(記憶:ある愛の短い歴史)』(セイス・バラール社)が書店に並び、マヌエル・メンチョン監督のドキュメンタリー映画『La voz quebrada(ひび割れた声)』が公開されると報じた。1936年7月のクーデター直前、ロルカはラミレス・デ・ルカスとともにメキシコへ渡る計画を立てていたが、当時未成年だった青年の父が旅券発給を拒んだため、ロルカは一人で故郷グラナダへ戻り銃殺された。ラミレス・デ・ルカスが晩年に録音テープとノートに残した証言が初めて完全な形で公になり、詩人の最後の数か月の葛藤と愛を一次資料から照らし出している。
- カスティーリャ・イ・レオン州、ボックス主導で映画補助金の「イデオロギー教化」除外規定を導入: エル・パイス紙(10月20日)によると、カスティーリャ・イ・レオン州文化局は映画・映像制作への公的補助金の募集要項を改定し、「イデオロギー的な教化(アドクトリナミエント)を伴う作品」や特定の政治的主張を含む作品を助成対象から除外する条項を盛り込んだ。表現の自由と公的助成のあり方をめぐり、映画界や左派からは「事実上の検閲であり、気に入らない題材を排除する仕組みだ」と批判が上がる一方、保守派は「税金を政治宣伝に使うべきではない」と主張している。日本でも公的助成と芸術表現の距離がたびたび議論になるが、スペインでは州政府の連立構成によって文化予算の基準そのものが直接書き換わるほど政治対立が先鋭化している。
フラメンコニュース
- カディスの作家フェルナンド・キニョーネスとフラメンコを結ぶ研究書『Fernando Quiñones y el Flamenco』発表会: エクスポフラメンコ(10月20日)によると、ヘレスの「エスパシオ・エクスポフラメンコ」で10月20日正午、カディス大学のホセ・フラド・モラレス教授を迎えて共著『Fernando Quiñones y el Flamenco』(ビソール社、2026年)の発表会と公開インタビューが行われた。チクラナ生まれでカディスに暮らした作家フェルナンド・キニョーネス(1930〜1998年)は、小説や詩だけでなく、国営テレビの歴史的番組『歌の儀式と地理』の脚本・監修や数々のフラメンコ研究書を手がけ、アンダルシアの民衆の歌を文学の高さへと結びつけた人物である。フラド・モラレス教授とアルベルト・ロメロ・フェレール教授が編んだ本書は、キニョーネスがいかにカディス湾岸の歌い手や踊り手の生き様を書き留めたかを多角的に検証している。
- マドリード「スマ・フラメンカ2026」、チャノ・ドミンゲスの独奏と写真展『Flamencas』: マドリード州で10月13日から11月1日まで開催中の第21回スマ・フラメンカ(全43公演、うち世界初演21作・マドリード初演12作)では、10月20日夜、カディス出身のピアニスト、チャノ・ドミンゲスがテアトロス・デル・カナル(サラ・ネグラ)で独奏リサイタルを開いた。今年の祭典は「Flamencas(フラメンコの女性たち)」を標語にカルメン・アマヤの肖像を掲げ、関連企画としてマドリードのアテネオ(サラ・アンセルマ)では写真家アナ・パルマによる写真展『Flamencas. Cante, Baile y Toque』が10月28日まで開かれている。
- メルセデス・ルイスとサンティアゴ・ララの『Dual』、世界50公演達成でヘレス凱旋へ: エクスポフラメンコによると、踊り手メルセデス・ルイスとギタリストのサンティアゴ・ララによる二人舞台『Dual』が、ワシントン、ロンドン、パリ、ベルリン、香港など3大陸を巡って上演50回に達し、10月22日にエスパシオ・エクスポフラメンコで記者発表を行ったのち、10月25日のマドリード・スマ・フラメンカを経て、10月30日に故郷ヘレスのビジャマルタ劇場で記念公演を開く。アンダルシアの芸術家にとって、マドリードや海外の大都市で評価を得ることは重要だが、同時に「フラメンコが首都の看板として消費される」ことへの複雑な思いもあり、節目の50回目を地元ヘレスの劇場で祝うところにアンダルシアの強い帰属意識が表れている。
フラメンコギタリスト列伝
- 今日の一人はフアン・ゴメス「チクエロ」(Juan Gómez "Chicuelo"、本名フアン・イグナシオ・ゴメス・ゴルホン)。1968年4月17日、エストレマドゥーラ州バダホス県ラ・アルブエラに生まれ、幼いころにカタルーニャ州バルセロナ近郊のコルネジャ・デ・ジョブレガットへ移り育ったギタリスト、作曲家である。
- 生い立ちと師匠(コルネジャでの出発と「タブラオ・デ・カルメン」): アンダルシアからの移民が多く暮らすコルネジャで12歳のときにギターを始め、地元の師カシミロ・ゴンサレスに手ほどきを受けた。その後、マノロ・サンルーカルとその弟イシドロ・ムニョスの音楽から強い影響を受けながら和声と作曲を磨いた。若いころの最大の修業場となったのは、バルセロナのモンジュイックにある名門「タブラオ・デ・カルメン」である。カルメン・アマヤゆかりのこのタブラオで専属ギタリストとして働き、エバ・ジェルバブエナ、サラ・バラス、ベレン・マジャ、ホアキン・グリロ、イスラエル・ガルバン、アントニオ・カナレスら、現代フラメンコを代表する踊り手たちの足と呼吸を毎晩のように支えた。
- 転機1(1990年代〜2009年、ポベダやドゥケンデの伴奏と『Cómplices』『Diapasión』): カタルーニャ出身の歌い手ミゲル・ポベダとドゥケンデの最も信頼する伴奏者として欧州、米国、日本を巡演し、エンリケ・モレンテ、ホセ・メルセ、ディエゴ・エル・シガラ、マイテ・マルティン、カルメン・リナレス、チャノ・ロバートとも共演した。ヒネサ・オルテガのアルバム『Siento』(1997年)や『Oscuriá』(1998年)、ポベダとドゥケンデとパキスタンのカッワーリー歌手ファイズ・アリ・ファイズが共演した『Qawwali Flamenco』(2003年)、ポベダの歴史的ヒット作『Coplas del querer』(2009年)で音楽監督・プロデューサーを務めた。また1990年代末からは日本の舞踊家・小島章司の舞踊団の音楽監督も長く担っている。独奏家としては2000年にハルモニア・ムンディから初ソロ盤『Cómplices(共犯者たち)』、2007年に第2作『Diapasión』を発表し、いずれも批評家賞「フラメンコ・オイ」の最優秀ギター・アルバム賞を受賞した。
- 転機2(2012〜2013年、映画『ブランカニエベス』とゴヤ賞受賞): 2012年、パブロ・ベルヘル監督のモノクロ無声映画『Blancanieves(ブランカニエベス)』の音楽制作に参加し、ベルヘル監督と共作した主題歌のブレリア『No te puedo encontrar(あなたを見つけられない)』(歌はシルビア・ペレス・クルス)で、2013年の第27回ゴヤ賞(スペイン・アカデミー賞)最優秀オリジナル楽曲賞を受賞した。フラメンコ・ギターのコンパスと哀切な旋律が、映画館の広い観客層へと届いた決定的な瞬間だった。
- 転機3(2017〜2024年、『Uña y carne』とマルコ・メスキダとの三部作『Del alma』): 2019年には自身のソロ第3作『Uña y carne(爪と肉)』を発表し、カルレス・ベナベントやハーモニカのアントニオ・セラーノを迎えた。さらにメノルカ島出身のジャズ・ピアニスト、マルコ・メスキダ、打楽器のパコ・デ・モデと組んだトリオで、『Conexión』(2017年)、『No hay dos sin tres』(2019年)、そして三部作の完結編『Del alma(魂から)』(2024年)を発表した。クラシックのピアニスト、マリア・ジョアン・ピリスとの共演や、チェロのマルティン・メレンデス、ドラムのダビ・ゴメスと組んだ『Caminos』(2022年)など、編成の枠を超えた対話を続けている。
- 使用ギター(エルマノス・コンデ、ホセ・ラミレス、マヌエル・レジェス・イホ): チクエロはマドリードの名門「エルマノス・コンデ(アトーチャ通り工房)」のギターと深い縁を持ち、シープレス(糸杉)のブランカとローズウッドのネグラの両方を愛用してきた。またカタルーニャの専門店ソレラ・フラメンカのスタジオでは、歴史的名器の試奏と自身の楽曲録音を数多く残している。ソレラ・フラメンカ公式の『Chicuelo plays the Hermanos Conde (Atocha) Negra 2013 flamenco guitar for sale』では、厳選されたドイツ松の表面板とインド・ローズウッドの裏板・側板を持つ2013年製コンデ(アトーチャ)のネグラをチクエロ本人が弾き、深い低音のサステインと澄んだ高音の粒立ちを引き出している。対照的に、同じ工房・同じ年の白フラメンコを弾いた『Chicuelo plays the Hermanos Conde (Atocha) Blanca 2013 flamenco guitar for sale』(ドイツ松表面板+スペイン産ロイヤル・シープレス裏横板)と聴き比べると、同じチクエロの右手でもネグラの重厚な余韻とブランカの乾いた即応性がどう変わるかが一聴して分かる。さらに彼は同店で1972年製のホセ・ラミレス(シダー表面板+シープレス裏横板)や2005年製のマヌエル・レジェス・イホ(ドイツ松表面板+シープレス裏横板)も試奏しており、ソレラ・フラメンカのスタジオ録音映像『Cuando la guitarra narra historias: CHICUELO y "Cuatro Costaos" Sevillanas』では、自作のセビジャーナス『Cuatro Costaos』で、親指のメロディとラスゲアードの切れ味をスタジオの近さで聴かせている。
- 代表作1(ゴヤ賞受賞のブレリア): 公式音源の『No Te Puedo Encontrar』。映画『ブランカニエベス』のために書かれたブレリアである。シルビア・ペレス・クルスの消え入るような歌声の背後で、チクエロのギターが音数を極限まで減らし、低音の親指と短いアルペジオだけで12拍の緊張と孤独を支える箇所に、「伴奏の詩人」と呼ばれる彼の真骨頂がある。
- 代表作2(ピアノとの対話): タジェール・デ・ムシクス公式の『Chicuelo - Mezquida 'Chicuelina'』。マルコ・メスキダのピアノ、パコ・デ・モデの打楽器とのトリオで、闘牛の華麗なマントさばき(チクエリーナ)と自らの芸名を重ねた自作曲『Chicuelina』を演奏する映像である。ピアノという平均律の大音量楽器を相手にしながら、チクエロが右手の親指(プルガール)のアタックとラスゲアードの鋭い立ち上がりで一歩も引かず、ジャズの即興とフラメンコのコンパスを「爪と肉」のように噛み合わせる瞬間が見どころである。
- 技法と比較、現在の位置づけ、おすすめの入り方: アンダルシアの本流であるヘレスのモラオ家が「土地の血脈と祝宴のノリ」を体現し、ビセンテ・アミーゴが「圧倒的な独奏の華やかさ」で聴衆を魅了するのに対し、カタルーニャで育ったチクエロは「どんな歌い手・踊り手・他ジャンル楽器の隣に立っても、相手の呼吸を殺さずに自分の色へ染め上げる作曲と伴奏の知性」で唯一無二の位置を築いた。バルセロナのタブラオ・デ・カルメンの現場感覚と、タジェール・デ・ムシクス周辺のジャズ・現代音楽の教養が彼の中で自然に同居している。初めて聴く人は、まず『No Te Puedo Encontrar』で歌に寄り添う静かな深さを、次にソレラ・フラメンカの2013年製コンデ(ネグラとブランカ)の試奏映像で木の音色の違いを、最後にメスキダとの『Chicuelina』でジャンルを越える躍動感を聴くとよい。
フラメンコバイレ列伝
- 今日の一人はハビエル・バロン(Javier Barón、本名フランシスコ・ハビエル・アルバレス・リコ)。1963年7月1日、セビリア県アルカラ・デ・グアダイラ生まれのバイラオール、振付家である。アルカラ・デ・グアダイラは、ソレアの重要な源流「ソレア・デ・アルカラ」を生んだ土地として知られる。
- 生い立ちと師匠(アルカラからマドリードへ、12歳でソリスト): 幼いころに地元でアントニオ・サランディージャからセビジャーナスを習い、セビリアの名教師ペペ・リオスにフラメンコ舞踊の基礎を学んだ。早くから才能を見いだされてマドリードへ移り、シロ、ラファエル・デ・コルドバ、ファルーコ、マノレテといった名匠たちに師事した。わずか12歳でルイシージョの舞踊団にソリストとして迎えられ、ラファエル・デ・コルドバやラファエル・アギラールの舞踊団でも舞台を踏んだ早熟の踊り手である。
- 転機1(1980〜1988年、スペイン国立バレエ団とビエナルのヒラルディージョ受賞): 1980年に国営テレビの『ヘンテ・ホーベン』で受賞したのち、1981年、18歳でスペイン国立バレエ団に入団し、アントニオ・ガデス、アントニオ・ルイス・ソレール、マリア・デ・アビラという歴代芸術監督のもとで古典舞踊とフラメンコの厳格な規律を身につけた。決定的な飛躍は1988年の第5回セビリア・ビエナルである。故郷の歌を踊った『ソレア・デ・アルカラ(De mis soleares vengo)』の名演によって、バイレ部門の最高賞「ヒラルディージョ・デル・バイレ」を受賞し、25歳で第一線の主役へと躍り出た。
- 転機2(1995〜2004年、自身の舞踊団設立と『Dime』『Notas al pie』): 1995年にアンダルシア舞踊センター(CAD)の創作工房監督に就き、1997年にセビリアのテアトロ・セントラルで初演した『El pájaro negro(黒い鳥)』で自身の舞踊団を旗揚げした。続いて『Sólo por arte』(1998年)、『Baile de hierro, baile de bronce』(2000年)、2002年のセビリア・ビエナルで絶賛された『Dime(教えてくれ)』、『Notas al pie(脚注)』(2004年)などを次々と発表し、ニューヨークのシティ・センター、ロンドンのサドラーズ・ウェルズ、パリのシャイヨー宮といった世界の主要劇場を回った。
- 転機3(2007〜2008年、2度目のヒラルディージョとスペイン国民舞踊賞、そして舞台50周年へ): 2007年のセビリア・ビエナルで熟練の芸に贈られる「ヒラルディージョ・ア・ラ・マエストリア」を受け、翌2008年にはスペイン文化省から「スペイン国民舞踊賞(解釈部門)」と批評家賞『フラメンコ・オイ』最優秀バイラオール賞を同時受賞した。審査員は「正統(オルトドクシア)と深い知識に基づき、スペイン舞踊からフラメンコの美学を探究し続けた貢献」を授賞理由に挙げた。近年もヘレス・フェスティバルで自身の人生を支えた女性たちに捧げる『Mi vida entre mujeres』を上演し、2025年にはロサリオ・トレドと組んでゴヤの版画に着想を得た『Caprichos』でカディスのファリャ大劇場に立つとともに、初舞台から50年の節目に「アントニオ・マイレナ舞踊賞」を受賞している。
- 代表作1(1990年のブレリア・ポル・ソレア): カナル・アンダルシア・フラメンコ公式の『Bulerías por Soleá. Javier Barón. 1990』。ヒラルディージョ受賞から2年後、27歳のバロンが番組『La Puerta del Cante』で踊った映像である。ギターはペドロ・シエラとパコ・コルテス、歌はグアディアナとカンカニージャ・デ・マルベージャ。上体を決して前に崩さず、胸を高く保ったまま、両腕(ブラソ)と手首を絹糸のように滑らかに回し、足技(サパテアード)へ入ると一音一音が真珠の粒のように揃って響く「セビリア古典派の気品」を堪能できる。
- 代表作2(1990年のアレグリアス): カナル・アンダルシア・フラメンコ公式の『Alegrías. Javier Barón. 1990』。セビリアのベンタ・デ・アンテケーラで収録された特別番組の映像で、歌はエル・ボケロンとクーロ・フェルナンデス、ギターはパコ・コルテスとフアン・マヌエル・フローレス。明るい長調のアレグリアスの中で、バロンが肩と首のわずかな傾きだけでコンパスの遊びを見せ、シレンシオ(短調の静かな部分)からエスコビージャ(足の独奏)へと空気を切り替える構成の巧みさが見どころである。
- 代表作3(円熟期2005年のブレリア・ポル・ソレア): カナル・アンダルシア・フラメンコ公式の『Bulerías por Soleá. Javier Barón. 2005』。番組『Una Llama Viva』での2005年の記録である。1990年の映像から15年を経て、足の音数をむやみに増やすのではなく、一歩踏み出す前の「間(タメ)」と静止の角度だけで12拍の重みを支配する円熟の境地を比べることができる。
- 技法と比較、おすすめの入り方: 同じセビリア出身でも、イスラエル・ガルバンが伝統の身体を解体して前衛へ突き進み、ファルーコ一族が荒々しい野生の衝動をぶつけるのに対し、ハビエル・バロンはアントニオ・ガデスやマノレテから受け継いだ「垂直な背骨、優雅なブラソ、音楽的に澄んだサパテアード」という古典の美学を最も純粋に磨き上げた名手である。初めて見る人は、まず1990年の『Alegrías』で明るい品格と腕の美しさを、次に1990年と2005年の2つの『Bulerías por Soleá』を見比べて、若き日の切れ味がいかに深い「間」へと熟成したかを確かめたい。
フラメンコカンテ列伝
- 今日の一人はラ・マカニータ(La Macanita、本名トマサ・ゲレーロ・カラスコ / Tomasa Guerrero Carrasco)。1968年、カディス県ヘレス・デ・ラ・フロンテーラのサンティアゴ地区生まれのカンタオーラである。芸名は、パルマ(手拍子)の名手だった父「エル・マカノ」の愛称を受け継いだもの。
- 生い立ちと4歳でのテレビ登場(ヘレス・サンティアゴ地区の揺りかご): フラメンコの聖地ヘレスの中でも、数多くの名手を生んだサンティアゴ地区のヒターノの家庭に育った。その天性のリズム感と声は幼少期から際立っており、わずか4歳のときにスペイン国営テレビ(TVE)の伝説的なドキュメンタリー番組『Rito y geografía del cante(歌の儀式と地理)』に登場し、カメラの前で堂々とブレリアを歌い踊る姿が記録されている。その後、ギタリストのマヌエル・モラオが指導した少年少女グループ「エスパーニャ・ヘレス」や、ヘレス・フラメンコ学講座のビジャンシーコ(クリスマス歌)合唱団で舞台経験を積んだ。
- 転機1(16歳でマドリードのタブラオへ、サンルーカル『Tauromagia』と初ソロ盤): 16歳ごろマドリードへ出て、歴史的タブラオ「ロス・カナステーロス」や「ザンブラ」に出演し、同郷のフアン・モネオ「エル・トルタ」、カプージョ・デ・ヘレス、ギタリストのモライート・チコらと同じ舞台で喉を鍛えた。1985年にはコルドバの「デモーフィロ賞」を受け、1988年には巨匠マノロ・サンルーカルの金字塔的アルバム『Tauromagia(闘牛魔術)』に抜擢された。翌1989年に初ソロ・アルバム『A la luna nueva(新月に寄せて)』を発表し、マヌエル・モラオ率いる「ロス・ヒターノス・デ・ヘレス」の一員としても世界の劇場を回った。
- 転機2(1995〜2000年代、サウラ映画『フラメンコ』とリカルド・パチョン制作の名盤群): 1995年にはカルロス・サウラ監督の映画『フラメンコ』に出演し、1999年には名プロデューサーのリカルド・パチョン制作でモライート・チコやディエゴ・カラスコが参加した代表作『Jerez-Xerez-Sherry』を発表した。さらに2009年の『Sólo por eso』(ラ・パケーラとチョコラーテに捧げた作品)と、2010年にフアナ・ラ・デル・ピパ、ドロレス・アグヘタスというヘレスの3大ヒターナ歌手で録音した『Mujerez』で、2年連続して批評家賞『フラメンコ・オイ』の最優秀カンテ・アルバム賞を獲得した。
- 転機3(近年の活動、2025年ヘレス『Oro Molío』とティオ・ルイス賞): ラ・パケーラ・デ・ヘレス、フェルナンダ・デ・ウトレラ、ラ・ペルラ・デ・カディスという往年の大女性歌手の正統な後継者と目され、2025年2月のヘレス・フェスティバルでは、ゴンサレス・ビアス社のボデガ(ロス・アポストレス)で新作『Oro Molío(純金の粉)』をマヌエル・バレンシアとアントニオ・イゲロのギター、ホセ・サルサーナのピアノとともに初演し、サンティアゴ地区の「黒い響き(ソニオス・ネグロス)」を集大成した。同年にはマドリードのイサベル・デ・エスパーニャ大学寮から「ティオ・ルイス・エル・デ・ラ・フリアナ賞」も授与され、スマ・フラメンカやシルクロ・フラメンコ・デ・マドリードでも熱狂を呼んでいる。
- 代表作1(23歳のソレア): カナル・アンダルシア・フラメンコ公式の『Soleá. La Macanita. 1991』。1991年の番組『Puerta del Cante』で、同郷ヘレスの名手ニーニョ・ヘロ(ペドロ・カラスコ・ロメロ)のギターで歌ったソレアである。低くざらついた声でゆっくりとレトラを語り始め、句の後半で声を絞り出すように引き延ばす「テンプル(音程と間合いの保持力)」に、フェルナンダ・デ・ウトレラ直系の深い哀愁が宿っている。
- 代表作2(3大ギタリストを従えた1996年のブレリア): カナル・アンダルシア・フラメンコ公式の『Bulerías. La Macanita. 1996』。1996年の特別番組『Gala de Andalucía』での貴重な映像で、なんとトマティート、ニーニョ・デ・プーラ、マノロ・フランコという現代フラメンコ屈指の3大ギタリストが並んで伴奏している。3本のギターが作る分厚いコンパスの渦の真ん中で、マカニータがサンティアゴ地区特有の短い節を拍の裏へ次々と叩き込み、最後に自分で立ち上がって一差し踊る祝祭的な魅力が見どころである。
- 代表作3(マヌエル・バレンシアと組んだ2019年のブレリア): カナル・アンダルシア・フラメンコ公式の『Bulerías. Que no se rompa la noche. La Macanita. 2019』。ヘレス出身のマヌエル・バレンシアのギター伴奏で、ヘレスの作曲家マヌエル・アレハンドロが書いた名曲『Que no se rompa la noche(夜が壊れないように)』をブレリアに乗せて歌う映像である。大衆的な歌謡の旋律であっても、彼女が一度喉を通すと、瞬時にヘレスの路地のヒターノの歌へと変貌する瞬間を聴くことができる。
- 声質と比較、おすすめの入り方: 同じヘレスのサン・ミゲル地区(ラ・プラスエラ)のラ・パケーラやヘスス・メンデスが圧倒的な声量で劇場を突き破る「外向きの力」を持つのに対し、サンティアゴ地区のラ・マカニータは、かすれた低音で聴き手の胸の奥を引っかくような「内向きのペジスコ(つねるような痛み・哀感)」と、ブレリアでの天衣無縫なスイング感を併せ持つ。初めて聴く人は、まず1991年の『Soleá』で彼女の「黒い声」の深さを味わい、次に1996年の『Bulerías』でトマティートら3人のギターと渡り合うヘレスの祝宴の熱気を体験するとよい。
フラメンコギター工房だより
- 全履歴(
output/*/spain.mdとoutput/spain_archive.md、および予約表)を照合し、未紹介のスペイン国内の製作家として、グラナダのダマスケロス通り12番地に工房を構えるフアン・ミゲル・カルモナ(Juan Miguel Carmona Trapero)を取り上げる。 - パコ・デ・ルシアのレコードから職人の道へ(1960年生まれ、グラナダ派の修業): グラナダ・ビエナル公式の製作家紹介によると、フアン・ミゲル・カルモナは1960年1月29日、グラナダに生まれた。9歳から14歳までギターを弾いていたが、パコ・デ・ルシアの1973年の名盤『Fuente y caudal(泉と奔流)』を聴いてギターの表現力に深い衝撃を受け、「自分の道は舞台の上ではなく、工房でこの楽器を作ることにある」と決意した。ギターのセラック塗装職人(バルニサドール)だった父アグスティン・カルモナがその決断を全面的に支え、14歳でグラナダ派の重鎮マヌエル・ベジードの工房に入って6か月学んだのち、アントニオ・ドゥランの工房へ移った。そこで若き日のラファエル・モレノやアントニオ・レイノサと机を並べ、とりわけラファエル・モレノを直接の師として技術を磨いた。さらにグラナダ派の長老エドゥアルド・フェレール(カサ・フェレール)から助言を受け、フランシスコ・マヌエル・ディアスとも仕事をしたのち、1982年に22歳でサン・ラファエル通りに自身の工房を開き、その後現在のダマスケロス通りへ移った。
- 木材・寸法・グラナダ派の「軽さと反応」: 欧州の専門店ギタレリアや米国のギター・サロン・インターナショナル(GSI)、マドリードのギターラス・デ・ルティエールの記録によると、彼のフラメンコ・ギターは、ドイツ松(スプルース)またはシダーの表面板に、スペイン産シープレス(糸杉)の裏板・側板を合わせた「ブランカ」と、ローズウッド(パロサント)を使った「ネグラ」がある。標準的な仕様は弦長650ミリ、ナット幅52ミリ、伝統的なセラックの手塗り(フレンチポリッシュ)仕上げで、ペペ・ロメロらの特注にならった弦長660ミリのモデルも製作する。グラナダ派の特徴である「非常に軽い胴、素早い立ち上がり、打楽器的な歯切れの良さと甘い倍音の両立」で知られる。
- 名手たちによる実演映像: 本人公式チャンネルの『20130904 200111 El gran maestro Pepe Romero en mi taller, guitarra Ciprés 2013』では、世界的巨匠ペペ・ロメロがグラナダのカルモナ工房を直接訪れ、完成したばかりの2013年製シープレス(ブランカ)をその場で試奏し、軽いタッチで豊かな音量が立ち上がる様子が記録されている。また米国ギター・サロン・インターナショナル公式の『Juanito Pascual performs his "Zvi - Part 2 (Tangos)" on a 2007 Juan Miguel Carmona flamenco guitar』では、2007年製のスプルース表板・シープレス裏横板モデルでタンゴの乾いた低音と高音の分離を聴くことができ、アレグラ・ギターズ公式の『2007 Juan Miguel Carmona Flamenco Blanca SP/CY: demo by Maestro Jose Antonio Rodriguez』では、コルドバの巨匠ホセ・アントニオ・ロドリゲスが同じ2007年製ブランカを弾き、繊細なアルペジオと和音の透明感を実演している。
フラメンコのパロ解説
- 今日のパロはザンブラ(Zambra)。今日の工房だよりの舞台でもあるグラナダ、とりわけアルハンブラ宮殿の向かいの丘に広がるサクロモンテ地区の洞窟(クエバ)と深く結びついた歌と踊りであり、過去全回のパロ解説で未紹介の曲種である。
- 起源と歴史(モリスコの祝祭とサクロモンテの婚礼儀礼、そして劇場ザンブラへ): 語源はアラビア語の「zamra(ザムラ=笛の音、音楽の宴)」または「samer(夜の語らいと音楽の集い)」にさかのぼる。1492年のグラナダ陥落後、キリスト教へ改宗させられたイスラム教徒(モリスコ)の音楽と舞踊が、16世紀の禁令をくぐり抜けてサクロモンテの洞窟に暮らすヒターノ(ロマ)の婚礼儀礼と融合して生まれたとする説が有力である。フラメンコのパロ体系の中では、タンゴやティエントと同じ4拍子・2拍子系の家族に位置づけられるが、二つの異なる顔を持つ。一つは、サクロモンテの洞窟でヒターノの一族が集団で歌い踊り継いできた「ザンブラ・ヒターナ(サクロモンテのザンブラ)」。もう一つは、1940年代に歌い手マノロ・カラコルと踊り手ローラ・フローレス、作曲家キンテロ、レオン、キロガらが劇場向けに作り上げ、のちにエンリケ・モレンテやエストレージャ・モレンテも歌った独唱中心の「ザンブラ・カルソネラ(劇場型ザンブラ)」である。
- コンパス(引き止める4拍子とアラブ風の低音のうねり): 基本はタンゴやティエントと同じ4拍子(または2拍子)だが、通常のタンゴよりはるかに重く、ゆったりと引き止めるように(「ムイ・パラー」)刻まれる。コンパスを数えると「1、2、3、4」の4拍、あるいは8分音符で細かく「1、2、3、4、5、6、7、8」と裏拍を感じながら進み、特徴的なリズム型では1拍目にギターのゴルペ(表板を叩く音)や休符を置いて「(ウン)、ニ、サン、シ」と2拍目・3拍目・4拍目を重く押し出す。洞窟の伝統ザンブラでは、パルマ(手拍子)だけでなく、パリージョス(大きめのカスタネット)やパンデロ(枠太鼓)、さらには銅の水差しや鍋などの日用品まで打楽器として加わり、独特の祝祭的なうねりを作る。
- 調性・典型的なコード進行とギターの構え: ギターは6弦のEを主音とするフリジア旋法(ポル・アリーバ=ミのフラメンコ調)で「Am → G → F → E」と降りるアンダルシア終止を使うか、あるいは5弦のAを主音とし6弦を1音下げてD(レ)に調弦する構えで「Dm → C → B♭ → A」と降りる進行がよく使われる。特に6弦をDに下げた「Dm → C → B♭ → A」の響きは、親指で6弦のDと5弦のAを交互に弾くオルタネイト・ベースがアラブの弦楽器ウード(リュート)を思わせる深いオリエンタルな陰影を生み出す。主和音Aの上にB♭のテンションを重ねる「A ↔ B♭」の半音の揺れもザンブラの象徴的な響きである。
- レトラ(歌詞)の形式とテーマ: サクロモンテの洞窟のザンブラでは、8音節や6音節の4行詩(コプラ)に短いルフラン(エストリビージョ)が付き、婚礼の夜の喜び、花嫁の純潔、親への感謝、あるいは日常のユーモアを共同体全員で歌う。一方、マノロ・カラコル以降の劇場型ザンブラでは、宿命的な恋、嫉妬、別れの痛みをドラマチックな詩で朗々と歌い上げる。
- カンテ・バイレ・ギターそれぞれの聴きどころと踊りの構成(3つの儀式舞踊): サクロモンテの伝統的なザンブラは、本来ヒターノの結婚式(ボダ・ヒターナ)の進行に合わせた3つの中心的な歌と踊りで構成される。第1が、花嫁の純潔を象徴する最も神聖で厳粛な「アルボレア(La Alboreá)」。第2が、花婿が花嫁の両親に赦しを請う劇的な身振りを見せる「カチューチャ(La Cachucha)」。第3が、「エプロンの下をハエが刺した」という陽気な歌詞を繰り返しながら輪になって回り、最後にテンポを上げて締める祝祭的な「モスカ(La Mosca)」である。バイレ(踊り)の最大の特徴は、靴の激しい足技(サパテアード)よりも、かつて裸足で洞窟の床を踏んだ伝統に由来する「腰のしなやかな揺れ、大きく弧を描くブラソ(腕)、手首の回転、そして上体の反り」にあり、アラブ・アンダルシアの舞踊の記憶を色濃く残している。
- 代表録音・映像1(サクロモンテの洞窟の実演): カナル・アンダルシア・フラメンコ公式の『Zambra gitana. Cueva de María la Canastera. 1991』。1991年にグラナダ・サクロモンテの名門「マリア・ラ・カナステーラの洞窟」で収録された番組『La Puerta del Cante』の記録である。白壁に銅器が並ぶ洞窟の中で、ギター、カスタネット、手拍子に囲まれて女性たちが輪になり、足で床を打ち鳴らすよりも腕と上体のうねりと合唱で祝宴の空気を高める、サクロモンテ本来のザンブラの姿を直接見ることができる。
- 代表録音・映像2(グラナダの血を引くエストレージャ・モレンテの独唱): エストレージャ・モレンテ公式配信の『Zambra』。グラナダ出身の彼女が、祖母がサクロモンテのザンブラの名手だった家族の記憶を継ぎ、ギターの重厚なアンダルシア終止とアラブ風の旋律の上で歌う録音である。洞窟の集団歌とは対照的に、一人の歌い手が声を長く引き伸ばして劇的な情念を描く「独唱ザンブラ」の美しさが際立つ。
- 代表録音・映像3(歌と踊りが対話する舞台のザンブラ): カナル・アンダルシア・フラメンコ公式の『Zambra. Antonio Reyes y Patricia Valdés. 2008』。2008年の番組『Generaciones』で、チクラナ出身の歌い手アントニオ・レジェスが歌い、アントニオ・イゲロがギターを弾き、パトリシア・バルデスが踊る映像である。ゆっくりとした4拍子のコンパスの上で、歌の哀切なメリスマと、踊り手の大きく波打つブラソとマントン(ショール)の動きがどう呼応するかを確認できる。
- 似たパロとの聴き分け方: 同じ4拍子系の「タンゴ」や「ティエント」と最も近いが、タンゴが乾いた軽快なバウンス感を持ち、ティエントがシンコペーション(裏拍の食い込み)と鋭い止めを強調するのに対し、ザンブラは「1、2、3、4」と一歩ずつ地面を踏みしめるような重心の低い4拍子と、Dm→C→B♭→Aのオリエンタルな半音下降、さらにカスタネットや合唱、曲線的な上体の動きを伴う点で聴き分けることができる。
まとめ
- 2026年10月20日のスペインは、「爪と肉のように寄り添う音と、洞窟の記憶」で結ばれた一日だった。バルセロナ近郊コルネジャで育ち、タブラオ・デ・カルメンの伴奏からゴヤ賞受賞曲『No te puedo encontrar』、ピアニストのマルコ・メスキダとの三部作まで、あらゆる声と楽器に寄り添うギタリスト、フアン・ゴメス「チクエロ」と、彼が弾いた2013年製エルマノス・コンデのブランカとネグラ。アルカラ・デ・グアダイラから出て、垂直な姿勢と真珠のような足音でヒラルディージョと国民舞踊賞を受けたハビエル・バロン。4歳でテレビに映って以来、ヘレス・サンティアゴ地区の「黒い声」を歌い継ぐラ・マカニータ。14歳でパコ・デ・ルシアのレコードに衝撃を受けて職人の道を選び、グラナダで名器を作るフアン・ミゲル・カルモナ。そしてサクロモンテの洞窟の婚礼儀礼から生まれたザンブラ。一方で、セウタをめぐるトランプ米大統領の発言や、カタルーニャ独立派への最高裁の恩赦適用、ロルカ最晩年の恋人の未発表手記は、国境と歴史の記憶が今も現在進行形で揺れていることを伝えている。
参考ソース
- 国際: El País「Trump asegura que España sufrió una entrada “masiva y repentina” de inmigrantes en Ceuta y afirma que “no está haciendo nada”」(2026年10月20日) https://elpais.com/hemeroteca/2026-10-20/
- 国内: El País「El Tribunal Supremo aplica la amnistía a Junqueras, Romeva, Turull y Bassa tras el aval del Constitucional」(2026年10月20日) https://elpais.com/hemeroteca/2026-10-20/
- 文化: El País「Ramírez de Lucas, el rubio de Albacete: el amor de Lorca que sobrevivió al tiempo」(2026年10月19日・20日) https://elpais.com/hemeroteca/2026-10-20/
- 文化: El País「Vox veta las ayudas al cine en Castilla y León a películas que ‘impliquen adoctrinamiento ideológico’」(2026年10月20日) https://elpais.com/hemeroteca/2026-10-20/
- フラメンコ: Espacio ExpoFlamenco「Agenda Espacio Expoflamenco del 15 al 31 de octubre 2026(『Fernando Quiñones y el Flamenco』発表会ほか)」(2026年10月14日公開・10月20日開催) https://expoflamenco.com/espacio/agenda-espacio-expoflamenco-del-15-al-31-de-octubre-2026/
- フラメンコ: Turismo Madrid「XXI Suma Flamenca 2026」 https://www.esmadrid.com/agenda/suma-flamenca
- ギタリスト列伝: Solera Flamenca「Chicuelo」 https://www.flamencoguitarsforsale.net/en/chicuelo/
- バイレ列伝: DeFlamenco / INAEM「Javier Barón」 https://www.deflamenco.com/
- カンテ列伝: Festival de Jerez「La Macanita - Oro Molío」 https://www.festivaldejerez.es/espectaculos/macanita-festival-jerez/
- 工房だより: Bienal de Flamenco de Granada「Guitarrería - Juan Miguel Carmona」 https://bienalgranada.com/guitarreria/guitarreria-juan-miguel-carmona/
- 工房だより: Guitarreria.eu「Juan Miguel Carmona Flamenca Épicéa / Cyprès」 https://www.guitarreria.eu/g_fr_juan_miguel_carmona_13b.html